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Muv-Luv SS脇役 香月夕呼の場合

  12月12日  横浜基地 地下19階

 
 青白い燐光が部屋の中を満たしている――。

 光は部屋の中央に設置されているシリンダーから漏れていて、見る人によっては美しいと表現されるかもしれない色合いだった。
 シリンダーの中には身体を失った脳髄が浮かんでおり、それはちょうど人間の手のひらくらいの大きさで、ひどく儚げに見えた。

 シリンダーの前には少女がひとり立っていた。

 俯いていて、右手でシリンダーに触れている。瞳は閉じられていて、まるで何かを祈っているようだった。
 声をかけるという不粋なまねはしない。
 小さく白く美しい姿は侵しがたい雰囲気をかもしだしていて、話しかけることを躊躇わせた。
 ――それに少女はとっくの昔に私に気づいているはずなのだから。
 
 しばらくして少女が振り返り私に言った。
 
 「……準備できました」

 ――大丈夫なの? 

 視線だけでそう問いかける。
 
 「……平気です」

 思ったより強い語気で返事をされた。

 「私は弱虫じゃありません……」

 少女の瞳の中には強い意志が覗えた。

 「そ……。じゃあ始めましょうか」

 訪れる者のほとんどいない地下神殿に祭られた哀れな存在は、これから私の手によってこの世界に再び蘇る。
 それは人類の英知を結集した所業であり、そのうえ今まで人類が経験したことのない現象であって――。

 ある意味では神に逆らう行為になるのだ。

 









 私には生まれた時からの記憶がすべて残っている。

 訂正しよう――。正確には母親の胎内にいた時からの記憶もすべて揃っている。
 一定のリズムで繰り返される鼓動を感じながら、暗く暖かい海の中で惰眠をひたすら貪っていた頃からの全てを――だ。

 この世界に産まれ出でる時、私は余りにも狭い産道を通らねばならず、身体を圧迫され、その痛みに泣き叫んだ。
 外に出てもむしょうに息苦しく、私は大声で泣かねば、肺に空気が取り込めないことをその時に知った。

 後年、家族の前でその話をした時、家族の皆は笑ってそれを信じようとはしなかったが、私が私を取上げたのが女医であること。
 そしてその女医がもう五十歳を超えたベテランであったこと。
 酒に焼かれた声をしていたこと等を伝えると、皆が硬直し訝っていたのをよく憶えている。
 なんのことはない――。
 私はその時に聞こえていた音から外界を察知していたのだ。
 あの時、私の眼がすでに開いていたのならば、私は女医の容貌も家族に説明できただろうが、残念なことに私がその眼を開き世界のカタチを
 認識できるようになるまでには、いましばらくの時間が必要だった。

 
 今から考えれば、やはり変わった子供だったのだろう。私は同世代の子供と戯れることはほとんどなかった。
 そのかわりにといってはなんだが、家の中で好きなように自分勝手に生きてきた。
 早くから文字を学び読書をすることを憶えた私は、幼稚舎に入る前に絵本を卒業し、二人の姉の『教科書』なるものに目を通していた。
 両親は、私が姉の真似をして戯れているだけだと思っていたらしいが、やがてそうではないことに気づき、戸惑いながら私を試してみた。
 
 私は教科書に載っていた数学の――まだ算数というべきであろう――問題をすべて解いてみせ、国語にいたっては掲載されているすべての詩を諳んじた。
 両親は最初は驚きやがて――とても喜んだ。
 私には文学全集が買い与えられ、さまざまなジャンルの家庭教師がつくことになった。

 私には『知る』ことがとても楽しかった。多種多様な本を読み知識を関連づけ、次々と身につけていった。
 大人たちの教えてくれる知識は私を刺激し、それに反応するかのように私の能力は拡大していった。
 どの分野の家庭教師も私の才能を褒めちぎり、私の送るであろう将来を祝福した。

 ひとつ何かを『知る』たびに私の世界は広がっていった。
 文学を楽しみ、そこから歴史を学び、その背景として経済を覚え、それを整理するために数学を理解し、より高度な研究のため他言語を習得した。
 そのひとつひとつが官能であって私は貪欲にそれらを吸収した。






 
 問題が起き始めたのは、私が小学校に通うようになってからだった。
 幼稚舎に通っていた時もそうだったが、人間の子供というのは幼すぎて、私の相手をするには愚か過ぎた。
 当時のクラスメイトは人間というより、涎と鼻水を垂らした品性と知性の欠片もない動物にしか私には見えなかった。
 私はそんな動物たちを相手にするより、百科事典を読んでいるほうがはるかに価値があると思っていた。
 クラスメイトが話題にしているTV番組や遊びは、私にとって、もう何年も前に卒業したレベルであってまったく興味を引かれないのだ。

 だから私はクラスの中で孤立していった。

 実のところ、当人である私はそのことに関しては、さして問題にも思っていなかったのだが、母はこのことを本当に心配していた。
 私が家族に愛されて育ったのは紛れもない事実だが、なかでも忙しい父親や思春期を迎えた二人の姉よりも、母が一番、私を心配してくれていた。
 
 母は穏やかな人で――、後年、私の親友になる人物と雰囲気が似ていた。
 ――いや、これは誤りだろう。私は母と同じ雰囲気を持つ彼女に魅かれ友人になったのだ。

 母は娘が――頭はいいが――社会生活不適合者になるのを心配していたのであろう。
 母は私に友人を作るため様々な手段を使った。
 私の誕生日には近所に住む子供が招かれ、二人の姉の友人の妹や弟なども招待された。
 私は全ての子供を面接し――全て不合格にした。

 母はそれでも努力を続けた。
 私には通用しなかった。
 
 今から思い返してみれば結局、誰よりも母がもっとも私を操作するのが上手かった、と言えるのであろう。
 ある日、母は私に一冊の本を渡した。
 読んで実践してみろ、と――。

 『戦国大名に学ぶ人心掌握術――愛と裏切りの義理人情』

 まだ読んだことのない類の本だった。興味を引かれた。――私はその内容を貪欲に吸収した。

 翌日からクラスの雰囲気は一変した。

 私はクラスメイトのくだらない会話に参加し彼等の仲間になった。
 宿題を手伝い恩を売り、正義の味方を演じ、クラスの調和を崩す者には徹底的に圧力を掛けた。
 私の容姿に魅かれる者には媚を売って虜にし忠実な下僕にしてやり、またクラスの外に仮想敵を作りクラスの団結を図った。
 飴と鞭を活用し、私は自分の勢力を伸ばすことに夢中になった。
 
 私は一ヶ月でクラスを完全に支配した。

 二年生になった時は同学年を制圧した。三年生では上級生を配下に収め、四年生ではとうとう、教員を含めた学校を支配した。
 母の目論見通り――、というわけでもないだろうが、とにかく私は他人とコミュニケートすることに成功した。

 学校を支配して思ったのは、一人で孤立するより部下や協力者がいたほうが、自分に都合の良いように物事は進め易いということだった。
 これは大いなる発見であるとともに、その後の私の行動指針のひとつとなった。
 すなわち――やりたいことがあるのならば、まず権力を握ること。
 権力があれば、面倒なことは他人に押し付けてもかまわないということ。

 相変わらず知識の吸収を続けながら、学校という小さな社会を支配し操作し続ける。

 その二つを楽しみながら――私は幼年期を過ごしていった。

 


 
 
 


 私の能力にもっとも興味を抱いていたのは、実は両親でも教師でもなかった。
 それは一番上の姉であった。
 彼女は後に脳外科医になり優れた評価を貰う人間になるのだが、その道のハジマリは私という人間への興味にあったのは間違いないだろう。
 そして彼女の興味とは私の優れた才能が生み出す何か――ではなく、私の持つ能力それ自体のことだった。
 
 ある年の夏休み――。彼女は一日中、私と行動を共にした。彼女は常に時計とノートを持ち何かを記入していた。
 日々、観察され続けることに違和感は持ったが、変わり者の姉のこと――。
 結局は好きにさせておいた。

 そうして10日程も経過したある朝、姉は観察ノートを閉じ私に向かってこう言った。

 「夕呼――。今から7日前と同じ行動をしてみてもらえない? 」

 予想外の要請だった。同時に面白そうだと私も思った。
 当然ながら私自身も私の能力には興味があったのだから。
 果たして私は7日前とまったく同一の行動がとれるのであろうか――。
 試される本人が一番興奮していた。

 記憶の扉を開き、7日前の部屋に着く。私はその部屋に保管されていた『香月 夕呼』と同じ行動をとり始めた。
 同じ朝食をとり、同じ本を読む。同じ服を着て同じ音楽をかけ同じタイミングで用便を済ます――。
 私にとっては造作もない行動だったが、時間の経過と共に姉の表情が驚愕に変わっていったのをよく憶えている。
 朝の六時から始まったこの実験は夜の十一時まで継続され、最終的に姉に終了を告げられて終わった。
 すべてを終えた後、姉は私に向かい嘆息した。

 ――夕呼。あなたは自分のしたことが本当にわかっているの?

 ――あなたは7日前と全て同じ行動をとることができたのよ……。しかも一度も時計を見ずにね。

 言われてみて初めて気づいた。確かに私は時計など一度も確認しなかった。する必要がなかった。

 ――行動は完璧に模写されてたわ。本の読んだページや食事の咀嚼回数までね。

 これには逆に姉に感心した。よくもそこまでメモしていたものだ、と思うとおかしくなって笑ってしまった。
 姉もそんな私を見て苦笑していたが、やがて難しい顔をするとこう言った。

 「あなたの能力は素晴らしいわ。おそらく全ての記憶があなたの中で生きている――。あなたには忘れるということがない。でもね……」

 姉は明らかに言葉を選んで言った。
 
 「それが良いことなのか、悪いことなのか、それを決めるのはあなたなのよ」

 姉の言ったことは私には理解できているようで、その実、まだ何も理解できていなかった。
 姉の言うとおり、忘却というものの存在しない私の脳には、姉の言うことに該当する知識は過剰なまでにあったが、いかんせん圧倒的に経験が不足していた。
 ようは――まだまだ未熟者であった。

 その後も、姉の私への研究は続いた。
 無秩序に記入された数字を延々と暗記してみたり、一日中逆さ言葉を使ってみたり……。
 ある年の夏休みなどは、姉に拉致された私は光も音もない部屋――感覚遮断室――のなかで三日ほど監禁されたこともあった。
 幸いにも部屋の中にはトイレと三日分の食料があるのを手探りで発見できたので、私は姉が解放しにくるまでを暗闇の中で孤独を楽しむことにした。
 記憶の中の図書館に訪れ、執筆中の論文のヒントになりそうな書籍を再読する。
 関連情報をピックアップし、頭の中のノートに意見を記入する。気のせいか普段よりも効率が良いようであった。
 食事は味気ない保存食であったが、頭の中でその味をフランス料理のフルコースに置き換えた。
 私にはそういうことができるのだ。
 ただ辟易したのは――。三日後に訪れてきた姉が吐いた言葉。

 「普通の人間なら一日で頭が発狂する設備なんだけどな」

 姉もまた一人の研究者である。






 


 帝国陸軍付属白陵柊校に入ったのは単純に家から一番近いところにある、という理由だった。

 もちろん白陵柊自体はレベルの高い学校であったが、世の中はすでに戦時教育の色を強めていてかつ、すでに私は教師に教わる必要はなくなっていた。
 どちらかといえば白陵柊の広い図書館を利用することさえできれば、あとはどうでも良かった。

 この頃、私は吸収し続けた情報を整理し変化させることで生まれた新しい概念を、科学情報誌などに寄稿するようになり、私の名前は次第に世間にも知られるようになってきていた。

 白陵柊に在学中、私は三つの大事な経験をした。

 ひとつめは親友ができたこと。

 穏やかな外見を持ちながらも、その実、中身は頑固そのもので一度決めたら後には退かない。
 そうかといって固いだけでなく、私の過激なイタズラにも、文句を言いながらもついてきてくれる。
 彼女とはウマがあった。
 私が何か問題を起こすと、彼女が影に日向にフォローをしてくれた。
 私にとってそれは非常に楽しい行為であり、彼女を困らせるためにワザとより過激な問題を起こした。
 私は彼女に甘えていたのかもしれない。

 世界ではBETAの侵攻が厳しさを増してきており、自然と私の興味もBETAへと移っていった。
 私はBETAが嫌いだった。
 人間は――それがどんなに愚かであろうとも――何かを生み出す。
 音楽や文学や芸術品。工業製品や哲学。理論や数式。そのどれもが私には必要だった。
 私の飽くことのない知的欲求は終わることなく、それらの収集をすることを求め続けていて――。
 それらを破壊するだけで何も生み出すことのないBETAは、いわば私の天敵だった。

 徐々に戦局が悪化していくなか、親友は教師になりたい、という夢を私に語った。
 彼女にとってそれが本当に似合いの職業であると私には思えた。
 私は彼女が生きていく道を選択したことを喜び、彼女の力になってやることを心に誓った。


 そして丁度同じ頃――私は初恋というものを体験した。年上の男だった。

 恋なんてものは映画や文学、その他様々なもので情報としては知り抜いているつもりだったが、やはり自分で体験してみると違った。
 まさかこの私が、その男の顔を見るだけで動悸が止まらなくなる、などという経験をするとは思ってもみなかった。
 私はこの経験を大いに楽しんだ。
 彼は人生とは楽しむものだ、ということを私に体感させてくれた。
 結果としてこの恋は非常に大きな傷を私の中に残していったが、そのことについて後悔する気持ちはまったくない。
 ――むしろ傷を残してくれたことも私には、いい経験だった。


 この頃に経験した最大のものは――母を亡くしたことだった。

 二番目の姉から母の病名を告げられた時、私は素早く記憶の図書館に駆け込みその病気について検索した。
 ――でてきた答えは簡単だった。
 不治の病。治療法は確立されていない。
 自分の知識のどこを捜しても母を救う方法は記入されてはいなかった。
 私たち家族は結集して、母のために戦ったが――、母は三ヵ月後に旅立っていった。



 ――この世の全ての知識を納めたとて、できないことのほうがさらに多い。



 やがて私の興味は知識の収集ではなく、今現在、不可能とされていることへの挑戦へと変わっていった。
 私が『因果律量子論』を唱え始めたのもこの頃だった。






 物理や化学というものは面白い。
 私は特定の宗教など持たないが、最終的に神の存在を感じえないほど、この世は上手くできており、その神々との対話は私を楽しませた。

 私の進路は帝国の科学省や情報省などからも注目を受けた。帝国大学からも無試験で入学を認めるとの報せがきた。
 それだけではない。帝国軍や国連軍、アメリカの研究所からも誘いの手が伸びてきた。
 結局、私が選んだのは特別待遇で帝国軍白陵柊基地で研究を続けるということだった。
 何のことはない――。そこが家から一番近いのだ。

 親友が大学を辞め帝国軍に入隊した、と聞いた時は驚いた。
 初めて白陵柊基地で姿を見かけた時は、何かの見間違いだと思っていたくらいだ。
 意思の強い彼女であったが、自分の夢を守るために世界と喧嘩するようなタイプではない、と思っていたのだ。
 彼女のことは心配であったが。私の配慮を受けて、喜ぶ人ではない。
 彼女はすでに一個人として確立していて、私が口を挟むべき問題ではないのだ。
 この後、間もなく私は帝国大学に転籍した。
 あくまでも軍属という立場であったが研究の進行を早めねばならない事情があり、それにともなってのことだった。

 オルタネイティブ計画――それは国連の極秘計画。BETAとの意思疎通、情報入手計画。

 BETAは組織を持っている。組織があるということは社会性があるということにつながり、そこには何らかの情報伝達の能力が必要である。
 そこからスタートした研究は、すでに第三計画まで進行していたが、未だ成功をあげていないという現状であった。
 人体実験をも重ね、作った能力者によってBETAに思考があるというのは判明していたが、こちらからの訴えかけには反応はなかった。

 私もこの計画に参加するようになり、いくつかの重要案件にかかわった。

 その流れで、私は国連職員となり、国際的な研究の一端を担うようになっていった。
 国連職員として活動するなかで、私は国連内に二つの大きな勢力があることを知った。
 ひとつには、このままやり方を継続していこうという比較的保守派な勢力。
 もうひとつはG弾を使い、一気にBETA殲滅を謀る過激な勢力。

 欧州やアジア、国土をすでにBETAによって蹂躙されている勢力が前者。
 後者の勢力は米国やオーストラリアといった、直接的にBETAの脅威を味わっていない国々。
 BETAに侵略されてさえ人類はひとつにはなれていないのだ。

 私はG弾の使用には懐疑的であった。

 重力場異常を恒久的に起こし続けるG弾の影響は核兵器より深刻に思われ、ひいては大きな気象の変化や地殻変動を起こしかねないと見ていた。
 それは人類による自殺にしか私には思えなかった。
 それでもG弾使用推進派の勢いは根強かった。
 彼等の言い分はこうだ――。
 BETA支配下地域では、あらゆる動植物が生存を許されていない。
 それは核で汚染しようとG弾で汚染しようと同じだ。
 BETAによる被害の拡大を防ぐことが先決であって地球環境のことはその後に考えればよい――。

 国土を保持できている国ならではの考えだ、と思った。
 同時に私が、かの国の人間であればそのように考えるかもしれない、とも思った。
 結局のところ、人類存亡の危機を迎えた今とて、人は自分の周りのことしか考えられないのだ。

 私が最終的にその考えにのらなかった理由はふたつある。
 現在、保有が確認されている核兵器およびG弾――。
 その全てを投入したとしてもBETAが殲滅できるかは不透明だったこと。
 そしてもうひとつは彼等に対し、私がそう問いただした時に言った言葉。

 ――地球外脱出。

 もし地上のBETAを殲滅できず、米国、オーストラリアも国土を保全できない事態になるのならば――。

 最終的には人類の優良な種の一部のだけを地球外に脱出させる。すでにG元素を動力源とした宇宙船の設計図はできている。
 この言葉だった。

 救出すべき優秀な人間を選抜するのは我々で、キミをそこに加えてあげるのはやぶさかではない――、と。



 私はこの世界が好きだった。
 人間が好きだった。
 人の作った文化を愛していた。
 くだらない遊びも好きだし、家族や友人たちと幸せになりかった。
 地球を捨てて、愛する者たちを捨てて生きたいとは思わなかった。
 傲慢な他人にそれを決められたくはなかった。
 地球を捨てるということも、私には人類による人類への冒涜のように思えた。

 だから私は保守派に合流した。
 やがて保守派は国連内でリーダーシップをとることに成功しオルタネイティブ4が発動された。
 いつのまにか私はその中心人物のひとりとなっていた。
 過激派は――『オルタネイティブ5推進派』――崩壊したわけではなかった。
 むしろ表立って行動しなくなったせいか、その行動はかえって読み辛くなり、私はその対応に頭を悩ませた。



 
 九州から始まったBETAの日本侵攻はこちらの予想を遙かに超えた速度で展開され、3600万人の人間がその命を失った。
 BETAの勢いは留まる所を知らず、一時は首都圏にまで接近してくる有様だった。
 このままいけば日本も消失国家になる寸前まできてしまっていた。
 
 だが私の考えは違った。
 3600万人の人間が死んだ大惨禍が日本でおきたことは、むしろオルタネイティブ4にとって有利に働くと考えていた。
 
 ――横浜にハイヴが出来た時、私は内心――喜んだ。
 都合が良かったのだ。
 このハイヴの掃討さえできれば、ハイヴの中を調べることができる。 
 そこには必ずBETAの社会で使われるコンピューターのようなものが必ずあるハズなのだ。
 そこからなんらかの情報を入手できればオルタネイティブ4は間違いなく前進する。
 オルタネイティブ4さえ成功すれば、後はどうとでもなる――。
 だから――。

 私は米軍のG弾搬入をあえて気づかぬフリをした。

 米軍の使用した二発のG弾は、結果として横浜ハイヴ攻略に最大の効果を発した。
 国土は荒廃し、永遠に草木の一本も生えないような世界が横浜に出現した。

 それでも『オルタネイティブ5推進派』はその成果を全世界にアピールしようとした。
 あれほど手を焼いたBETAもG弾を使えば駆除できるのだ――、と。

 米軍はそのまま横浜に――日本に駐留するつもりであったのだろう、さまざまな圧力を日本にかけていった。
 私はそれを阻止しようと画策した。
 どうしてもハイヴ研究の主導権を『オルタネイティブ5推進派』に握られるわけにはいかなかったのだ。
 日本人の国民感情を刺激し反米感情を煽り、日本の独立性を訴えるとともに、一方ではG弾の生物生態への影響調査の人柱になるとして米国を納得させた。
 おそらく米国にも、他国に断りもなくG弾を使ってしまった――という引け目があったのであろう。
 米国はこれを飲み、日本もまた弱体化した防衛戦力を整えるために国連軍の駐留を許可した。

 やがて横浜ハイヴは極東最大の国連基地へと変貌していった。
 これは全て私の目論見どおりであった。
 
 私は自分の生きてきた思い出の土地の全てを焼き尽くし、母の眠る大地を汚した。
 人々の思いをことぐことぐ消し去り、人間文化のカケラひとつ残らないまでの破壊を行った。
 すくなくともその片棒は間違いなく担いだ。
 その罪は決して消えることはないだろう。
 だがそこまでしても、私はハイヴの中を調べたかったのだ。本当に知りたかったのだ。
 どうしても知る必要があったのだ。
 


 そして――。
 ひとりの『生存者』が発見された。
 


 
 おそらく――生命体かそれに準じる何か、とBETAに認識されたはずの『生存者』を研究しなければならなかった。
 それを理解することが、BETAとのコミニュケーションの入り口に立つことになるはずなのだ。 
 『生存者』の研究をするために、私はオルタネイティヴ3の産物である能力者を日本に招聘した。
 一切の生物学的コンタクトのとれない『生存者』を調べるのには、どうしても能力者が必要だったのだ。
 学者仲間の間では、私の知る機密事項が外部に漏れる可能性があるとか、個人のプライバシーが侵されるなどと言う者もいた。
 だが、私はそのどちらも憂慮しなかった。

 私の持つ最高の機密といえば、それは間違いなく『因果律量子論』になるが、それが漏れたところで誰がアレを理解できるというのだろうか?
 プライバシーに関してはどうでもよかった。過去の私がしたことを他人に知られる――。だからなんだというのだろう?
 
 そんなことよりも逆に、私の頭の中の全てを読み明かすことができるならば、いっそのことそうして欲しいくらいのところだった。
 有能な仲間は一人でも多く欲しかった。
 私の頭脳がもうひとつ増えるのならば、それにこしたことはない。

 私には時間が足りないのだ。
 BETAだけではない。
 米国だけでもない。
 国連だけでもない。
 日本だけでもない。
 
 BETAとやりあうためには、全ての人間の常識とも戦わなければならないのだ。

 人間が――人類が生きていくために必要な技術を作り出すまでの時間稼ぎができるのならば、何でもするつもりだった。
 母だろうが家族だろうが友人だろうが、自分の魂であろうが、その全てを悪魔に売り払ってもいいと思っていた。
 
 人が作ってきた文化や歴史――なんでもない日常生活やくだらない戯れ――。
 そのすべてを私は愛していた。
 そのすべてを私は守りたいのだ。
 そして世界中を見渡してもそれができるのは一人だけだった。
 私、一人だけなのだ。

 


 だが、その糸口は掴めず、私は減り続けていく砂時計の砂に苛立ちを感じていた。
 





 ――時間が一番、優しくて残酷――

 以前にそう、私に語ってくれた人がいた。
 
 時間というのは、どんなに辛い記憶でも、それを薄め淡くしてくれる。
 痛みは減少し、やがて良い思いでだけが残されていく。でもそれに気づくのは残酷だ。
 愛しい者の残してくれた記憶で、不要なものなど何一つないはずなのだから。
 自分の愛が薄れたわけではないのに、その存在はまるでどこか遠くの場所にいってしまったかのような感覚。
 そのことに気づくのはとても悲しい。

 ただ残念なことに――、というべきかあるいは、ありがたいことにというべきか判断はつかないが――、私にはそれがない。
 私の場合は辛い記憶は、思い出さないように封印するだけだ。
 薄皮を一枚だけ剥がせば、傷は生々しいまま永遠に残っている。それが私だ。
 母が亡くなった時の記憶。親友を失った時の記憶。人々の思いを打ち砕いた時の記憶。
 それはその時のまま、色褪せることなく永久に保存されていて、――牙を剥き、いつでも自らを傷付ける用意があるのだ。
 私の罪は永遠に許されない――呪いなのだから。
 すべての悲しい記憶を解放し、それを読み込んだら――。

 私は多分、発狂するであろう。





 シロガネ タケルがここに現れた時から予感がしていた。
 彼は私の理論の骨子たる『平行世界の存在』そのものだった。
 その予感が期待へと変化したのは、彼が『カガミ スミカ』という名前を口にした時から。

 白銀を親友の訓練部隊に送った後、私はオルタネイティブ3の産物である能力者――社 霞にその名前を告げ、脳髄に呼びかけさせることにした。
 白銀が自然発生的にこの世界に来たとは考えられなかった。何者かの意思が彼を呼んだのではないか――。そう考えたのだ。
 そしてその考えが正解であるならば、もっとも可能性が高いのはODLに浸かったあの脳髄だった。

 それまでの社にとって、あの脳髄からリーディングできたのは――会いたい――という感情だけだった。

 あの脳髄が誰で、どんな過程を経てああなったのかはまったく不明だった。
 唯一理解できたのが、あの生体反応の感じられない脳髄が、生きて誰かを求めているということ。
 誰に会いたいのかは解読できなかったが、とにかくあの脳髄は誰かを呼んでいた。
 視覚も聴覚も――いや、人の持つ五感の全てを封じられ、脳という檻の中に閉じ込められた人格はそれでも崩壊することなく――。
 ただ一人の人間を求めていた。

 社を使い、カガミ スミカと呼びかける。――反応は見られなかった。
 社を使い、シロガネ タケルのイメージを送る――。とたんに社の瞳が大きく見開かれ全身を震えさせた。初めての反応だった。
 まるで落雷にでもあったかのようだった。
 顔面は蒼白となり、立っていられず、たまらず社はシリンダーにもたれかかった。
 やがて震える声で社はこう言った。

 「……この人は鑑 純夏さんです――。……あの人に会いたがっています。……悲しんでいます。会いたい……って」

 社が泣いたのを見たのは、この時が初めてだった。

 「……会いたいって言っています。ここは怖い……。いなくならないで、タケルちゃん……」

 



 白銀には何も伝えないことにした。
 これは、どう考えても彼の処理能力で対処できる問題ではない。今の彼では伝えることができない。
 社にもそれは厳命した。絶対に、このことを口にしてはならない、と。

 社は初回の実験こそ、感情の渦にあてられ混乱していたが、二度目以降の実験ではもう落ち着いていた。
 鑑 純夏の激しい感情は臆病な社にはけっして持ち得ぬもので、社はその刺激を求めるかのように彼女にのめり込んだ。
 常にシリンダーの前に陣取りあの脳髄を見つめている――。
 あれほど使用をためらっていたリーディング能力を全開で使い、なお一層深いところまで潜っているようだった。
 その様子はまるで、姉の昔語りに耳を傾けている妹のようで――。私には少し羨ましかった。


 鑑 純夏の数少ないデータを入手しそれ調べ上げ、擬似生体や新素材を使い彼女の肉体を再現する。
 人の心はその入れ物である肉体の影響を受けやすい。彼女に寸分の誤差も感じさせるわけにはいかないのだ。
 入手できたわずかな写真や記録では埋められない微細な部分は、社を使い白銀の記憶の中から拝借させてもらった。
 彼女を復活させることさえできれば全ては動き始める――。
 私はひとり興奮していた。
 世界を救う手段が目の前にあるのだから。
 ただそこには依然として高い壁が存在していた。

 彼女の存在のすべてを封じ込めるには半導体150億個分の処理能力が必要だった。
 しかもそれを人間の手のひらサイズ――人間の脳ミソと同じ大きさにまで縮めねばならなかったのだ。
 私にとってもそのハードルはあまりに高く、私の持つ全ての知識を読み返してみても答えにはつながらなかった。
 白銀の話では違う世界の私は、結局その問題をクリアすることができなかった、とのことだった。

 ヒントになったのは彼の言葉だった。
 別の世界の存在である私が、私の理論を否定し新しい理論を論じているというのだ。
 同一異存在である自分に嫉妬するとともに、その理論をなんとか入手できないものかと頭を悩ませた。
 鍵になったのは彼の存在だった。
 新理論を知る私のいる世界から来た彼は、もともとその世界に一番近い存在なのだ。

 白銀を異世界に送り込む実験は難航した。
 何度も失敗を繰り返し、どうにか向こうの私に渡りをつけることができた。

 白銀が平行世界から量子電導脳の基礎になる理論を持ち帰ってくれたのは僥倖だった。
 彼の持ち帰った私の理論は、私の盲を開いた。

 ――観測できなければその『存在』は存在しない――
 これをひっくり反せば
 ――観測できればその『存在』はいくらでも存在する――
 
 理論上、00ユニットは自らが存在する全ての平行世界を観測でき、その能力を借りて演算処理ができる存在になる。
 無限に近い処理能力を有することになるのだ。

 00ユニット完成の流れを確信した私は、遅滞していたすべての計画に再始動の号令をかけ計画を進展させた。
 これでBETAとまともに戦える――。交渉や場合によっては停戦もできるかもしれない。
 いつしか期待は希望へと変わっていった
 すべてが上手くいくはずであった。


 後悔しているのは――。
 

 ……結局は私の強欲が原因であったのであろう。
 
 BETA大戦終結後の人類世界の行く末を考慮し、国連軍の強化――そしてXM3の能力を全世界に見せつけん、として私が選んだ行動は悲劇を招いた。
 むろん結果には満足している。
 国連軍の衛士は危機感を覚え、日々精進し目標に向かい忠実に行動するようになった。
 そしてなによりXM3は国連の切り札のひとつとなった。
 
 ただし支払った代償は大きく――私は親友を失った。
 善良で慈愛に満ち、誰からも愛される――私にとっても本当に大切だった人。

 恩師である彼女を失い、自らの責任を感じた白銀はそのショックで逃亡した――。
 逃げることで全てを忘れ、放棄しようとした。

 私には『忘れる』という贅沢なことはできなかったが――。だからといって、別に彼のことを羨ましいと思うことはなかった。
 逃げたところで必ずしも幸せが待っているわけではあるまい。どんなに苦しくても戦わねばならない時があるのだ。それに――。

 あいつは絶対に戻ってくる。

 私はそれを信じていた。

 あいつが逃げた先ではきっと今頃、因果の逆転が起きているだろう。
 場合によっては我々の世界がそうだったかのように、五十億の人口が十億人にまで減るような大惨事が起きているかもしれない。
 それを向こうの私が許すだろうか――? 許しはしないだろう。
 そして何より――、あいつ自身がそれを許すまい。

 だからあいつはここに戻ってくる。どんなに傷ついていたとしても。
 必ず立ち直りここに戻ってくる。
 運命を変えるために。
 それを望む女がここにいる限り――。
 彼女がここにいる限り――。



 ――世界を変える真実の愛――
 ――Muv-Luv ALTERNATIVE――



 そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
 自分の求める存在を、異世界から召還してでも自分のものにしようとする。

 その愛はどこか狂気じみていて――とても美しいのだ。

 白銀 武を求める女。

 その女を作るために、私は今から彼女を殺し――機械にする。
 成長することも繁殖することもない女。ただBETAと戦うことのみを求められる女。
 それを今から製作する。
 同じ世界に同一存在があるのは許されない。だから――。

 量子電導脳に光を灯し、生体脳にトドメをいれる。

 後悔はしない――。罪はいずれこの身をもって贖えばいい。

 私の手は血塗られているが、いつの時代だって産婆とはそういうものだ。
 赤子とは常に血と羊水の中から生まれる――。
 大きな声で泣き叫びながら。

















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Muv-Luv SS脇役 整備班の場合2

 12月10日 横浜基地


 頭がまるではっきりしない。――無理もない。ここ一週間の平均睡眠時間は一日あたり3時間を切っていた。
 タイマーで無理やり叩き起こされた俺は、大きな欠伸をひとつしてハンガーの外の水道に向かい、ホースで直接、頭に水をかぶる。
 冷たい水が頭にしみる。

 「何やってんだい? 班長、頭でもイカレちまったのか? 」

 冬の早朝に頭から水をかぶる俺を見て、起床ラッパ前にもかかわらずランニングをしていた衛士が、足をとめ俺に話しかけてきた。
 俺は投げるかのように適当に敬礼を返し言った。

 「……今日の準備が終わったのが2時間前なんだよ」

 そいつはご苦労なこった、衛士はニヤリと笑った。

 「……お前さんも、ずいぶんと気合がはいってるみたいじゃないか? 」

 頭を振って水滴を飛ばしながら聞いてみた。
 わかるか? と彼女はその場でシャドウボクシングをしながら返事をした。繰り出すパンチにキレがある。

 「初の仮想敵部隊選抜だろ? 」

 仮想敵部隊に選ばれるというのは名誉なことだ。その腕が一級品であることを誰もが認めるということなのだから。
 今回は横浜基地中の衛士からわずかに16名だけが選ばれていた。
 彼女に気合がはいるのも無理はなかった。

 俺はツナギのポケットからタバコを取り出し火を点けようとして――止めた。
 嗜好品であるタバコは貴重品であり、俺の給料では一日一本が限度だった。頭をはっきりさせるために吸う、などという贅沢はできない。

 「今日のテストは班長のとこの新製品なんだろ? 」

 シャドウボクシングを続けながら彼女が聞いてきた。新製品ね――。おかしな表現だ。

 「あぁ、そうだ。――ウチの連中が作った代物だ」

 正確には少しばかり違うが、でもそんなの関係ねぇ――。俺は戦術機のこと以外は、基本的に何もかもどうでもいいタイプの人間だ。

 「OS変えたぐらいでそんなに性能があがるもんかね? 」

 俺は反射的に、その性能の素晴らしさを滔々と自慢してやろうかと口を開きかけて――止めた。
 彼女は少し不審そうな表情を浮かべたが、突っ込んで聞くこともなかった。

 「まぁ、いずれにしろアタシが皆、叩きのめしてやっからよ! ……ヒヨッコどもに覚悟しておけって言っておいてくれ! 」

 シャドウボクシングのスピードを最高値まであげ、複雑なコンビネーションを俺に見せつけると彼女は走り去っていった。
 去っていく彼女の背中にむかって俺は呟いた。

 「何のヒヨコなのかねぇ。……ご愁傷様、ミュン中尉。……美味いタバコのためには生贄が必要なんでな」

 今日の一本は間違いなく最高の味を楽しめる――。
 俺はトライアルが楽しみで仕方なかった。










 
 ハンガー内の大型ディスプレイにトライアルの様子がライブで中継されていた。
 このディスプレイは通常では、皆が共有しなけらばならない情報――整備順序や補給予定――を流しているものだが今日だけは変えてある。
 そこには戦術機の派手な市街戦の様子が大写しになっていた。

 本来は作業中にこういったものを流すのは好ましくない。整備士の集中力が削がれてしまい、作業に不備がでる恐れがあるからだ。
 でも今日だけは許そう、と俺は思っていた。

 整備士という人種は、自分が担当している戦術機に相当な愛着を持っている。
 そして――意外と思うかもしれないが――それを駆る衛士にも。
 だからこそ、下手な奴、機体をミスで壊す奴は嫌われ、逆に上手い奴、戦術機の能力を使い切れる奴は整備士に好かれる。
 まさに俺たちのチームの代表という感覚だ。
 特にウチの班の連中は若い奴が多いので、その傾向が強い。
 そしてそんな連中に、俺たちの代表が圧勝している様子を見せたらどうなると思う?

 案の定、俺の予想は大正解で――ウチの整備士連中はニヤニヤしながら作業を軽快にこなしていた。
 きっと外国人の衛士から見たら、日本人整備士は常にニヤニヤしていると不気味がられるのは間違いない。

 ――だがそれもいいだろう。これを喜ばずに何を喜べっていうんだ?

 ウチの連中の作業確認の声が普段の倍以上にデカい。そして全ての行動が通常の三倍くらい素早く行われていた。
 
 ――普段もこのくらいやりやがれっ、馬鹿野郎ども!

 俺は心の中でそう怒鳴り散らかした。――もちろんニヤニヤしながら。
 午前中の結果は予想通りだった。
 ウチの連中の手がけるヒヨッコ軍団は破竹の勢いでスコアを重ね、並み居る古参の全てを跳ね飛ばし――。

 最高の成績で午前中を終えた。



 
 昼休みの喧騒は凄まじいものがあった。
 XM3の素晴らしさを体験した衛士たちは、自分の機動をXM3に覚えさせようと機動禁止区域でも戦術機を動かすものだから危なっかしくて仕方なかった。
 先行入力の練習や動作キャンセルの試しなども、いたる所で行われていた。
 司令部からの禁止放送がなければ怪我人のひとりやふたりがでてもおかしくない状況であった。

 ウチの連中がXM3の開発担当チームの整備を担当していることは周知の事実だったので、ウチの連中は整備補給作業中にもかかわらず質問攻めにあっていた。

 ――馬鹿野郎! いま、忙しいんだ! ――
 ――後にしてくれませんかっ!中尉殿! ――
 ――どいてくれ!推進剤いれるのを邪魔するな! ――

 ウチの連中は作業に大わらわでとても応対できる状況ではないのだ。群がる衛士たちをつっけんどんに追い払っている。
 しかしその表情には笑みが隠されていて、俺は連中がこの成功を本当に喜んでいることを感じていた。
 衛士たちは執拗にウチの連中に喰らいつき、すこしでも情報を引き出せればと離れない様子が見えた。

 ――これはもう、やるしかないな……!

 そう。俺には秘密兵器があるのだ! 
 XM3公開の圧倒的反響を予想した我々は神宮司軍曹の協力のもと、一本のビデオを作製していた。

 『実践!これが新OSだ――XM3使用ビデオマニュアル』

 ハンガーの奥から移動式大画面モニターを引っ張り出しビデオを再生する。
 途端にそこは黒山の人だかりになっていった。集まった衛士たちが食い入るようにビデオを見ている。
 俺はその様子を一人悦になって見ていた。

 ――お嬢ちゃんたちも頑張ってたもんな。

 いま公開しているのはウチの連中が撮り貯めた、207訓練小隊の演習の模様をもとに製作したビデオなのだ。

 新OSが副司令の手により導入されて以降、彼女らは毎晩遅くまで、実機やシミュレーターに張り付き頑張っていた。
 それを見たうちの若い連中が何とか彼女らの力になれないか、と神宮司軍曹と話し合ったのだ。

 実機演習場に普段の三倍の記録カメラを設置し全てを撮影する。データロガーも簡易版でなくフルスケールに変更した。
 もちろん整備はしっかり行う。
 彼女らが部屋に帰った後、夜通し作業し完璧の状態に戻し翌朝には最高の状態にして引き渡す。
 嵐のような一ヶ月であった。
 だがその日々は充実していて、皆で何かを作っているという感覚が俺には嬉しかった。
 肉体がどんなに疲弊しようとも、その喜びが俺たち整備班を走らせていた。
 そうだ。俺たちは確かに未来を感じていた――。

 一際大きな歓声がモニターの前でおこった。

 ――小僧の機動だな……。

 モニターを見なくともわかる。そこには間違いなく20706吹雪の機動が再生されているのであろう。
 副司令から初めてアイツの機動を見せられた時――。
 俺は戦術機の機動が新しい歴史に突入したのを感じた。
 
 もともと俺は最近の戦術機の開発の流れが気に入らなかった。パワー増大主義。いかにも米国的思考だ。
 特にラプターという機体は気に食わない。

 機体の出力を大幅に上げたのはまだいい。
 気に入らないのは別のことだ。
 ステルス性能を強化し、レーダーを利きにくくする。
 レーダーにはせいぜい大型の鳥くらいにしか表示されない。
 F-15などとは違い、ラプターは他国には売却しない。
 米国が何を考えているのかが、見えすぎて俺は好きになれなかった。

 あれは対BETA用戦術機ではない。対戦術機用に作られた機体なのだ。

 おまけに顔も悪い。少しは武御雷の優雅さを見習えってもんだ。
 
 ――それに比べ副司令と小僧、それとお嬢ちゃんたちが作ったこいつはどうだ――?

 主眼が戦術機の機動、操作簡略におかれており、たとえ型遅れの撃震でさえ、CPUを変えXM3をぶち込んでやれば三割は性能が向上する。
 効果は絶大だ。使い方によっては五割近くまで戦力を向上できるのでは? と俺は見ていた。
 開発はこういう方向でやらなければならない――。
 しがない整備士の夢でしかないが、それを叶えてくれるのがXM3であった。

 誰かに肩を叩かれ俺は振り返った。
 明らかに不機嫌な顔をした衛士がそこにはいた。
 ミュン中尉だ――。
 彼女はたっぷり三秒程も俺の顔を睨み付けると、一転、大きく笑いながら俺にパンチをくれるふりをした。

 「完敗だよっ! 班長! ……黙ってるなんてヒドイ奴だな、アンタはっ! 」

 気風のいい笑顔だった。
 すまんね――。俺も笑ってそう返した。

 彼女の顔を見たことでタバコのことを思い出す。
 あと数時間後には至福の時が訪れる――。
 全ての作業を終え、整備班の連中と祝杯をあげる。宴は大いに盛り上がるだろう。
 お互いの苦労を充分にねぎらった後で、ハンガーの外へ一人で赴き、そこで一服するのだ――。
 いや、場合によってはもう一本吸ってもいいかもしれない。なにしろ今日は特別の日なのだから――。


 だが俺の夢は叶うことがなかった。


















 『コード991発生! 繰り返す、コード991発生! 』

 その声が流れた時、ハンガー内の全員が設置されているスピーカーを見つめていたと思う。
 皆、何を言われたのか、わからなかったのだ。

 防衛基準態勢1が発せられる。ハンガー内に緊張が走った。
 信じられなかった。

 ――極東最大の国連基地なんだぞ! なんでここに来るんだ? 佐渡島から来たにしても何故、ここまで気づけなかった?

 疑問が疑問を呼び、俺の頭は混乱していた。
 だが、口を開き呆けている衛士の姿を目にした瞬間、俺は自分を取り戻した。
 俺は生涯でもっともデカい声で怒鳴った。

 「テメェら! 実弾装備に変更だっ! 回せぇぇぇっ! 」

 

 悪夢だったと思いたい――。ハンガー内は恐慌状態だった。出口に殺到するもの、戦術機に飛び乗ろうとするもの、混沌の極みだった。
 慌てて走りまくる衛士の群れに流されて、整備士が実弾装備を取りにいけない様子が見えた。
 戦場で命を張っている衛士にこんなことを言うべきではないかもしれないが――。

 ――国連軍の衛士はヌルいのだ。

 所詮は流れてきただけの根無し草。国土防衛の意地のある帝国軍などと比べると、最後の一線で脆い。

 もちろん、失った国土を回復させん、と命を賭けて戦うものもいる。
 だがそれは割合で見たら、全体の三割程度であろう――。
 そして残りは――。
 食えないから兵隊をやっているにしか過ぎない連中なのだ。

 馬鹿が戦術機に乗って逃げようとした。それに踏み潰されそうになる衛士がいた。

 推進剤が漏れて、危うく爆発を起こしそうになったところもあった。

 それで即応部隊の発進が遅れた。

 国連軍の練度の低さを象徴するかのような事態がそこかしこで引き起こされていた――。

 ――一秒でも早く、実弾を届けてやらないといけないというのにっ!

 すでに俺の苛立ちは怒りへと変化していた。

 ――どきやがれ! 邪魔だっ!

 逃げ惑う衛士をスパナで殴り倒しながら、俺は補給コンテナの搬出作業へと向かった。

 そんな中でもエースが――、エース達だけはBETAと戦っていた。実弾の発射されることのない銃を持って。
 砲撃の支援もほとんどないなか、彼等は戦い続けた。撤退することなく、味方を信じて。実弾が届くのを待ちながら――。
 彼等は次々とBETAに殺されていった。

 俺は換装中に一度だけ叫んでしまったことを憶えている。

 ハンガー内の大型ディスプレイに吹雪が映っていたのだ。
 06ナンバーの吹雪は小僧の機体で、小僧もエース達と同じく模擬弾でBETAと戦っていた。
 あの機動でBETAをかわし、機動のみでBETAの侵攻を抑えていた。
 それがどんなに危険なことか俺にはわかった。
 だから叫んでしまった。叫ばずにいられなかった。

 ――頑張れっ! 頑張れ小僧っ! ――。
















 悲劇は終わらなかった。

 BETA駆除完了の放送が流されたあとも整備班の忙しさは変わらなかった。
 即応部隊に改めて補給し、壊れた機体を修理する。
 作業は山ほど残っていて、今夜も徹夜になることは確実だった。

 そんな折だった。
 神宮司軍曹が死亡したとの情報がはいったのは――。


 翌朝、俺たちは放置されていた戦術機を回収する作業にあたった。
 護衛の戦術機がつくような物々しい警護の中で回収作業は行われた。
 演習場のいたるところに戦術機が倒れていて、小僧の乗った吹雪もそこにあった。
 あの後、小僧はあの場所で戦い続けて機体を失った。
 事件が起きたのはその後らしい。
 撃ち漏らしたBETAが神宮司軍曹を喰ったとのことだった――。小僧の目の前で。


 目の前にある吹雪にはBETAの体液なのか、それとも神宮司軍曹の血であるのかわからないが、ところどころに赤いシミがあって、ここで行われた惨劇を見るものに想像させた。

 俺はタバコに火を点け一息だけ吸い込むとそれを地面においた。
 線香なんていう洒落たものはハンガーには置いていない。
 神宮司軍曹に対する手向けのつもりだった。
 あの人の良い――愛らしい女性はウチの連中に人気があった。
 女性としての魅力もさることながら、整備士連中にまで気を配ってくれることに皆が魅かれていた。
 
 ――すこし抜けてるトコロもあったな……。

 神宮司軍曹と整備班連中と皆で一緒になってビデオを編集していた時のことを思い出した。
 ナレーターを彼女にお願いしたのだが、最初のうちは緊張しているようで、まるで使いものにならなかったのだ。
 その様子が普段と違うものだから、ウチの連中は神宮司軍曹を冷やかしまくっていた。

 ウチの連中も同じ思いなのだろう。
 皆、青褪めていて口を開くものは誰もいなかった。

 敗北感に打ちのめされていた。

 すべてが上手くいくはずだった。XM3の能力を見せつけてやるつもりだった。
 それだけを楽しみに皆は徹夜で頑張ってきたのだ。
 皆で祝杯を挙げたかったのだ。
 だがそれはすべて無駄に終わった。
 皆が沈んでいた。誰もが視線を上げることもなく淡々と作業を続けていた。
 
 機体を持ち上げるクレーンの音がむなしく響いた。
 俺はひとりで現場を離れ、すこし遠くでその様子を監督していた。








 「班長、少しよろしいか? 」

 振り向くと一人の女性衛士がそこにいた。真新しい黒の強化装備。見慣れた顔だが表情は沈鬱だ。

 「……御剣訓練兵、じゃねぇ、――少尉。何の用でしょう? 」

 この女性は誰にたいしても綺麗な言葉を使ってくれる。気品がある。
 ハンガーに置いてある帝国軍貸与の紫の武御雷と、将軍のご尊顔に瓜二つの顔でウチの班の連中は皆、彼女の正体に気が付いていた。
 だがそのことが話題にのぼることは、整備班の中ではなかった。
 そういう噂話を控えさせるだけの雰囲気が彼女にはあった――。

 「班長、ひとつ尋ねたいのだが……、この吹雪はまた使えるようになるであろうか? 」

 吹雪を改めて見直す。その姿はもはや戦術機のものではない。ただの鉄屑だ――。もうコイツは死んでいるんだ。俺はそう言いたかった。

 「……こいつは無理でさ、少尉。使えるパーツを回収して……、あとは廃棄処分ですよ」

 表現を少し優しくしたのは彼女のことを慮ってのこと。それでも意味は同じだった。

 「……そうか。では、忙しいところに申し訳ないのだが……。班長、ひとつ頼まれてはくれないだろうか? 」

 彼女のほうにゆっくり振り向く。

 「実はこの吹雪に搭乗していたタケルは――……、白銀少尉は、すでに別の任務に赴いた」

 ――……!?

 「あの者が戻ってきた折に、私は渡してやりたいのだ……」

 ――……任務に就いた、だと?

 「だから、一部分でいい……。この吹雪のパーツの一部分だけでも譲って頂けぬものだろうか? 」

 あのガキの顔が思い浮かぶ。信じられない機動をして、俺が知るかぎり最高級の技術の持ち主だった。
 ハンガーの中で仲間や整備班の連中に冗談を言うのが好きな奴だった。

 そして――神宮司軍曹によく懐いていた――まだ子供だった。

 何がなんだか理解できなかった。――任務に就いた、だと。頭の中でその言葉を繰り返す。
 ごくり、と唾を飲み込んでしまう。――すでに任務に就いた――?

 「……お嬢ちゃんよ、小僧が任務に就いたってのは本当か? 」

 お嬢ちゃんが頷いた。

 「――今朝、確かめた。任務ですでに出張している、と」

 詳しいことは聞く気になれなかった。聞いたとしてもお嬢ちゃんも答えられないだろう。
 俺の手がける連中はそういう仕事をしている。それにしても……。
 あれだけ懐いていた恩師が目の前で殺されて、何日もまだ経っていないというのに……。
 もう一度、小僧の顔を思い出す。――その顔には年上の女性にたいするほのかな憧れも感じさせ……。

 俺は負けた、と思った。

 小僧は逞しい男だ。
 今は仕事に没頭しないと自分が動けなくなることを知っている。
 時には、感情を凍らせて身体を動かすしかない、というのをわかっているのだ。
 傷がどんなに大きく開いていたとしても、それに目を瞑ることで――。
 傷などないんだ、と自分に言い聞かせることで――。
 己を奮いたたせ前へ進んで行く。
 泣きながら突っ張る小僧の顔が目に浮かぶ。

 「班長、何とかならぬであろうか? 使えるパーツでなくても良い。何でも良いから、あの者に残してやりたいのだ……」

 お嬢ちゃんは必死に俺に訴えていた。お嬢ちゃんも小僧と同じで親を失ったばかりの雛鳥のはずなのだ。
 だから小僧の気持ちが俺以上にわかるのであろう。小僧のために何かしてやりたいのであろう。
 自分のことよりも、あの小僧のことが心配なのだろう。

 ――だったら大人の俺がやってやることは決まっている。

 「あの野郎に伝えとけ。二度と機体を壊すんじゃねぇぞ、ってな。コクピット周りなら記念になるものがあるだろう……。操縦桿でいいか? 」

 「班長――。すまない。班長の協力に感謝する」

 お嬢ちゃんの顔が輝いた。

 「いいって話だ。――しかし、お嬢ちゃんも大変だな? 」
 
 「あの者に比べれば私なぞ……、情けないばかりだ」

 「……いや、そうじゃねぇよ。……鉄砲玉みたいな野郎に惚れると、な……? 」

 「なっ!? 班長! な、何を言っている!? 」

 あまりにもわかり易い反応についつい笑ってしまう。――ようやく笑えた。
 俺は昨日の事件からまったく笑っていなかったことに気づいた。

 「パーツをはずしたらお嬢ちゃんに連絡をいれる。それでいいな? 」

 「……すまない、感謝する。それと……」

 「それと……? 」

 「お嬢ちゃんはやめてくれ。私はもう国連軍の衛士になったのだから」

 彼女は凛々しく、強く、まっすぐな視線で俺にそう言った。

 ――たしかにもう雛鳥じゃねぇな。

 その瞳は遙か彼方を眺望し、若い翼は羽ばたかんとしていた。
 だから俺は姿勢を正し、彼女に敬礼した。

 「失礼しました、御剣少尉どの――」

 班の連中に話してやらねばならない。すっかり落ち込んでいるあの馬鹿野郎どもに――。
 ウチらの代表は新たな戦いをもう、始めているぞ。
 あの小僧に負けていいのか手前ぇら――、と。


 

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Muv-Luv  SS6脇役 神宮司まりもの場合

 12月7日  横浜基地



 忙しい。目の回るような忙しさというのは、今みたいな時のことを表す。私は身をもって実感していた。

 戦闘後の興奮もあってか身体はまだ無理をきいてくれているが、すでに24時間以上まともに睡眠をとってはいない状態だった。
 クーデターを鎮圧し、横浜基地に帰還する。煌武院 悠陽殿下の出立を見送った後、任務反省会を開き、戦闘報告書など書いたことのない訓練小隊に書式を伝える。
 書かれたその内容を確認し精査したうえで司令本部に提出する。
 それが片付いて自分のデスクに戻り、ようやく一息つくことができるかと思った矢先に呼び出しをくらったのだ。

 香月 夕呼――この基地の副司令に。

 夕呼――副司令に私が呼び出されることは珍しいことではないが、実はその内容は二通りに分かれる。
 ひとつには夕呼の友人として――おもに夕呼の気分転換の手伝いとして。
 もうひとつはもちろんオルタネイティブ4――。私の場合は実動部隊であるA-01部隊につながる訓練小隊の件について。

 クーデターの鎮圧が終わったばかりのこのタイミングで、夕呼が茶飲み話をするために私を呼ぶとは考えられない。
 だから間違いなく訓練小隊のことについてだろう。そしていま呼ばれるということは……。
 思い当たる節がひとつだけあって不安だった。――そして結局、悪い予感というものは必ず当たるものなのだ。





 「……総戦技演習をクリアして戦術機で実戦を経験して、なおかつ帝国軍の精鋭と見事に渡り合っているのよ? 」

 ――なんでそんな連中を訓練兵なんかにしておかなきゃいけないのよ? 夕呼が怒るようにして視線でそう投げかけてきた。

 「夕呼、いえ、香月副司令! 無茶ですっ……! 彼等は戦術機演習の後期三ヶ月分の日程をまるまる残しております……! 」

 案の定、夕呼の話とは訓練兵の衛士への昇任のことだった。近日中に解隊式を行い、それをもって207訓練小隊をA-01部隊に補充すると。

 「じゃあまりも、ひとつ聞くけど――、それを消化したら、誰もが帝国軍の包囲を突破して将軍救出なんて荒事ができるようになるの? 」

 それはそうとは言えない。確かにそれを彼等は現時点でやり遂げている。しかし認めるわけにはいかない――。だから私には返事をすることができなかった。
 
 「……まりも。……ひょっとしてあんた、あの子たちに妙な情けをかけてない? 」

 「……」

 情けなどはかけていない。
 ただ、どう考えても無理なのだ。
 207訓練小隊のほとんどが今回の事件の関係者であって、彼等の負った心の傷などを考慮すれば、いま衛士にすることは最善の手段であるとは言えない。
 もう少し――あとわずかでもいい。彼等には時間が必要なのだ。
 もちろん夕呼の言い分もわかる。訓練小隊の技術は水準をはるかに超えていて、おまけにA-01部隊は常に人手不足だ。
 それでも私には納得することができなかった。
 なぜなら207訓練小隊の成長はあまりに急激すぎて――そのぶん、脆いように私には思えるのだ。

 私と夕呼の話は平行線を辿り、合意には達しないまま時間切れとなった。

 デスクに帰った私にピアティフ中尉から内線が回ってきた。
 命令が伝達される。
 帝国軍とのクーデター事件の現場検証に訓練小隊を連れて立ち会うこと。
 また白銀訓練兵はそれが終わり次第、香月副司令のもとに出頭させること。
 神宮司軍曹は訓練兵の任官のための書類を提出すること――。

 なんのことはない。結局のところ夕呼には逆らえないのだ。









 現地までは軍用特殊車両で向かった。時節柄、国連軍の戦術機が街中を闊歩するのはためらわれるし、今は少しでも訓練兵たちに休息を与えてやりたかった。
 父親を失った榊。父親が一連の事件にかかわっているとされた鎧衣。その二人を除いた207訓練小隊が車中にいた。

 道中は休んでいてかまわない。そう伝えてはいたが、御剣が白銀の戦術機のデータを見たい――と申し立てしてきたので私はそれを許可した。
 特殊車両の装備品の小さな画面には、白銀機が4機の不知火に追いかけられている様子を映していた。
 白銀の戦術機操作は素晴らしい。少なくとも私の知る限りでは彼に並ぶ者はいない。長ずれば随一の使い手になるのは間違いないと思えた。
 反面、それが恐ろしい。
 彼は勇敢だ。それがゆえに自分の許容範囲以上に頑張ろうとしてしまう危うさがあると私は感じていた。
 白銀が仲間に対し技術の解説をしていた。

 「だからさ、山岳地帯の最大の問題は足場なんだよ。かならずしも水平じゃないだろ? 」

 「ふむ――、確かにな」

 「場合によっては、左の主脚と右の主脚との着地地点の高低差が何メートルになる場合もあわけだろ?」

 白銀が身振りを交え御剣たちに説明するのはそう珍しい話ではない。それになかなかいいところに目をつけている。
 たしかに整地された市街地での演習では掴み難い感覚なのだ。私も黙って白銀の話に耳を傾けていた。

 「そうなるとバランスが崩れて次の出足が遅れるし、下手したら機体ごと転倒しちまう可能性はあるわけだ。」

 ――その通りだ白銀。だから腕の立つ衛士であれば与えられた情報から地形を予測し跳躍する前に着地地点を決めておくものだ。

 「……でも実際に着地に都合のいい場所探している時間は、通常移動中ならともかく戦闘中にはないだろ? 」

 ――……まぁそれもそうだが……。

 「だからその場合、無理に平地を捜し自分の機体を水平にするのではなく、斜面に対して垂直――つまり斜面と同じ角度に機体を倒して両足で接地するんだ」

 ――……何だと……?

 「……斜面に対して機体が直角になるように――? 」

 ――……彩峰の疑問はもっとものことだ。教本にもできるだけ平坦な地形を選び着地せよ、となっている。
 それに対して白銀は、斜めの地形なら斜めに立てとでも言うのだろうか?

 「その通りだ――、別に俺たちはその斜面にいつまでも立っていたいわけじゃない。ようは両主脚で地面を蹴って飛びたいわけだろ?」

 ――……確かにそのやり方なら跳躍ユニットと両主脚の能力を十全に生かすことができるかもしれない。出力の劣る吹雪でも不知火を振り切れるわけだ。

 「なるほど……。そなたはそうやって、あの追っ手をかわしていたのか……どおりで揺れるわけだ」

 「……一秒か二秒なら斜めになってもかまわない。倒れる前に跳べばいい 」

 「なるほどねー。すごいね、たけるさん」

 これだ。白銀は私たちとは違う。――そう、なんと言うか、彼には自分自身で教科書を作りあげているようなところがある。

 「あとは進行方向を見定めたら、足元ばかり見ないで、できるだけ遠くまで見ておくことかな?……ほら、マリオとかもそうじゃん? 近くしか見てないとかえって穴に落ちてしまうだろ? 」

 「ふむ――。なるほど……と言いたいところだが、ときにタケル、まりお とは何のことだ? 」

 「……白銀語」

 「えへへー。なんだろうねー? 」

 「……っと。すまん。忘れてくれ」

 白銀の戦術機機動の説明には意味不明の言葉が頻出する。先日も「飛び込み前転後方狙撃」なる技を めとろ、いど とか言っていた。
 地下鉄と井戸とは何を意味するのだろうか? 地下に生息するダンゴ虫のように丸まれ、とでも言うのだろうか? 彼の言語感覚については疑問はつきない。

 それにしても……。車内には穏やかな空気が漂っていた。
 無理はしているのだろう。でもそれを見せることは彼等はしなかった。
 仲間たちと交わす何気ない会話。その言葉の中に感じる思い。訓練小隊の連中は何とかいつもの自分たちに戻ろうとしていた――。
 だがそれが、かえって痛々しい。彼等にはまだまだ時間が必要なのだ。
 傷口をゆっくりと塞いでいく時間が――。
 
 そしてそれが出来た時、部隊のほとんどが事件の関係者で占められるという悲惨な事件は、ようやく本当の意味での幕を迎えるのだろう。













 12月8日  横浜基地


 司令本部に提出する訓練兵の報告書が書きあがったのはすでに夕刻を迎えていた。
 通常であればこのような書類は訓練期間終盤に指導教官が作成し、それを司令本部に提出する。
 司令本部が内容を吟味したうえで配属を決め、配属先の上官に送り、それを持って上官は部隊構成などの資料として参考にする――。
 これが一連の流れになるのだが、207訓練小隊に関しては少し違う。
 最初からA-01部隊用に育成されているため報告書は司令本部と配属先の上官――、この場合はA-01部隊の隊長である伊隅大尉の所に直接引き渡されることになっていた。
 訓練兵たちには明日が解隊式だとは、まだ伝えてはいなかった。別に驚かせたいわけではない。いま伝えても、素直に祝ってやれる自信がなかったのだ。

 ピアティフ中尉に連絡をいれ、伊隅大尉との面談の時間をセッティングして頂く。
 伊隅大尉から指定されたのは2100時に地下七階の第二会議室とのことだった。
 ずいぶんと遅い時間にはなるが、A-01部隊の多忙さを考えればそれも無理のないことのように思えた。



 地下七階の第二会議室に入るのは初めてだった。狭い部屋でテーブルがひとつに椅子が四つ。空きスペースを無理やり会議室にした、といったところか。
 伊隅の他にピアティフ中尉がいて、彼女が書類上の手続きをしてくれるとのことだった。
 久しぶりに会う伊隅は少し痩せているように見えた。挨拶の際に浮かべられた笑顔もどことなく寂しげだ。

 ――無理もない……。

 今回のクーデター事件でA-01部隊は一名の戦死者をだしたという。先月のBETA新潟上陸の際には二名が死亡し一名が病院送りになった。
 部隊の任務は常に過酷を極める。伊隅の顔に浮かぶ疲れが、隠しきれなくとも仕方のないことのように思えた。
 私もかつての教え子たちの姿を思い出し、心の中でその死を悼んだ。

 机の上に報告書をひろげ、申し送りを始める。

 「まず榊 千鶴訓練兵ですが――」

 榊の能力値を数字化しそれをグラフにしたもの。そして身上書に私のつけた備考――。榊 千鶴という人間の説明を始める。
 すでに司令本部から報告書のコピーを受け取っている伊隅は、それらを手に取りながら様々な質問を私にしてくる。

 「……先日亡くなった榊 首相のご令嬢。……真面目で優秀。少しお堅いところに難あり、てところか? 」

 「その通りです。大尉? どうなされました?」

  伊隅がなぜか微笑していたので、私は質問した。

 「……いや。よく似ているな、と思ってな」

 「大尉にですか……? 」

 伊隅が驚いた顔をした。それからゆっくりと笑顔を作ると――いや、軍曹にだ、と言った。

 「大尉にそう言われるのは心外です――」

 訓練兵時代の伊隅の堅苦しさを思い出し、そう反撃した。
 お互いにくすり、と笑いあう。伊隅と私は確かに似ているところがある。

 榊は明日の解隊式にあわせるように基地に戻ってくる――。彼女は大丈夫であろうか?
 彼女が父親との間に問題を抱えていたのは知っていた。それを解消できぬまま相手をなくす。それは心残りではないだろうか?

 「軍曹、この御剣訓練兵のことだが……? 」

 伊隅がそう切り出してきた時、まだ榊のことを考えていた私は少しばかりうろたえてしまった。
 幸いにも書類に目を落としていた伊隅は気が付かなかったようだ。
 御剣も複雑な問題を抱えていた。どうやら伊隅も兵士としての能力より、そちらを気にしているようだった。

 「……ですから今回、帝国のほうから御剣訓練兵の任官を認めて欲しいとの要請があったと聞いております」

 「……それは、戦死しても構わないということと解釈するが……? 」

 黙って頷く。御剣は影武者としての役割を果たした。だからこの要請は、あの一族の呪縛から御剣を解き放つために、彼女の姉自らが要請したのであろう。
 影ではなく己の選んだ道を自分の足で歩んで欲しい――。
 わずかな時間であったが、殿下と行動をともにした身には、痛いほどその思いが理解できた。
 
 
 

 「鎧衣というのはタフみたいだな……。速瀬の良いオモチャになりそうだ」
 
 伊隅が鎧衣の身上書に目を通していた。私は鎧衣の父親が帝国情報省の人間であったことを説明し、最近まで鎧衣自身も知らなかったことを付け加えた。
 ……鎧衣は解隊式に間に合うだろうか? 憲兵からの連絡はないが、きっともう夕呼が手を回しているはずだ――。
 任官はまだ早いと思う私がいる反面、そういったことには抜かりのない夕呼を頼もしく思う自分がいるのが不思議だった。

 「まったく――。首相の娘に将軍の妹。おまけに帝国のスパイの娘とくるか!? 」
 
 やれやれ、と伊隅があきれたようにため息をつく。

 「……まだあります。彩峰は戦争犯罪人 彩峰中将の娘。珠瀬は国連事務次官の娘です」

 伊隅が口をあけて呆けていた。やがて両手を挙げて降参です、と笑った。

 私は彩峰の格闘戦術が小隊でもずば抜けていることと、珠瀬の狙撃能力は数字上ではあるが極東一であることを伝えた。

 「……しかし、ウチにくる面子はいつでも化け物揃いだが、今回はまた格別だな――」

 伊隅が言うことはもっともだ。A-01部隊につながる私の訓練小隊に入る者は基本的にすべて夕呼によって選抜される。
 彼女がどういった基準でそれを決めているかはわからないが、いずれも逸材であるのは間違いない。
 現に速瀬や茜などは世が世ならオリンピックに出場してもおかしくないほどの運動能力の持ち主だった。

 「……それで最後が軍曹の秘蔵っ子ですか? 」

 伊隅が待ってましたとばかりに白銀の報告書を広げる。楽しげに報告書を読み上げる。

 「……座学A 個人格闘力A 射撃A 戦術機操縦技能A……」

 「訓練兵の戦術機操縦技能はAまでとなっていますのでそう記載しましたが、実際はそれ以上と判断しています」

 「……おまけにXM3の開発者、か」

 能力的には申し分ない。言うまでもなく最高の人材である。

 「……」

 「軍曹、良い兵士たちを錬成してくれた――。感謝する。」

 伊隅はそう言って笑った。だが私には伊隅に微笑み返すことはできなかった。

 ――不安なのだ。

 白銀が、ではなく夕呼の言葉が――だ。
 白銀と初めて出会った日――。夕呼は私にこう言ったのだ。

 「……とりあえずは使い物にはなると思うから徹底的に鍛え上げて頂戴――。……最終的には家族や恋人を自分の手で殺せるくらいに」

 夕呼はキツイ冗談を言う。厳しい言葉も使う。でも長い付き合いのなかで私は彼女の言葉がどちらなのか自然とわかるようになっていた。
 そして今回の場合は――。
 冗談ではないと思っていた。
 そう思って彼を鍛えてきた。特別だと思って育てたのだ。
 他の連中もそうだ。
 やむにやまれぬ事情を持って集まったのがいまの訓練小隊なのだ。

 そして今、訓練期間は終わりを告げた。
 だから彼等にはこれからきっと、そのくらいの厳しい現実が待っているのだ。

 私はそれが――怖かった。

 私が返事をしないのを不審に思ったのであろう。伊隅が私の顔を覗き込んでいた。

 「どうした? 軍曹……。体調でも崩しているのか? 」

 「いえ……。なんでもありません。失礼しました」

 返事をした瞬間、私は泣き出しそうになっていた自分に気が付いた。
 ピアティフ中尉が驚いた顔をしている。
 伊隅は私を元気付けようと思ったのであろうか、優しく私に微笑んでいた。
 よく見れば伊隅の目の下にはクマができていて、それを化粧で誤魔化しているのがわかった。
 A-01部隊の任務は過酷なのだ。常に死を伴うものなのだ。
 
 私は教育者になりたかった。
 そのために――戦争を終わらせるために軍に志願したのだ。
 けして教え子を戦場に送るために教官になったわけではない。
 そのことが私には口惜しかった。

 「軍曹、安心してくれ」
 
 伊隅がそう言って私の手を握った。

 「軍曹が手塩にかけて育てた芽は決して無駄にはしない――。必ず開花させてみせる」

 ――その言葉に嘘はない。それは理解している。でもそれを言った本人でさえ最前線で命を懸けているのだ。
 それに比べて私は――教え子を地獄に送り出すだけで、自分は基地のなかで安穏と……。

 何も言えなかった――。
 情けないことに教え子の前にもかかわらず私は涙を零してしまった。
 
 「……軍曹。大丈夫ですよ。心配しないでください。」
 
 伊隅の優しい声が痛かった。だから私にはもう涙をこらえる術がなかった。




 どのくらい泣いていたのだろうか? しばらくして伊隅が小さく囁いた。

 ――軍曹、覚えていますか? 私を殴りながら教えてくれましたよね。
 ――どんなに格好が悪くても生き残るのが大事だ……って。
 ――大丈夫。ウチの連中は皆、それをしっかり守ってますよ。
 ――だから軍曹は安心して次の世代を育ててください。
 ――でないとウチの連中も安心して戦えません。

 それから伊隅はしっかりとした声で私に告げた。

 「死力を尽くして任務にあたれ! 生ある限り最善を尽くせ! 決して犬死にするな! ――ウチの中隊の隊是ですよ。全部、軍曹の教えです」








 書類作業を全て終わらせた私はピアティフ中尉と別れ、伊隅に手を引かれてさらに地下に降りていった。
 どうしても見せたいものがあると伊隅が言うのだ。
 やがて照明の落ちた倉庫の入り口に私たちはたどり着いた。
 入り口に手書きの看板が掲げられていて、こう書かれていた。

 ――ヴァルハラ――
 
 「扉を開けて覗いてみてください」
 
 伊隅はそう私を促した。言われるままに扉を開ける――。
 
 「……せーのっ!」

 暗闇の中で知っている声がした。とたんに部屋の明かりが灯り、いくつものクラッカーが楽しげな音を響かせた。
 
 「――神宮司軍曹! 207訓練小隊錬成、お疲れさまでしたっ!」

 いくつもの声が重なっていた。倉庫の中はまるでパーティー会場のように飾られていて、そこにはA-01部隊の連中が勢ぞろいしていた。

 「……なかなかこういう機会もないものですから」

 伊隅が呟いた。――ウチの連中の気分転換も必要ですので。お付き合いして頂きますよ――。小さく笑っている。

 「……まったく……。貴様らときたら……」

 速瀬がいた。涼宮がいた。宗像がいた。A-01部隊の皆がいた。私の教え子たちがいてくれた。
 そうだ。私が、泣いたり笑ったりしながらも厳しく育てた仲間がいた。
 もちろん全員ではない。欠けた顔もある。もう二度とは会えない連中もいる。それは悲しむべきことだ。――それでも。
 誰かが一人でも生きてさえいてくれれば――。
 我々はそれを語り継ぐことができる。それを託しあえる仲間がいる。
 そんな仲間がここにはいる。

 「神宮司軍曹! ここには神宮司学校の卒業生しかおりません……! いわば同窓会みたいなものです」

 伊隅の顔は驚くほど真剣だ。

 「……従ってこれ以降は――。……貴官を軍曹ではなく教官と呼ばせて頂く! よろしいですね? 教官」

 ――まったくもってコイツらときたら……。

 「……好きにしろ」

 私が答えると同時に喚声が再び巻き起こり、クラッカーの音が再び鳴り響く。皆が笑い、乾杯の準備を始める――。
 その様子はまるで家族のようであって学校のようであって――。

 「神宮司教官、何やってるんですか? コップ持ってください! 」

 涼宮が私にコップを差し出してくる。コップの中には、なみなみとシャンパンが注がれていた。

 「……内緒ですよ? 京塚のおばちゃんがちょろまかしてくれた、高級士官用の本物ですから! 」

 速瀬がはしゃいで言った。
 全員に行き渡ったところで、伊隅が軽く咳払いをしてから音頭をとる。

 「……それでは僭越ながら……神宮司学校とA-01部隊の未来を祝してっ……。乾杯っ! 」

 そこにはどんなことがあっても、決して諦めない仲間がいた。
 どんなに辛いことがあっても笑って進んで行く仲間がいた。
 私が育てた? ……いや、そんなことを言うのはおこがましい。でも、これだけは胸を張って言える――。
 彼女等が最初の一歩を踏み出した時、私は間違いなくそこにいて彼女等とともに歩んでいった。彼女等の手を引いてやることができた。

 ここに207訓練小隊の連中が加わる。連中も同じだ。強く優しく逞しくあって、未来を切り開こうとしている。
 私はそんな連中に仲間を引き合わせることができるのだ。こんなに素晴らしいことは他にはない。
 何も心配することはないのだ。

 ――だから私も笑って送りだしてやろう。

 私に出来ない事は、きっと伊隅がやってくれるだろう。伊隅が出来ない事は速瀬が。そして涼宮が。宗像が。風間が。
 私たちはつながっているのだ。
 そうなった私たちに出来ない事などあるのだろうか?

 胸が熱くなり、涙をこらえるのが大変だった。
 伊隅が私のコップにシャンパンを継ぎ足し、ご苦労様です、と笑って言う。
 柏木が茜と笑っている。風間がバイオリンで軽快な曲を弾きだす……。
 宗像が速瀬をおちょくっている。慌てた涼宮が仲裁にはいろうとしている……。

 宴はまだまだ続いていて、いつ果てるか予想はつかなかった。
 夜はゆっくりと深くなっていくが、それに反比例するかのように喧騒はますます強くなり……。









 私はいま……。――幸せなのだ。



































 「……ら~かぁらぁあ、あん事故のぉ時はぁ、どぉ~うなるかと思っ、ったのよおぅ。……わぁかるぅ?」

 「……いえ……」

 「……ふぅんとにぃ……速瀬はぁ~、うわんわん泣いてぇぇるぅしい、涼宮はぁ、たおれたまんまでぇ、目ぇ覚まさないしぃ……」

 「……」

 「……私はねぇぇ!……涼宮がぁ三年っくらいはぁ、あにょまま目を覚まさぁ~ない、か、と思ったわよ……」

 「……」










 「……誰だ? 神宮司教官に合成日本酒を飲ませたのは? 」

 「……すみません、大尉。……私です」

 「……むぅ~なぁ~か~た~!!!!!」





 夜は更けていく。
 時計の針は零時を過ぎていて、207訓練小隊の解隊式当日を迎えていた。

 


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Muv-Luv  SS5脇役 速瀬水月の場合

  2001年 12月8日  横浜基地




 西地区の第三演習場には他所と違う施設がある。
 そこには4キロ強の長さを持つレールが真っ直ぐに敷設されていて、その上を戦術機よりも巨大な物体が高速で移動している。
 初めてこれを見たとき、私は吹き出してしまった。
――そのいかにも子供だましのような施設にも。そしてクソ真面目にそれで練習を繰り返す先任たちにも――。

 でもその後、実戦経験を重ねた私にはわかる。あれは確かに必要なものだ。動きに慣れるためには最適のオモチャだった、と――。





 「水月、なんのビデオを見てるの?」

 部屋に入ってきた遙は、――うんしょ、と言いながら私の横に腰掛けた。遙は時々ひどくオバさん臭い。

 「これ? 整備班の班長に借りてきたのよ。今度のトライアルの時に衛士に見せるビデオ教材だって――」

 投げやりに答える。本当は持ち出し厳禁と書いてあったのを脅して持ってきたのだ。

 「へー。何だか面白そうだね? ……西地区の三番の演習場かな? 」

 特徴のある施設に気が付いたのであろう。遙が言ったのは正解だった。
 私はモニターを見つめながら頷いた。このビデオを再生してからすでに20分程経過していたが、時間の経過とともに私の苛立ちは増大し続けていた。

 「あれ……ひょっとして、これって神宮司軍曹の声? 」

 黙って頷く。

 神宮司軍曹と整備班によって急遽、製作されたというこの教材は、のん気なBGMとあいまってやけに安っぽくそれがまた私の癇にさわるのだ。

『…………それでは次に対突撃級用攻撃実践課程2の……――……従来型のOS使用機の場合です――』

 あきらかに余所行きの声で神宮司軍曹が解説をしている――。

 モニターには戦術機が映っている。よく見ると足元にはレールがあることに気づくだろう。そして奇妙で巨大なオブジェクトがそのレールの先にあることも。
 ――ただ、そのオブジェクトの背中にあたる部分にセンサー式標的が設置されていることに、初めて見ては気づく者はいないだろうと思う。


 やがてレールの上を巨大なオブジェクトが加速し、高速で走りながら戦術機に向かって突進してきた。
 戦術機はそれを跳躍してかわし、そしてその背後に着地し反転する。それからオブジェクトの背中についているセンサー式標的に向かって狙撃した。
 何のことはない――。衛士の基本技術のひとつである突撃級の背後をとる技術の練習である。

 突撃級BETA――。それは奴らの侵攻時に常に先陣を務めるクラスでその最高速度は時速170キロにも及ぶ。
 戦術機よりも大きい奴らが群れで突進してくるさまは壮観で、気の弱い人間ならばそれだけでも失神しかねない――。

 それに慣れるために国連軍がその英知の全てを結集して造ったのが、この西地区第三演習場の設備。
 通称――電車道である。
 高速で突っ込んでくるBETAをかわし背後をとり射撃する。その練習用に造られた施設だが、傍目には戦術機でハードル競争の練習をしているようにも見える。
 前面は衝撃緩衝材で造られているものの跳躍のタイミングを間違え激突してしまえば、戦術機はおろか衛士にも生命の危険がある代物だが――。
 ……初めて見た私が吹き出してしまったのも無理はない、と思う。

 『……次にXM3搭載機の場合です。パターン1、再装填の……――』

 演習場に戦術機が立つ。吹雪だ。部隊マークでそれが207訓練小隊であることが見てとれる。

 「――……けっ!」
 
 私が吐き捨てる。横で遙が――もう! はしたないぞぉ水月! という顔でこちらを見ていた。軽く無視する。

 オブジェクトが同じように突っ込んでくる。吹雪は跳躍してかわし――。空中にいる間に反転し標的を狙撃した。従来型OSより圧倒的に攻撃開始が早い。
 おまけに着地したときには弾倉の再装填まで終わっていて、次の敵が出現しても万事抜かりない状態だ――。
 これが新型OSの威力である――。初めて見た衛士なら、旧来型との違いに目を丸くするだろう。

 「……うーん、確かにすごいけど……でも水月ならもっと速くできるよね? 」

 あったりまえでしょ!? と叫びたいのを必死でこらえる。遙には罪はないし、何よりも腹がたつのはこれからなのだ。

 「……これからなのよ、遙……」

 『……次に特別応用編です――』

 ………出やがったな、この変態野郎……。

 神宮司軍曹の声があいつの出現を告げていた――。

 その吹雪は最初から違っていた。
 オブジェクトの加速が始まるとともに吹雪も強速前進を始める。相対速度は300キロを超えたんじゃないかと思う。
 そしてオブジェクトとぶつかる直前に空中に飛び込み前転のような動きを見せる――。すごく低い。オブジェクトの頭に触れてしまうくらいに低く飛んでいる。
 前方一回転で着地した吹雪はさらに前方に向かい突撃砲を構え、警戒姿勢をとっており――。
 すれ違いざまに発射されていた弾丸は標的の中心に見事に命中していた。

 「……すごいっ……! いつ撃ったかわからなかったよ」

 遙が目を見張っていた。
 
 「……空中での飛び込み前転の途中、頭が下になったときに撃ったんだよ。」

 それはもう操縦技術というよりアクロバットの世界のように見えた――。
 習ってできるものじゃない。頭のネジが2~3本抜けてないとできない所業だ。

 「……そっか。こんなの見せつけられたら不機嫌にもなるよね……。でも、頑張ろうよ! ファイトだよ、水月! 」
 
 遙は私が不機嫌な理由に思い至ったようだった。なんとか私の闘争心を煽ることで私の気をなだめようとする。
 でもそれは無駄だった。このことも苛立ちの原因のひとつだが、それ以外にも原因がありどちらかといえば私はそのことに腹を立てていた。

 「……遙、あのね、私はコイツが技術的に難しいことを、私を差し置いて成功させていることに腹を立ててるわけじゃないんだ」

 「……え? じゃあ……? 」
 
 組んでいた腕を解き、リモコンを使い巻き戻す。再び奴が映ったところから再生し、話しを続ける。

 「まぁ確かにそれも多少はあるんだけど……。――こいつと同じ発想を持てなかった自分に腹が立つんだよね」

 空中前転しているところで一時停止する。

 「遙、本当はこんな派手な……ギリギリの技なんかやる必要ないんじゃないか? って思ってない? 」

 「……あ……、うん。……実はそう思ってた」

 「だよね。確実で安全なのが本来の正しいやり方だし、私もビデオの最初のほうを見てる時はそう思ってた」

 コマ送りで再生する。逆さになったままオブジェクトの背後をとった吹雪が引き金を引く。

 「――でもね、なんでこいつがこうしたかわかる? 」
 
 遙はフルフルと首を横に振った。わかるはずがない――。遙には戦術機機動の経験はないし、よほど訓練された衛士でなければ想像もしないだろう。

 「……こいつはね、できるだけ低く飛ぶためにそうしてんだ」

 「……」

 「低く飛ぶということはレーザー級からの攻撃を防ぐことにもなるし、なおかつ標的に向かって上方からではなく、水平に近い射角がとれる。それに――」

 「……」

 「……ハイブの中では高度がとれない。……つまり、この変態野郎はハイブ内戦闘のことまで、すでに考えているんだ……」

 それが口惜しかった。
 伊隅大尉からこの新OSの素性はとっくの昔に聞いていたし、この変態がそれに携わっていることも聞いていた。
 その性能はありがたかったし、これを開発してくれたのは感謝している。
 これがなかったらクーデター鎮圧のとき部隊にさらなる損害がでていたのは確実だ。
 でも実際に運用させるのは――、実戦を経験している自分のほうが上だと思っていた。
 それなのにXM3を使えばここまでできる、という発想で完全に負けていた。自分にはこんな機動は思いつきもしなかった。
 ――ハイブ内での有効機動などは本来は自分が教えてやらねばならないハズなのだ。

 「……遙。おまけにね、戦術機の基本って二機編成だよね。突撃級相手の時は一機が攻撃、もう一機が警戒」

 遙が黙って頷く。

 「でも僚機を失った時には、当然独りで攻撃も警戒もしなければならない。……こいつはね、多分そこまで考えている」

 攻防一体となった先ほどの機動が思い出される。
 かわすと同時に攻撃。着地と同時に前方警戒。自分の機動がひどくやぼったく思える。
 神宮司軍曹が好き勝手にやらせているのはその辺りを見越してのことだろう。練習の段階で常にそこまで考えなければ実戦ではできない。
 こいつの発想力には正直なところ驚きを隠せない。
 
 「……凄い衛士なんだね」

 「……むかつくけどね」
 
 嫉妬心を隠せない。それを認めるのは口惜しいが――私とはモノが違う。

 「……でも、皆がコレと同じことができたら凄いよね」

 ……そうだね、と頷く。遙の言うことはもっともだ。これができれば中隊の戦力は倍以上に跳ね上がるはずだ――。これを全員ができれば……。

 「皆が、できるようになったら戦術機のサーカス団が作れるね」

 遙が突拍子もないことを言った。

 「……は……!? は、遙、アンタなに言ってんの!? 」

 「え……? 無理かな? ほら、こう、ぴょーんって」

 遙が両手を高く突き上げる。……とたんにライオンのようなタテガミをつけた不知火が、火の輪くぐりをしている姿が想像できて私は爆笑した。

 「あっははははは、あは、あはっ、おかしぃ! 遙、おかしすぎるぅ! 」

 「……むぅ~、水月、笑いすぎ! 」

 ――ごめん、ごめん! 口を尖らせてぶつぶつと文句を言う遙に頭を下げる。

 「……でも、新たな遙伝説誕生だよね」

 私がそう言って笑うと遙は、茜には絶対言っちゃ駄目だからね! と釘を刺してきた。
 ハイハイ――、とは言ってやったものの何日我慢できるかはわからない。きっとたいして日数もたたないうちに漏らしてしまうだろう――。
 遙の伝説をお互いに集めあっては、面白おかしく話しあった男の顔が一瞬浮かんで消える。
 やっぱり遙はいい奴だな――。いつもあっという間に私の気持ちを切り替えてくれる。
 
 「……そういえば水月、そろそろ準備の時間だよ?」

 あぁ――もう、そんな時間か、時計を確認し立ち上がる。――今日は大事なイベントを控えているのだ。

 「行こ、遙。先にハンガーよってコレ返すの付き合って」
 
 「――うん」
 
 さて、と気合をいれて指をポキポキと鳴らす。

 「もう、水月、気合いの入れすぎだよ。新人さんたちが配属されるのは明後日のトライアルの後だよ! 」

 「いいのいいの! 今から気合いを入れて待っていてやるのも先任の務めってものよ! 」

 ――待ってろよ――、この変態野郎。私がビシバシしごいてやるからね!

 ……そして全員であの機動をして。

 BETAどもを滅ぼしてやる。

 妙な気合が私の中に充満していくのが自分でわかった。
 
 横を歩く遙に視線をやる。
 遙はまるで気付かずに何やら楽しげな表情で廊下の先を見ていた。

 以前と比べ、格段に明るい表情を見せるようになっている――。

 ――あたしたちは元気だよ……。
 
 頭の中で再び話しかけた。
 当然ながら誰からも返事はない。

 でも今はそれで良かった。
 返事がなくても耐えられるくらいには私たちは強くなっている。

 ――ちゃんと見守ってなさいよ……!

 付け足すようにもう一度、呼びかけてみた。

 遙との決着をつけるんだから……、そこで口惜しがってなさいな――。
 




 
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Muv-Luv SS脇役 イルマ・テスレフの場合

 2001年12月6日  丸野山―岩山 中間地点




 ――60分の休息ね……。

 ハンター1からそう告げられた後、F-22Aのコクピットの中でイルマはため息をついた。

 ――日本人ってやっぱり不思議だな……

 緊迫した局面のなかで、突如発生した時間的真空状態にイルマは戸惑いを隠せなかった。

 それにどうにも戦況は芳しくない。かろうじて『目標』は確保しているものの当初の予定通りに計画が進んでいるとは言い難い。
 部隊は完全に包囲され、このまま簡単に国連基地にたどり着けるなどという展開にはならないのは確実だった。

 ――『連中』は部隊の中に私以外に何人かは協力者をつくってある、とは言っていたけど……。

 部隊がこれだけバラバラにされてしまっている現在、本当に近くに『味方』がいてくれているのかはわからなかった。

 ――考えていてもラチは明かないか……。

 そう思うと急に戦術機のコクピットが息苦しくなってきた。イルマはハンター1に連絡をいれると機体を離れた。
 夜の森の空気は冷たく、冷気を肺一杯に取り込むと少しだけ気分が落ち着いた。
 
 ――計画が実行されなければいいのに……。

 木々のざわめきを耳にしながら、また先ほどと同じことをイルマは考えてしまっていた。

 ――これじゃあ休息にならないな……。

 思わず苦笑いしてしまう。これでは外にでた意味がない。

 頭を振って気持ちを切り替えようとする。どのみち、この先は戦闘になる可能性が高いのだ。
 今のうちに緊張の糸をほぐしておかねば、あとで悪い影響がでてしまうかもしれない。
 イルマは誰か話し相手になってくれる人がいないかと近くの森の中を見渡した。

 ほんの10メートルほど先、木々の陰で背をもたれかかせるようにして小柄な人影があるのを見つけた。
 ひとり蕭然と立っていて、それだけでも緊張し不安にかられているのがわかった。

 ――横浜の訓練兵か?

 だとすればちょうどいい――。米軍の仲間とは話しをたくなかったし、斯衛部隊の連中などとは話しをするつもりなど毛頭なかった。
 話しかけてみよう、とイルマはその影に向かって歩いていった。

 「――訓練兵を出撃させるなんて、極東国連軍の人手不足は相当深刻ね」

 イルマが話しかけると小柄な人影は驚いたかのように顔をあげた。
 東洋人でまだ若い。――女の子だ。髪を不思議な形に結ってある。

 ――訓練兵だもんね。若いのは当然か……。

 ふいに妹の顔が思い出されてイルマは少し優しい気分になれた。

 「あなたも災難だったわね」

 「あ……いえ……」

 まだ少女と言ってもいい年齢だ。もともと東洋人は若く見えるし、なおかつ彼女は小柄だ。

 ――私の国なら12~3歳に間違えられてもおかしくないな……。

 イルマはくすりと笑った。

 「私もね、まさか人間相手の作戦に繰り出されるなんて、思ってもみなかったわ」

 「……」

 「日本には、一度来てみたいとは思ってたんだけど……こんな形でそれが叶うなんてね」

 「……はい」

 少女はまだ緊張しているようだった。そうだろうな、イルマは思う。間違いなく彼女の初めての実戦になるのだろうから――。
 
 「すみません少尉。……あの……こんなことになっちゃって……」

 「……え? 」

 少女の予想外の返答にイルマは答えに詰まってしまった。なんとなく愚痴のこぼし合いでもできれば、と思っていたのだ。

 「今は人間同士で戦ってる場合じゃないのに……」

 呟くように少女は言った。イルマは少女がいまにも泣き出しそうなのに気づいた。

 「……どういう事? どうしてあなたがあやまるの? 」

 「え……あ……その……」

 なんだか妙に言い辛そうだった。だからそれでイルマには予想ができた。

 「もしかして……あなたは、日本人? 」

 「……はい。そうです……少尉」

 「なるほど……そういうことか」

 少女の躊躇いがちな返事を聞き、イルマは可哀想だな、と思った。……少なくとも自分はまだ同国人に銃口は向けたことはない……。
 きっと先ほどのウォーケン少佐の言葉も、まだ耳に残っているのであろう。

 ――少し話してあげなければいけないな。

 イルマの心に義務感のようなものが芽生えた。
 
 「じゃあ、なおのこと辛いか……同胞に銃を向けるんだからね」

 「……任務……ですから……」

 「……そう」

 答えて少女は沈黙した。

 ――任務か……。

 そうだ。自分もそうなのだ。少女と同じだ。
 任務というものに縛られている。それが正しいかはわからない。
 だからと言って間違いだ、とも言い切れない。任務というのはそのようなものだ。たいていは私の都合など関係なく……。
 よその誰かの理屈によって作られている。
 そしてその誰かがアナタがやらなければいけないんですよ、と押し付けてくる。
 断ることは許されない。断ればそれは、自分より弱い、自分と同じほかの誰かのところに押し付けられてしまうのだから――。
 それを少女もわかっているのだろう。だからこそ、辛いのにそれを必死に我慢しようとしている。

 夜の森のなか、世界から拒絶されたかのように立ち尽くす少女を見ていると、イルマはまた、少しだけ優しくなれるような気がした。
 木々を抜ける夜風は日本も故郷も変わらない。この少女を少しでも楽にしてあげたい。

 「……私ね、フィンランド人なの」

 「……え? 」

 突然の話題転換に少女は少し面食らったようだった。その様子がまるで迷子の子猫のようで可愛い。

 「戦災難民なのよ。ほら、私の国、もう無くなっちゃったから」

 「あ……あの……私、なんていったらいいか……」

 できるだけ明るく言ってみたものの少女は恐縮しているようだった。
 
 「ああ、別にいいのよ。気にしないで」

 「でもどうして……フィンランド人のあなたが、米国軍にいるのですか? 」

 少しは少女の気が引けたようだった。――それでいい、ずっと任務のことだけを見続けないほうがいいのだ。
 イルマは話を続けた。

 「そうね理由は二つあって……まず、米国の市民権を取得するためね」

 「市民権……」

 「そう。戦災難民が市民権を得るには、軍にはいって除隊まで勤め上げるしか方法がないのよ。だから、今回派遣されている部隊のほとんどの人間が、私と同じ戦災難民からの志願者。お偉いさん方を除いてね」

 明るい話をしてあげなきゃ、と思って始めたものの少女の優しげなその顔を見ていると、イルマの心にひとつの情景が浮かんでくるのを止められなかった。
 普段はできるだけ思い出さないようにしている、あの辛く悲しい記憶が――。

 ……口唇が語るに任せて思いを吐き出してしまう。

 「あの地獄……ヨーロッパから生きて逃げ出せただけでも、随分贅沢なことなんだけど……」

 破壊される街。逃げ惑う人々。泣き叫ぶ赤ん坊の声。それはまさに地獄だった。
 生き別れになった友人たちの笑顔が脳裏に浮かぶ。米国に逃げ落ちたあとも、彼らとは連絡がつかない。
 きっともう連絡がとれることもないのだろう――。
 イルマはなかば確信していた。

 「私が市民権をとれば家族を難民キャンプから出してあげられるしね」

 移民して逃げた米国。逃げられただけでも幸いだった。そう思うべきなのだろう。でも……。

 実際には違う。

 違うのだ――。

 いま、世界のなかでも直接的にBETAの脅威にさらされていない国は、米国とオーストラリアぐらいなものだ。
 だから人々はそこに落ちてゆく。そこに向かって逃げて行くしかないのだ。移民の流入は止められない。

 そして皮肉なことに、移民によって創られたはずのこれらの国は、いまその移民の受け入れを拒否しはじめた。
 新たな移民の流入阻止の段階を迎えつつあるのだ。

 言うまでも無く、移民たちのそのほとんどは、特別な財産もなく、身体ひとつでやっと逃げてきた者たちである。
 ……簡単に言ってしまえば貧しいのだ。

 貧困のあるところでは治安は悪化していく。人類の歴史のなかで幾度となく繰り返された事実だ。
 食えなければ……。家族が食えなければ、人は何でもするのだ。

 イルマたちが収容された難民キャンプもそうだった。

 わずかなお金のために、大人たちはなじり合い、少年たちは人を傷つけ、少女たちはその身を売る。
 事件が起きても、警察は動いてくれない。動くにはあまりにも件数が多すぎたし、いっそ死んでくれれば面倒をみなくてすむからだ。

 そんなところに……。
 そんなところに家族は置いておけなかった。

 すっかり痩せてしまった母の、細くなってしまった指の感触が思い出される。
 
 だからイルマは志願したのだ。米国軍に。その実動部隊に――。

 
 「ということは……ご家族は無事だったんですね」

 「母と妹はね」

 それはイルマにとって誇りだった。たったひとつの――イルマが前に向かって生きている証だった。

 「父はフィンランド国軍に志願して、北カレリア戦線で行方不明……たぶんもう、死んじゃってると思うけど」

 父が出征していく様子がイルマの脳裏に蘇る。

 ……イルマ、母さんと妹を頼むよ……必ず帰って来るからな……。

 帰ってこれないだろうと自覚しながらも、それを周囲には思わせないようにする父。
 優しい人だった。本当に最後まで「父親」をやってくれた。

 「あの……すみません……私、余計なことを……」

 「もう! 今時珍しい話じゃないんだから、いちいち気にしないの!家族4人のうち三人が助かったなんて……奇跡よ」

 正直な話、父が亡くなったことは悲しい。
 でもどこかで納得している。きっと父は父らしく戦い――、そして死んだのだろうと。

 「ごめんなさい……」

 「でねっ……入隊のもうひとつの理由が、それ」

 「……それ? 」

 「敵討ちってわけじゃないけど……父がそうしたように私もBETAと戦って家族を守りたい」
 
 「お父さんと同じように……」

 少女は噛み締めるかのように、イルマの言葉を繰り返した。家族の話に反応した少女にイルマは夢を語った。

 いつかは国に帰り、父の墓をつくってやるのだと……。そこで家族と暮らすのだ。
 少女の表情がいつしかすこし柔らかくなっていった。
 
 イルマの話に答えるように少女は語り始めた。母親は病気で亡くなったこと、父親に可愛がられていること……。
 きっと愛されて育った子なんだな……。少女の優しい語り口でイルマは思った。大切に守ってあげなければいけない子だ、と。

 「私、イルマ。イルマ・テスレフ。……あなたは? 」

 「珠瀬 壬姫――あ、えと……ミキ・タマセです」

 「……ミキ……か」

 同じ名前の友人がいた。彼もまた行方知れずになっていた。

 「こんなこと言ったら失礼だけど、フィンランドだったら男の子に間違えられる名前ね」

 「えっ! 男の子……ですか? 何かフクザツですね~……えへへ」

 「結構、日本語で通る名前があるみたいなの。ほかにはミカとかアキとか……アホとか」

 最後のひとつは、以前、知り合いの日系米国人と話したときに知った笑えるもののハズだった――。
 確か日本語では、アホは「道化者」を表す言葉と聞いていた。

 「本当ですか! 」

 ミキは驚いたように笑った。成功したことにイルマは気を良くしていた。
 
 ――女の子は笑顔が一番だよ。父の言葉はもっともだ。

 「ねえミキ、いつか人類がBETAに勝って私の国が再建されたら……お父さんと一緒にフィンランドにいらっしゃい。私が招待するから」

 「――本当ですか?! 私、絶対行きます! あっ……でもフィンランドって凄く遠いですよね? 」

 「確かに遠いけど」

 ――本当に遠いところだけど――。

 「ソビエトを挟んでひとつ隣じゃない。日本に一番近いヨーロッパなのよ」

 そう言いながらもイルマにはわかっていた――。
 この約束は果たされない。いまの世界でBETAを駆逐するなんて無理だ。
 誰かが世界をひとつに、まとめてでもしてくれなければ……。

 でも、それでいいのかもしれない。

 果たすことのできない約束は――ずっと取っておくことができるのだから。
 果たされないであろう夢物語が語られていく。
 お互いにそれが適わぬことを知りつつも話を続ける。
 私がミキに全てを話せないように、きっとミキにも話せないこと、話したくないことをかかえているのだろう。
 でもそれでいいんだ。いまは霞のようでも希望を語り合いたい。
 ミキの悩みを聞いてやれるのは私ではない。……きっとミキの信頼に値する、私とは違う誰かだ。

 「……だからこそミキにはきて欲しいのよ。いい? 約束よ」

 力強く言い切る。
 言い切ることで明るい未来が訪れてくれる気がした。
 ……この娘には見せてあげたい。故郷の森を、そして1000を超えると称される湖の数々を……。
 きっと父も喜んでくれるに違いない。
 
 ふいに誰かに見られている視線をイルマは感じた。鍛えられた諜報員のサガで頭を動かさずに周辺を見渡す。

 ――……『味方』からのコンタクトか?

 緊張がイルマを包んだ。

 ――違う、か……。


 木立の中にひとりの少年兵が立っていた。

 彼もまた横浜の訓練兵だ。たしか先ほどまで『目標』を搭乗させていた吹雪の衛士だ。
 なかなかいい動きをしていた。

 ――ミキが心配で顔をだしに来たのかな?

 イルマにはそれがとても貴重なことで、そしてちょっぴり羨ましいことに思えた。

 「だから……早く終わらせようね。人間同士の戦いも……BETAとの戦いも」

 「……はい」

 「その時まで、お互いに絶対に死なない……。いい? 」

 「はい! 」

 ミキは力強く答えてくれた。それが今のイルマにはありがたかった。

 「よし。じゃあ行くね……そろそろ交代の時間だから」

 ――騎士くん、きみの出番だよ――。

 「あ、はい……。少尉、あの……お話できて楽しかったです。ありがとうございました」

 「私もよ。約束、忘れないでね」
 
 ミキの元を離れ機体に戻っていく。夜の闇はまだまだ深くて、夜明けはしばらく訪れそうになかった。
 星が少しだけ瞬いていた――。









 
 先ほどまで途絶えていた雪がまた少しだけ降り始めた。小さな綿毛が夜の風に踊っていた。

「……こちらハンター2。所定の位置についた」

 戦術機の座標を固定し報告をいれる。シートに腰を掛けなおして正面を見つめなおす。
 二体の戦術機が待ち合わせ場所に進んで行くのが見えた。――赤い武御雷と吹雪だ。
 周辺警戒をしなければいけないはずなのだが、どうしてもズームで吹雪を追いかけてしまう。

 ――『味方』からの連絡はまだない、か……。

 だからといってこのまま終わるはずもない。
 時がくれば必ず連絡をする、と『連中』は言っていた。

 ――データリンクも切られているのにどうやるのかしら……。

 F-22Aのなかでイルマはため息をついた。


 『目標』をここに逃がした人間は相当の切れ者だろう、とイルマは思う。

 ――『連中』は完全に裏をかかれた。

 諜報部の精鋭たちは帝都周辺に配備されていて、一番確立の低い場所に配備されたはずの私が当たりクジを引いてしまった。

 ――誰かは知らないが、余計なことをしてくれる……。

 イルマはひとり、その人物を呪った。
 
 吹雪の歩みには緊張の色が見て取れた。それでも一歩一歩確実に歩みを進めている。

 ――あの訓練兵なんだよね……。

 吹雪の衛士の顔が思い出される。それはミキのもとに訪れた訓練兵だった。

 ――ミキの彼氏だったらいいのに……。

 そう考えると知らない間に口元が緩んできて、少しだけリラックスできた。

 ――ミキにはああいうタイプが合うと思う。

 優しげで、それでいて芯の強さを感じさせる少年。危険な任務にも係わらず志願する。本当に勇敢だ。
 ……すこし鈍感そうだが、そのくらいの方がかえって好感がもてる。

 ――……連れてくるのはお父さんじゃなくて彼でもいいのよ。

 頭の中でミキにそう話しかける。 
 ミキが真っ赤になっている姿が想像できてイルマは幸せだった――。



 突如、呼び出しを告げる電子音がした。通常回線ではない。そして秘匿回線でもなかった。聞き取りにくい声が呼び出しを続ける。

 ――どこから!?

 指向性の電波を発する通信機でも持った軍偵が近くに来ているのだろうか?  いや、それはあり得ない。
 蟻の這い出る隙間のないほどに包囲されているのだから。どこ――? 意味がないのを知りつつ周囲を見渡してしまう。
 それでも現実に呼び出しは続いている。

 ――どうする……?

 呼び出しが繰り返される。応答しなければなるまい。……だが、それは間違いなく『計画』の実行を求めるものになるのはわかっていた。

 <……繰り返す。こちら大ガラス。ナイチンゲール、状況を報告せよ……>

 冷たい声だった。まるで冥界から聞こえてくるようだった。そしてその言葉だけが、ただ繰り返されていた。

 「……ごめんね、ミキ……」

 声にだして呟く。
 あの子の笑顔を、母と妹の顔で塗りつぶす――。
 そしてイルマは一度だけ目を閉じると呼び出しに応じた。










 『連中』にはこの状況が理解するのが難しいようだった。『目標』がここにいること。クーデター派が攻撃を仕掛けてこないこと。
 どれもが想定外の出来事なのであろう。
 そして一番の問題は――影武者の存在。
 
 <……状況を再度報告せよ。繰り返す、もう一度状況を報告せよ……>

 「……繰り返します。交渉に向かう20706の吹雪に同乗している目標は目標にあらず。目標のダブル……。現在、目標は1902の武御雷に搭乗。繰り返します。目標は1902の白い武御雷に搭乗しています……」

 <……ナイチンゲール、君はダブルがテロリストとの交渉の場にでていると言うのか……? >

 イルマが思った以上に『連中』は混乱していた。
 じれったい報告を繰り返しながらイルマは諜報部の計画とやらが失敗しつつあるのを感じていた。
 今のいままで連絡が遅れたこともそう――。
 そして何より、この場にダブル――影武者――までもがご丁寧に用意されているということは、完全に上をいかれている証拠だ。
 誰の手によってかは、わからないが完全に『連中』は、だし抜かれている。
 不思議なのは斯衛部隊ではなく国連軍にダブルが所属していたことだが、いずれにせよ『連中』の目論見は崩れつつある。

 イルマには見えている。

 イルマは自分が諜報部にスカウトされた理由をほぼ正確に理解していた。

 軍人としてはまずまずの能力を有していること。特定の思想、信条を持ち合わせていないこと。
 そして――弱みをもっていること。

 母を病院にいれてやりたい。妹を大学にいれてやりたい。
 体力のない妹が軍隊に入ってやっていくのは難しい。
 それには市民権が必要だ。
 そのためには、舐めろと言われれば靴先でも泥でも舐める覚悟はある。
 政治のことなんて考えていない。目先の生活が大事なのだ。

 だからこそ自分は使える存在なのだ。
 諜報部といっても一概にくくることはできない。愛国心の強いエリート部員もいれば自分のような捨て駒もいるのだ。
 自分に要求されることはひとつだけ――何かあれば必ず命令に従うこと。
 作戦の全貌は知らされることはない。
 使い捨て可能な道具なのだ。


 ただ――道具でも想像力はある。




 今回の事件で米国の望む最良の結果は、日本に親米政権が誕生するというものだったのだろう。


 事件の主犯は、米国諜報部――『連中』によるマッチポンプだ。

 クーデターに巻き込まれた将軍を米国軍が救出する――。
 安保条約を一方的に破棄し日本を見捨てた、として嫌悪されている対米感情を一挙に好転させることができる。
 同時に日本政府に貸しを作り、それをもって米軍の駐留を拡大する。
 それが当初の予定だったのだろう――。


 

 基本的に米国は外で戦いたいのだ。
 第一次、そして第二次の二つの大戦でさえ、米国は敵に本土を踏ませなかった。
 常に外に出て戦い、そして勝ってきた。それが米国だ。

 逆に言えばそれがための脆さがある。本土に外敵が侵入するのを恐れている、と言っても差し支えない。
 隣国――カナダにBETAが着陸した時、米国は過剰にまで反応しカナダの国土の半分を灰に変えてまでもBETAを滅ぼすことにした。
 すべてはその一連の流れなのだ。

 ――日本という国土の形。弓状列島と呼ばれる形は中国大陸からのBETA進出を防ぐ盾になる形をしている。

 もし日本が完全にBETAの勢力圏に飲み込まれてしまったら、米国本土までは障害物はない。
 BETAがどのくらいの期間水中を移動できるのかは不明だが、太平洋を一足飛びで米国に上陸してくる可能性もある。
 ある日突然、西海岸にBETAの群れが上陸してくる。
 そんな事態があったとしても、まるでおかしくはないのだ。

 それを米国は本気で恐れているのだろう。
 だから日本には戦力を置きたいのだ。でき得るなら外国領土でG弾を仕様しBETAを殲滅する。
 しかし現状では日本の国民感情がそれを許さない。

 助力を乞うにしても、国連に――。
 それも国連のなかでも比較的に反米の勢力に、となっているのが現実だ。

 もし現状のまま手をこまねいて日本が陥落し、西海岸にBETAが上陸するのならば間違いなく、米国の政権も吹き飛ぶ。
 だからなんとしてでもその前に親米政権を――。強力な親米政権さえできれば、日本を戦場に防衛ラインをひくことができるのだ。
 そしてそのためにイルマも派遣されたのだ。

 これが正しい事かはイルマにはわからない。――だからといって間違っているともイルマには判断できなかった。

 しかし、現実には諜報部の望む通りに事態が推移してるとはいえない。
 逆に諜報部の考える最悪の結果に向かって、進行しているようにイルマには見えた。

 最悪の結果――それはもちろん、一連の事件の黒幕が米国であるということが露見することであろう。

 国民感情を利用し、過激派を煽り、戦端を開かせる。
 面従腹背の気配を感じさせる――老獪な榊政権を崩壊させ、返す刀でクーデター派を倒す――。
 その全てが米国の秘密裏に行われた作戦である、ということが暴露されればそれこそ米国の権威の失墜につながりかねない。
 日本人の反米感情は高まり、結果、日本は米国との距離をとる。 日本への駐留強化は認められない。
 諜報部は責任をとらされ組織は縮小させられ、米国の対外交渉能力の減退につながる。
 それが最悪の結果だ。

 そして、それを知ってか知らずかは、わからないが、日本人は確実にその選択肢を選びつつある、のではないだろうか――?

 イルマにはそう見えていた。


 ……おそらく『連中』も判断に困っているのであろう。

 このまま交渉させ、あくまでも米国の秘密が露呈しない流れで事件を終結させられるのか――?
 それができれば結果はベストとは言えないものの合格点はだせる。
 現時点では間違いなく米国が将軍を救出しているのだから。
 しかしこの結果の場合では、いつかはその秘密がバレるかもしれない――、という不安がつきまとう。
 また、場合によっては日本から米国への「貸し」になってしまう可能性もある。

 その判断がつかないからであろう――。影武者と決起軍の首魁――沙霧 尚哉 との交渉が始まったにもかかわらず『連中』からの連絡は途絶えてしまっていた。


 「……将軍の御尊名において行われるべき政が、殿下の御意志とちがえているという現状こそが許されざる事なのです……」

 集音マイクで集められた音声が無線を介してイルマの耳にも届く。そしてそれはそのまま『連中』の耳にも入っているのであろう。
 『連中』はいまだ沈黙を保っている。

 「……故に……そなた達が、私のために血を流す必要はないのです……」

 あの影武者とはいったいどのような人物なのであろうか? 
 落ち着きはらっているその声を聞いてイルマは気になった。まるで本物だ――。
 本物のような気品と――。 人としての芯の強さを感じさせる――。

 忘れられない光景を思い出す。

 ほんの十数分まえのことだ。
 『目標』ががここにいる全員と話がしたいと言っている、とウォーケン少佐に呼び出されたのだ。
 『目標』は事前に写真で確認していたが、実物はそれ以上に美しかった。ミキの愛らしさとは違う、東洋的な美しさだと思った。

 そしてそれから『目標』は――いや、彼女は信じられないことをした。

 その人となり日本を表す――そう称された彼女は、米国軍人であるイルマたちに頭を下げた。
 日本を見捨てて逃げた、と言われている米国軍人にだ。あまつさえ国連軍の訓練兵たちにも――。

 イルマはヨーロッパの出身である。
 だから貴族や王族といったものにも普通の米国人より理解はあるるつもりだ。
 これがどんなにあり得ない出来事なのかを瞬時に理解できた。
 そして、だからこそ彼女の真の意味での美しさと強さを知ることができた――。

 その彼女と――ダブルは同じ強さを感じさせる。

 彼等の話し合いは続いている。これが銃を向け合った者同士の話し合いとはとても思えなかった。

 さらにイルマは決起軍の首魁――沙霧 尚哉の言葉を聞いているうちに、ひとつのことに気が付いてしまった――。

 ――……彼は最初からクーデターを失敗させるつもりでことを進めている……。

 イルマには確信をもってそう言える。

 おそらく諜報部の人間には理解できないであろう。

 政権をとるためでなく、ただ「汚れ」を祓うためだけに己の身命を賭けるなどと――。

 でもイルマには理解できた――。
 雰囲気が同じなのだ――。
 あのヨーロッパ脱出の時にいた男たちと。

 難民たちを優先して逃がすため、現地に残り続けた男たちがいた。父もそのひとりだ。
 男たちは政府軍から譲り受けた迫撃砲と重機関銃を持ち、街に立てこもり街道を塞いだ。
 涙がでるほど情けないバリケードを築き、一分でも一秒でも進行を遅らせてやる、と息巻いていた。
 ……彼等は知っていたのであろう……。せいぜい自分達にできるのは囮ぐらいなものだ、と。

 それでも彼等はそうすることを選んだ。自らの命を顧みず、そうすることが皆を救うことになる――そう信じて。

 そんな彼等の姿と、沙霧 尚哉の姿はよく似ていた。……きっと彼の仲間も同じなのだろう。
 他人のために、笑って命を捨てられる者たちなのだ。
 イルマはいつの間にか自分で自分の身体を抱きしめていた。


 ……通信が入ったのは沙霧 尚哉が次の言葉を吐いたときだった――。

 「……事ここに至り、漸く賜りました機会……斯かる事態を招いた不面目を棚に上げてでも、殿下にお伝えせねばならない事がございます。――此度の件は、米国の思惑を成就せんがための謀にございます――」
 
 沙霧 尚哉は――そう言った。


 








 <……聞こえなかったのか!? ナイチンゲール! 繰り返す……目標を消去せよ! 繰り返す、目標を消去せよっ! >

 「……しかしっ!? 」

 <……繰り返すっ! ナイチンゲール、目標の消去だ! >

 命令に反し、言い返そうとしてしまう。

 『目標』の消去――すなわち――将軍の暗殺。

 今回の計画の最終処理案――。

 それをもって日本に未曾有の混乱を生じさせ、その後、米国軍による再占領を図る悪魔のシナリオ――。
 何万人の、何十万人の命を奪うであろう最悪のプラン――。
 その引き金を……私に引けと――。

 ――……できない……できるわけがないっ……。

 <ナイチンゲール!聞いているのか!? 沙霧は計画を掴んでいる! 命令だっ! そこにいる全てを消せっ! >

 「ですがっ……! ですがそれはっ……」

 沙霧の言葉が流れ込んでくる――。

 「……帝都の戦闘から、米軍が殿下を救出し保護し日本の騒乱を平定する……これが米国の当初描いた筋書きです……」

 まるで死者が地獄から漏らしてきているかのような怨嗟の声だ。

 <わかっているのかっ!? ナイチンゲール! 計画が露見してしまうぞ! >

 「それでもっ! どうにかっ! どうにかならないのですか!? 」

 イルマは、沙霧に止めろと言いたかった。止めてくれと叫びたかった。

 ――あなたの言うことはわかる……! わかるからそれ以上言わないでっ……! でないとっ……!

 イルマの願いは届くことはなかった。

 「――……握り潰した、仙台臨時政府の者達こそが……」

 沙霧の言葉は続いていく……。




 ……イルマの耳に言葉がひとつ、引っかかった。それは混乱するイルマの心を縛り付けるのには充分な力を有していた。

 <……聞いているのか……? イルマ・テスレフ少尉……。我々の手は君が考えているより遥かに長い……。……母親と妹を救えるのは君だけだぞ……>

 ――!?

 <……君の家族のいるキャンプは治安が悪いと聞いている……。近くで悲鳴があがっても誰も助けに出てこないような場所だとね……>

 急激に喉が渇き舌先が痺れる。

 <……君にはそこから家族を救う能力がある……。さぁ……? どうする――、イルマ少尉? >

 呼吸が浅くなり眩暈がする。

 <……全てをなくすか? 全てを得るか……? >

 ――……。

 <………………すまないが、我々も命懸けなのでな……。>

 ――……。

 









 「――ハンター2ッ!? なぜ撃った!? ハンター2ッ! 」

 ウォーケンの悲鳴にも似た怒鳴り声が無線ではいった。案の定、あの生真面目で善良な――保安官のような男は『味方』ではない。
 イルマは無線を無視して乱射を続けた。

 「――応答せよハンター2ッ!? テスレフ少尉ッ! 攻撃を中止しろッ!」

 これしかない――。これしかないのだッ――!

 クーデター軍からの反撃がイルマの機体近くに撃ち返されてきた。

 ――上手くいったッ!

 状況は混乱に陥り戦端は開かれた。
 あちらこちらでマズルフラッシュが瞬いているのがイルマには確認できた。

 <……何をしているッ!? 目標の消去が最優先だッ……!>

 『連中』からの命令も無視してイルマはさらに乱射を続けた――。

 ――これしかッ……! これしかないッ!

 クーデター軍の不知火が射界にはいった。

 ――……ごめんなさい……!

 イルマは母と妹を守るため、父と同じ雰囲気をもつ男たちを次々と撃破していった。



 イルマに残された手はこれしかないのだ。

 家族を救い、日本人を救い、そして米国人を救う手段はこれしか残されていなかった。

 ここにいるクーデター軍は全員始末する――。ひとりも生かしてはならない。彼等は米国の暗部を知ってしまっているのだから――。

 将軍は殺さない――。彼女はこの国に必要な人物だ。日本を崩壊させるわけにはいかない――。

 誰が先に撃ったのか――。難しい問題だが処理は可能だ。
 現に盧溝橋でもどちらが先に撃ったのかは不明だ。歴史は勝者によってのみ記される。
 なんとでもなるハズだ――。でももし……。
 ……もしそれが不可能なら――。……私が自分で口を塞げばいい。そうすれば米国は、そして家族も救われる――。


 戦闘は混乱の極みだった。F-22Aと不知火の彼我撃墜比は7:1だが、今回の場合はクーデター軍の方が圧倒的に数が多い。
 ランチェスターの二乗の法則を鑑みれば、力押しで押し切れる状況では決してない。

 ただ――、イルマにとって有利なことに、クーデター軍は影武者の乗った20706の吹雪を捕獲しようとやっきになっている。

 事実、イルマは20706を追うため背中を見せた不知火をすでに2機撃墜していた。
 20706の吹雪の動きは巧みで、上位機種である不知火を相手にしているにもかかわらず、なんとか逃げ延び、囮の役目を存分に果たしていた。
 
 ――知らされていたスペック以上の能力があるのか!?

 吹雪の動きには目を引かれた。

 ――訓練兵のハズなのにッ!

 その思いが頭を過ぎったとき――イルマはとても大切なことを思い出した。

 ――ミキッ!?

 なんで忘れていたのだろう――、イルマにはわからなかった。ミキはこの戦場において自分の一番大切なもののハズなのに。

 敵味方識別マーカーを確認する――。いたッ!?
 
 ――まずい!

 マーカーが集中していた。ハンター3、4が向かっているのが確認できた――。
 一番の激戦区にあの子はいるのだ――。

 危険な行動なのは承知していた。それにもかかわらずイルマは一直線にミキのもとへ向かい噴射跳躍した。

 


 ――見えてないッ!? 

 イルマが珠瀬機を目視で確認したそのとき、ミキの死角からF-4が珠瀬機に照準をつけているのが見えた。
 初めての戦場に呑まれてしまったのだろうか? 珠瀬機はそれに気づかず、前面になんとか弾幕を張ろうと僚機とともに乱射していた。

 ――くっ!

 滑空しながらF-4に照準をつける。
 
 ――当たれッッ!

 トリガーを全力で握りこみ、劣化ウラン弾を叩きこむ。
 ミキの背後から忍びよったF-4はイルマにはとても薄汚いものに見えた。
 だからこそイルマはマガジンが空になるまでトリガーを引きっぱなしにした――。

 珠瀬機のわずか300m手前でFー4が倒れる。珠瀬機がようやくそれに気づき振り向いた。

 「戦場でボーっとしない! 目の前に敵が来たら撃つのよ! 」

 「――イルマ少尉ッ!」
 
 戦場にあっても少女の声は、耳に心地良かった――。
 ミキだ。妹の声だ。守ってやると決めたんだ。フィンランドに招待するんだ。
 複数の気持ちが綯交ぜとなる――。でもその気持ちは全て暖かくて――。

 「ここは私たちが何とかするから、あなたは早く合流しなさい!」

 ――……そうだ。この戦場は私が作った――。こんなところにミキはいちゃいけない……!

 「は、はい! ありがとうございますっ!」

 早くミキを戦場の外にだしたかった。珠瀬機は僚機と並び安全圏にむけて一気に噴射跳躍しようとした。

 異変に気づいたのはその瞬間だった。撃破したはずのF-4の右腕がゆっくりとあがっていた。
 その腕には36mmチェーンガンが――。そして銃口は珠瀬機に向かって――。

 トリガーを引いたのとアクセルを吹かしたのはどちらが先だったのだろうか?

 イルマは弾切れになった突撃砲を投げ捨てながら射線に向かってF-22Aを突っ込ませていた。







 ――……死ぬときは痛くないって話……嘘じゃないの……。

 意識を失ったのは数秒だけだろう。イルマは激痛によって叩き起こされていた。
 耳鳴りがして頭が酷く痛む。
 体は動かせなかった。左半身が痺れていた。

 ――……なんで空が見えるんだろう……。

 空はまだ夜の色をしていたが、もうしばらくすればそれが変わってくる気配がしていた。
 戦術機は大破していて電源はすべて落ちている。
 網膜投影スクリーンなど起動しているはずがないのだ。

 風が吹いていた。木の葉が舞っていた。

 ――そっか……。
 
 やっと理解できた。

 ――私の体と同じだ……。

 機体に穴が開いているのがわかった。自分の体も左のわき腹がごっそりとなくなっていた。

 ――ごめんねお父さん……。

 約束は守れそうになかった。母と妹のもとにはもう帰れないだろう。

 ――あんなところ抜け出したかったんだ……。抜け出して三人で住みたかったんだ。

 ――森の近くがいい。休日には湖で魚を釣って……。

 ――母さんの作ってくれた料理を皆で食べるんだ……。

 ――でも、ちょっとだけ私は欲張り過ぎたかもしれない……。

 家族で語り合った夢が小さく消えていく。
 イルマはこんな遠いところで独りで死んでいくことが悲しかった。

 誰かに抱きしめて欲しかった。母と妹にいて欲しかった。
 怖くないよ――、と言って欲しかった。

 でも誰も傍にいてくれなかった。
 イルマはそれが神様が自分に下した罰のように思えた。



 ふいに――。




 イルマは誰かに名前を呼ばれた気がした――。

 ――……あっ……。

 強化装備の無線がまだ生きていた――。

 ――……あの子だ……。

 ミキが自分の名前を呼んでいてくれていた――。
 返事などないとわかっているだろうに、何度も何度もイルマの名前を呼んでいてくれた。

 ――……。

 ミキが助かったのが嬉しかった。ミキが名前を呼んでくれるのが嬉しかった――。
 だからイルマは――これでいいと思えた。

 ――……先にいくね……。

 ――……ミキ、ちゃんと告白しなさいよ……。

 くすり、と笑えた。

 そうしてイルマは笑いながら目を閉じた。






  
  




  
 イルマ・テスレフ少尉は日本帝国における将軍救出作戦において多大なる貢献をした――。
 公式記録には二階級特進とともにそう記されている。

 
 なお、イルマの家族には日本国将軍――煌武院 悠陽の名によって感謝状と見舞い金が届けられたと言われている――。
 
 




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Muv-Luv SS 脇役 伊隅みちるの場合



 2001年11月11日 AM6:20 新潟市

 冬の入り口にたったこの季節では、太陽は未だに顔を出しておらず夜の時間が続いていた。


 「音響センサーにより確認――。大規模BETA群が海底を移動中です。本土上陸まで約10分――」

 ――コマンドポストの涼宮からの無線が私の耳に飛び込んできた。それと同時にヒューっと口笛を吹く音も。
 まったく……、呟いてから通信をいれる。

 「速瀬、ふざけてる場合じゃないぞ。聞いたな、各員。BETA上陸に備えろ」

 「了解――」
 
 隊員たちの声が重なる。同時に機動音がして戦術機のモードが待機から交戦に切り替わった。

 「洋上砲撃は効果なしでしたね。……しかし大尉、副司令はどうやってこれを予測したんでしょう? BETAの行動予測が可能になったのでしょうか? 」

 冷静沈着なはずの宗像の言葉にかすかな戸惑いがあった。
 宗像の疑問はもっともだった。現に副司令の命令を直接受けた私自身が釈然としていないのだから。

 「む~な~か~た~、そんなの考えても意味ないって」

 速瀬が会話に割り込んできた。戦闘前になると、ことさら明るくなるのが彼女の特徴だ。

 ――速瀬に助けられたな。

 頭のなかでそう思いながら私は言った。
 
 「速瀬の言う通りだ。そんな詮のないことを考えるより自分の分担の再確認をしろ。今度の作戦、楽ではないぞ」

 「了解――」

 再び隊員たちの声が重なった。









 副司令に呼び出されたのは数日前のことだった。
 地下19階にある彼女の執務室に訪れたところ、いつものように彼女は片手でコンピューターをいじりながら、反対側の手に受話器を持ち誰かと話していた。

 「……えぇ……。ではそれでお願いします。大丈夫です。中将にとっては悪いことにはなりませんわ……」

 視線で応接セットに座っているように促される。

 どうやら何か難しいことを陳情しているようだった。
 もっとも彼女が何かを強請ってそれが適わないということは滅多にない。常に交渉相手の弱味とエサを準備してから話をはじめる人なのだから。
 

 「ごめ~ん、待たせたわね」

 しばらくして電話を終えた彼女は機嫌よさげに私の前に座った。どうやら彼女の強請りは成功したようだ。

 「まったく、考えたって結論は同じなんだから二つ返事でハイハイ言ってりゃいいものを――」

 思わず吹き出してしまった。交渉相手の気持ちが、わかり過ぎるほどにわかってしまったからだ。

 副司令はほんのわずかの間、私の微笑みの原因を何か考えていたようだったが、すぐに思い至ったようで嫌味な笑顔を浮かべた。

 「と言うわけで新しい作戦よ。これ計画書」

 「何が、と言う訳なんですか? 」

 私もつられて苦笑しながら計画書を受け取った。――きっとまた無理難題な作戦に違いない。



 それは計画書というよりはメモ書きみたいな代物で、ご丁寧に裏には意味不明な公式や図柄が描かれていた。
 資源の有効活用だ。枚数はわずかに三枚。一枚一枚丁寧に捲っていく……。

 「……これ本気なんですよね? 」

 読み終えた私はあまりの内容に、上官に向かって失礼とは承知しつつも言ってしまった。
 
 「本気も本気。マジで本気よ~ 」

 なんだかよくわからない言葉が混じっているし冗談めかしてはいるが、これがけして冗談ではないことは重々理解していた。
 日常生活ではヒドイ悪戯を仕掛けてくる人だが、彼女は冗談でこんな作戦を立案する人ではない。

 「しかし副司令! これではまるで……」

 言葉が続けられなかった。まるで予言書ではないですか――?

 計画書には 
 
 ――11月11日 早朝 新潟沿岸   BETA上陸の際の水際迎撃戦およびBETA捕獲プランについて――

 そう書かれていた。



 「詳しいことはまだ言えないんだけど、間違いなくこの日この場所付近にBETAが上陸してくるのよ。A-01にはその際に帝国軍には秘密に行動してもらい、BETAを何体か捕獲してもらいたいのよ」

 「……」

 信じられなかった。言葉がだせなかった。
 BETAの行動予測ができるようになったとでも言うのだろうか……。
 それにBETA捕獲の作戦は難易度が高い。
 殲滅のほうがよほど楽だろう。
 おまけに日本国内で要請を受けたわけでもないのに国連軍を動かすなんて大問題になりかねない。


 「すでに帝国軍は新潟沿岸の地雷の敷設作業にはいったわ。」

 「副司令の要請を受けたんですか! 」

 「当たり前でしょ? いったい、いくつ貸しを作ってあると思うのよ」

 さも平然と言うが、言っている内容が恐ろしい。
 帝国軍が軍の指揮系統以外からの不確定な情報によってすでに作戦行動を開始してるというのだから。

 「で、さっきの電話は、私たちも動くから見なかったことにしてくれって要請してたわけよ」

 「それも帝国軍は飲んだのですか――! 」

 「あったりまえでしょ~。いっそ協力しろって言おうかと思ったわよ」

 この人って……。
 
 この人って……。


 落ち着くまで十秒ほどの時間が必要だった。……この人は敵に回したらいけない。私は心に固く誓った。


 どんなに怪しげな命令であったとしても、副司令がやると決めたのだ。私に選択権はない。やるからには成功させなければいけない。
 それに準備日数もほとんどない。あと二日か……。
 
 BETA捕獲のための麻酔装備、捕獲模擬訓練。帝国軍とのデータリンクは当然使えないのだから、その下準備もやらなけらばならない。
 やらなければならないことが山積していた。

 「必要なものがあったら何でも言って頂戴。それと伊隅……」

 「はい」

 「作戦はあくまで極秘。すべての準備はかならずピアティフを通して頂戴」

 副司令は真剣な表情だった。そして何か別のことを考えているようだった……。










 「BETA上陸を確認――。地雷原到達まであと……5、4,3……」

 涼宮のカウントダウンが消えるやいなや派手な爆発音が聞こえてきた。まだ薄暗い海岸線に閃光が輝く。

 「うわぁ!ど派手ぇ! た~まや~!」
 
 爆光に皆が気を引かれるなか、まるで花火見物のようなことを速瀬が言った。隊員たちが小さく笑っていた。
 
 実際にそれはなかなかの光景だった。
 我々人類とはまったく違う思考をもつであろうBETAに対し、ここまで有効な待ち伏せが成功したなどという話は私も聞いたことがなかった。
 面白いようにBETAが吹き飛ばされている。おそらくこの大戦果に帝国軍は湧き上がっているだろう。

 ――副司令に借りを返すつもりだったのだろうに……。また借りが増えたのだろうな――。

 私は帝国軍の司令部に半ば同情していた。だが、いずれにしろBETAにダメージを与えているのには間違いない。
 あとのことは人間の都合だ。私が気にしていても何の意味もない。
 
 上陸したBETAは地雷原があるのにもかかわらず、次々とそこに侵入しその度に吹き飛ばされていた。
 戦車級や突撃級がポップコーンのように打ち上げられていくさまに私はなかばあきれていた。
 それでもBETAは、まるでそうするほかないように突進を続けていた。

 ――やはり知能は低いのか? 

 いつ終わるかの予想すらできないレミングの死の行進を見つめながら、私はそう考えていた。


 「BETA先頭が地雷原を抜けます――。帝国軍砲架部隊による曲射砲撃が始まります」

 再度、涼宮からの戦況報告が入る。海岸線は砂浜から丘陵へ、そして平野へとなり内陸につながっている。新潟沿岸はそういう地形だ。
 人間同士の戦争であれば丘陵地帯に防衛線を築き、高所からの砲撃が有効となるのであろうがBETAが相手では少し勝手が違った。
 高所では佐渡島からの光線級の攻撃が届いてしまうのだ。
 よって帝国軍は丘陵地帯を佐渡島からの攻撃の盾として利用していた。
 

 直線攻撃しかできないレーザーと曲線をも描ける実体弾の違いをうまく使っていた。
 帝国軍は地雷原の隙間から漏れ出てきたBETAを虱潰しのように攻撃していた。

 「かなり有効な攻撃のようですね。七割がたは叩いてます――」

 風間の言葉のなかにも戸惑いがあった。
 いうまでもなくBETAのもっとも恐れるべき点は、その物量だ。圧倒的多数をもって突進し蹂躙していく。
 何人もの兵士が、何台もの車両がそれに踏み潰されてきた。
 罠には何の意味もなく、陣はいつも破られてきた。
 
 ようは常に人類の負け戦なのだ。

 ――しかしそれをこうもあっさりと……。

 上陸地点、日時、これがわかるのは大きい。
 適切な準備ができれば守ることだけならばできるのではないか――? 
 私には、そんなふうに思えるのだ。

 「さっすがは副司令様ってトコですねっ! 大尉! 楽勝~楽勝~! 」
 
 ひときわ明るい声が聞こえてきた。

 速瀬は素直に興奮を隠さない。
 何か裏があるんじゃないか? とか、そんなに上手くいっていいのか? と考えてしまう自分とは違う。
 正直なところ、それが羨ましくもあった。

 
 「BETA丘陵地帯突破――。平野部への侵入確認。帝国軍戦術機部隊展開します」

 涼宮の声に緊張が強くなった。

 「全員、聞いたな。作戦を開始する――」

 この後、戦術機が戦線を支えるなか、帝国軍砲架部隊は防衛線を下げる。
 そしてあらたな陣を作りそこにまたBETAを誘い込む。
 これが帝国軍のとる作戦――機動従深陣だ。
 そして私たちA-01部隊はそのドサクサに紛れてBETA捕獲作戦にとりかかった。


 「本作戦は高度な技術と連携が必要だ。各員集中してあたれ!」

 「了解――! 」
 
 いつも以上に気合の乗った声だった。












  
 

 ――二名の死亡と一名が病院送り……。

 副司令の執務室で私はしばしの間、瞑目していた。BETA捕獲作戦から二週間近く経過していたが、この部屋に来るとやはり思いだしてしまう。

 ――難しい作戦だった。それでももっと上手くやれたはずだ――。

 もう少し練度が上がっていれば――。もう少し模擬訓練の時間があれば……。

 しかし現実として死んだ者は蘇らない。
 だからこそ死なずに目標が達成できるよう訓練するしかないのだ。
 ここ最近になって速瀬の新人たちに対する特訓も厳しさを増していた。築地少尉や涼宮 茜少尉などは虫の息の様子だった。
 それでも死なせたくないから。死にたくないから特訓を続ける。
 1%でも生存率を上げるために。作戦を成功させるために。

 「おまたせ~」

 副司令がひらひらと手を振りながらあらわれた。先ほどまで、またコンピューターをいじっていたのだ。
 手には一枚のディスクを持っている。

 「はい。これプレゼント」

 「何でしょうか? 」
 
 ディスクを受け取った私に副司令は続いて壁面モニターのコントローラーを差し出してきた。
 ディスクを再生しろ、と促される――。
 
 「本当は本物を見てもらうのが一番なんだけどねぇ~」

 副司令の得意な、何かを企んだ笑顔。

 再生ボタンを押した。

 再生された画面には、練習機――吹雪が映っていた。僚機のガンカメラで撮影したものであろう。
 正直なところ映りはあまりよくない。
 市街地における戦術機同士の戦闘シミュレーションだ。

 ――ビルの残骸からすると西地区演習場かな……。

 そこならよく知っている。私たちもよく演習で使うのだ。
 まぁ、まずはお手並み拝見といったところか……。


 一分後、私は呻いて絶叫した。

 「副司令!何者ですかっ?何者なんですかコイツはっ! 」

 「訓練兵よ。まりもが手塩にかけて育ててるわ」

 「嘘だっ! 」

 「本当よ」

 「嘘ですっ! 」

 「本当だって」

 私の剣幕に副司令が圧倒されている。アドレナリンの大量分泌! もう止まらない止められない!
 頑張れアタシ! もう少しで真実を吐くに違いない! 吐かせるんだっ! 新人なんてありえない!
 鼻息が荒くなる。
 興奮が抑えきれない。
 戦術機でこんな動きができるなんて……!こんな動きができれば……!
 ……死なずに……! 死なずにっ!

 「……わかった! わかったからそれ以上、顔を近づけない」

 副司令が降参してきた。

 「実はね、……アンタのため戦術機の新しいOSを作ったのよ」

 「えっ……? 」

 「とりあえず、まりものところで試験運用している段階なんだけどね――」

 「……」

 「A-01にも実験に協力してもらうわ」

 「……」

 「……どうしたの? 」


 「ありがとうございますぅぅぅぅぅぅ!!!!!! 」

 腹の底から声がでた。頭の天辺まで抜けていった。まるで何かが浄化されるようだった。気持ちが良かった。


 その後、私と副司令はしばらく会話を続けた。忙しい副司令が時間をさいてくれたことに感謝したい。

 ――興奮すると怖いわねぇ……。副司令のその言葉は聞かなかったことにしたい。

 当然ながらというか、このOSは私のために作られたわけではない。この新人訓練兵のリクエストに答えて副司令が作ったという。
 その仕様話を聞いているだけで喜びがこみ上げてくる。

 「……ということは先に入力しておけば、機体の硬化時間を省略できるわけですねっ――! 」

 「その通りよ。……しかしアンタ、興奮するとそこまで変わるのねぇ」

 「何とでも言ってくださいっ。次に……」

 はいはい、わかったわかった……。副司令は苦笑していた。
 はしたないのはわかっていたが、感情は隠さないほうが楽だ、というのは正樹から教わって私は知っていた。
 

 「ところで伊隅……」

 「はいっ! 」

 「もうすぐこいつらはアンタのところに配属されるからね」

 当然である。神宮司軍曹に鍛えられた者は我々のチームであり家族だ。

 「だからこいつより上手くなってないとマズイわよ」

 「え? 」

 いやらしく笑う副司令の前で硬直した。

 「上官が新人より下手ってのはマズイわよねぇ」

 「そ、そうでありますか? 」

 カエルになった気分だった。

 「それまで特訓して舐められないようになさい」

 「はっ! 了解であります! 」

 反射的に敬礼してしまった。


 おそらくいま以上の特訓を重ねないといけない。
 肉体的にはキツイだろう。でも精神はどうだ?
 ここしばらく隊員の死に引きずられてしまっていた心は……。
 もちろん、彼女たちのことを忘れるわけではない。
 ……それでも。
 それでもこれは確かにプレゼントだった。我々が立ち直るための……。
 早く全員に見せてやりたい。このディスクを見せてやりたかった。
 速瀬は喜ぶだろう。宗像は驚くだろう。茜は嫉妬するだろう。


 それにしても……。
  
 「すみません、副司令! 」

 ついつい声に力がこもる。

 「なに? 」

 「06吹雪の搭乗者の姓名をお伺いしてよろしいでしょうか――? 」

 あぁ……。彼女は言った。まだ言ってなかったっけ?

 ――白銀、白銀 武って言うのよ。

 これが私――伊隅みちる――が、彼の名前を初めて聞いた瞬間だった。
 
  




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Muv-Luv SS 脇役 整備班の場合

 「とりあえず、コレ見てくれる?」

 差し出されたディスクを受け取ると俺は、再生機の中に手荒に押し込んだ。
 普段なら美人の訪問には諸手を挙げてお迎えするのだがその日の俺は、ちょっと違った。
 ……すでに遅い時間になっていたし、人数の足りない整備班の俺は連日の残業続きで苛立っていたのだった。


 彼女――香月夕呼副司令――がハンガーに来るのは、とりわけ珍しいことではない。
 なんでも、新造機の保護ビニールカバーを剥がすのがストレス解消になるらしく新造機が搬入される度に、
 俺は司令部に連絡をいれ彼女につき合わされるのだ。
 


 再生された画面には、吹雪が映っていた。僚機のガンカメラで撮影したものであろう。
 正直なところ映りはあまりよくない。
 市街地における戦術機同士の戦闘シミュレーションだ。

 ――ビルの残骸からすると西地区かな……。

 有り体言えば、よくある光景でしかない。
 わざわざこんなものを整備班の俺に見せにくるとは……。まぁお手並み拝見といったところだ……。
 茶でも飲みながら見させて頂きますよ。
 首をコキコキと鳴らしながら画面の前に俺は座った。

 ……一分後、俺は呻いて絶句した。

 ――こいつは……。

 ――きっと……。

 ――……変態だ。
 
 その吹雪の動きは異常としか言えなかった。
 整備班長である俺は戦術機のさまざまな動きを見てきた。
 並の衛士よりは戦術機の機動についても詳しい。
 戦術機の機動を理解できなければ整備などできないのだから必死になって研究していた時があるのだ。
 しかしこの機体の動きは今まで俺が見たことのないものだったのである。
 
 対BETA戦においていわゆる戦車が主力とならず、戦術機がその任をとるのはひとえにその三次元の機動にある。

 例えば突撃級BETAは前面に頑強な装甲殻を持つため、正面からの砲撃はほとんど無意味だ。

 これを攻略するには戦術機の三次元機動――すなわち突撃級を飛び越えその背後から劣化ウラン弾を叩き込む――が必要になる。
 これは戦車にはできない動きである。
 だからこそ戦術機には跳躍するための、そして着陸の際の衝撃緩和のための跳躍ユニットが搭載されているのだ。
 跳躍そして着地、ここまでは衛士なら誰でもできることだ。

 だがこの吹雪の動きはまるで違っていた。――いや、跳躍までは同じだ……だがこいつは空中で反転倒立し、
 なおかつ衝撃軽減のためではなく地表に向けてのフル加速をかましていやがるのだ!

 高位置エネルギーと反転噴射による長刀攻撃など今までやった衛士などいただろうか?

 少なくとも俺には聞いたことも、ましてや見たことなどなかった。

 その他にも、AMBAC(機体の四肢移動による慣性制御)――戦術機による後ろ回し蹴りなどは、整備班暦14年の俺ですらはじめて見る動きだった。

 ――長年、戦術機の機動は見ているが……。

 人間以上の動きができるのが戦術機ではあるが、この動きは忍者とでもいうか、とにかくもはや……
 
 
 「……変態ですね……」

 「そ、変態よねぇ」
 
 俺のつぶやきに、副指令は妙に嬉しそうに言葉を続けた。
 画面から視線を切ることができない。引き込まれていくのを感じる。


 僚機もなんとか付いていこうとしているが、その機動は雲泥の差がある。まるでドン亀にしか見えない。
 ここまで差がつくと、見ていて哀れになってくる。

 ――どこの部隊のエースですか?

 などという馬鹿な質問を副司令にはしない。

 機体には横浜基地のサインがはいっていたし、俺は基地の戦術機はほとんど把握している。
 そうこいつは今日、初めて実機機動した訓練小隊以外ありえないのだ。
 
 ――確か神宮司軍曹のところだよな……。

 頭の中で機体の所属を確認する。
 神宮司軍曹は教導隊に選ばれる程の腕前である。
 戦術機の扱いは横浜基地でも、上位三傑に入るのは間違いない。
 しかしこいつは神宮司軍曹の機体ではない。

 ――というか、軍曹より動きがいいぞ……。

 
 その衝撃的ともいえる動きに魅せられたのか、いつの間にかモニターの前には整備班が集合していた。

 そしてその機動を見る度に、ため息とも喚声とも聞こえる声がハンガーの中に漏れ響くのであった。

 「……それでどう? 整備班から見てこの動きは? 」

 副司令に声をかけられるまで魅入っていた俺はおもわず姿勢を正した。
 あらためて冷静に分析を始めゆっくりと言葉をつむぎはじめる……。
 
 「まず心配なのは各部関節ユニットへのストレスですね……下手すりゃ金属疲労でぽっきりですよ……ショックアブソーバーも固めに設定を変えないと機体がもちませんね」
 
 整備班の後ろから手があがり、バランサーのプログラムも変更しないと対応できませんよ、パニックをおこしてます、という声が聞こえた。
 次の瞬間、整備班全員が勝手に発言しはじめる。
 
 ――動作慣性プログラムも変更の必要が――

 ――機体のねじれ剛性も足りないんじゃないかと……――

 ――コクピット周りも変更しないと、中の人がもたないっすよ――


 皆が興奮しているのがわかった。俺も興奮していた。これで興奮しない奴は技術屋じゃねぇ。
 俺も言いたいことが次から次へと浮かんでくる。
 皆、各々話すものだから、ハンガー内は収拾がつかなくなっていた。
 だから俺はでかい声で、まとめるように俺は叫んだ。

 「とにかく、これ以上のことをさせるつもりならば全面的な改装が必要ですよ」

 そう言い切った俺の言葉を聞くやいなや、副司令はいやらし~く笑った。悪魔の笑みだ。

 「その言葉が聞きたかったのよねぇ。と、いう訳でいまからOS全部書き換えるから整備班は全員残業ね! 班長はとりあえず機体のストレスチェックのやり直しとショック系の整備の指示ををお願いね」

 ――今からですかい……。

 おもわず残業続きの体の悲鳴が直結して表情にでる。
 それを見た彼女――横浜の魔女――は、なお一層嬉しそうに俺に言った。

 「なによぅ。歴史的な出来事になるのよコレは」
 
 正直なところ彼女から下された指令は、残業続きの整備班からすれば厳しいものではある。
 徹夜続きの部下を休ませてやりたい気持ちもある。
 だが、俺もメカニックの端くれ。戦術機の新しい可能性を目の当たりにしてはやらないわけにはいかないのだ。
 全身に力が漲ってくる。
 
 ――この動きが全員できるようになれば――

 拳を握った。

 対BETA戦における戦術機乗りの死亡理由の大半は乱戦に巻き込まれた上での圧死だ。
 包囲され弾切れになって死んでいく奴も多い。BETAの物量の前にどうしようもなく散ってゆくのだ。
 だが、この機動さえできれば……

 ――死に逝く者も減るに違いない――
 
 ……それは整備班としては究極の夢である。

 「――野郎どもっ!気いれて働けよっ!」
 
 俺の掛け声に皆が一斉に返事をする。皆、走って機体に駆け寄って行く。表情が明るい。

 ――まるで新しい玩具を与えられた子供だ――

 もちろん、この俺もだ。自然と頬が緩むのを感じる。
 ただ、俺は一度だけ振り返り副司令に聞いた。
 
 「この変態野郎の名前は? 」


 魔女が笑っている。俺も笑った。

 副司令が言ったその名前を、俺は死ぬまで忘れないであろう。
 
 ――白銀…白銀 武っていうのよ――

 これが後に横浜基地を、そして人類をも救うことになる男の名前を聞いた初めての夜のことである。
 XM3導入の夜であった。

 

 
 
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