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Muv-Luv SS脇役 香月夕呼の場合

  12月12日  横浜基地 地下19階

 
 青白い燐光が部屋の中を満たしている――。

 光は部屋の中央に設置されているシリンダーから漏れていて、見る人によっては美しいと表現されるかもしれない色合いだった。
 シリンダーの中には身体を失った脳髄が浮かんでおり、それはちょうど人間の手のひらくらいの大きさで、ひどく儚げに見えた。

 シリンダーの前には少女がひとり立っていた。

 俯いていて、右手でシリンダーに触れている。瞳は閉じられていて、まるで何かを祈っているようだった。
 声をかけるという不粋なまねはしない。
 小さく白く美しい姿は侵しがたい雰囲気をかもしだしていて、話しかけることを躊躇わせた。
 ――それに少女はとっくの昔に私に気づいているはずなのだから。
 
 しばらくして少女が振り返り私に言った。
 
 「……準備できました」

 ――大丈夫なの? 

 視線だけでそう問いかける。
 
 「……平気です」

 思ったより強い語気で返事をされた。

 「私は弱虫じゃありません……」

 少女の瞳の中には強い意志が覗えた。

 「そ……。じゃあ始めましょうか」

 訪れる者のほとんどいない地下神殿に祭られた哀れな存在は、これから私の手によってこの世界に再び蘇る。
 それは人類の英知を結集した所業であり、そのうえ今まで人類が経験したことのない現象であって――。

 ある意味では神に逆らう行為になるのだ。

 









 私には生まれた時からの記憶がすべて残っている。

 訂正しよう――。正確には母親の胎内にいた時からの記憶もすべて揃っている。
 一定のリズムで繰り返される鼓動を感じながら、暗く暖かい海の中で惰眠をひたすら貪っていた頃からの全てを――だ。

 この世界に産まれ出でる時、私は余りにも狭い産道を通らねばならず、身体を圧迫され、その痛みに泣き叫んだ。
 外に出てもむしょうに息苦しく、私は大声で泣かねば、肺に空気が取り込めないことをその時に知った。

 後年、家族の前でその話をした時、家族の皆は笑ってそれを信じようとはしなかったが、私が私を取上げたのが女医であること。
 そしてその女医がもう五十歳を超えたベテランであったこと。
 酒に焼かれた声をしていたこと等を伝えると、皆が硬直し訝っていたのをよく憶えている。
 なんのことはない――。
 私はその時に聞こえていた音から外界を察知していたのだ。
 あの時、私の眼がすでに開いていたのならば、私は女医の容貌も家族に説明できただろうが、残念なことに私がその眼を開き世界のカタチを
 認識できるようになるまでには、いましばらくの時間が必要だった。

 
 今から考えれば、やはり変わった子供だったのだろう。私は同世代の子供と戯れることはほとんどなかった。
 そのかわりにといってはなんだが、家の中で好きなように自分勝手に生きてきた。
 早くから文字を学び読書をすることを憶えた私は、幼稚舎に入る前に絵本を卒業し、二人の姉の『教科書』なるものに目を通していた。
 両親は、私が姉の真似をして戯れているだけだと思っていたらしいが、やがてそうではないことに気づき、戸惑いながら私を試してみた。
 
 私は教科書に載っていた数学の――まだ算数というべきであろう――問題をすべて解いてみせ、国語にいたっては掲載されているすべての詩を諳んじた。
 両親は最初は驚きやがて――とても喜んだ。
 私には文学全集が買い与えられ、さまざまなジャンルの家庭教師がつくことになった。

 私には『知る』ことがとても楽しかった。多種多様な本を読み知識を関連づけ、次々と身につけていった。
 大人たちの教えてくれる知識は私を刺激し、それに反応するかのように私の能力は拡大していった。
 どの分野の家庭教師も私の才能を褒めちぎり、私の送るであろう将来を祝福した。

 ひとつ何かを『知る』たびに私の世界は広がっていった。
 文学を楽しみ、そこから歴史を学び、その背景として経済を覚え、それを整理するために数学を理解し、より高度な研究のため他言語を習得した。
 そのひとつひとつが官能であって私は貪欲にそれらを吸収した。






 
 問題が起き始めたのは、私が小学校に通うようになってからだった。
 幼稚舎に通っていた時もそうだったが、人間の子供というのは幼すぎて、私の相手をするには愚か過ぎた。
 当時のクラスメイトは人間というより、涎と鼻水を垂らした品性と知性の欠片もない動物にしか私には見えなかった。
 私はそんな動物たちを相手にするより、百科事典を読んでいるほうがはるかに価値があると思っていた。
 クラスメイトが話題にしているTV番組や遊びは、私にとって、もう何年も前に卒業したレベルであってまったく興味を引かれないのだ。

 だから私はクラスの中で孤立していった。

 実のところ、当人である私はそのことに関しては、さして問題にも思っていなかったのだが、母はこのことを本当に心配していた。
 私が家族に愛されて育ったのは紛れもない事実だが、なかでも忙しい父親や思春期を迎えた二人の姉よりも、母が一番、私を心配してくれていた。
 
 母は穏やかな人で――、後年、私の親友になる人物と雰囲気が似ていた。
 ――いや、これは誤りだろう。私は母と同じ雰囲気を持つ彼女に魅かれ友人になったのだ。

 母は娘が――頭はいいが――社会生活不適合者になるのを心配していたのであろう。
 母は私に友人を作るため様々な手段を使った。
 私の誕生日には近所に住む子供が招かれ、二人の姉の友人の妹や弟なども招待された。
 私は全ての子供を面接し――全て不合格にした。

 母はそれでも努力を続けた。
 私には通用しなかった。
 
 今から思い返してみれば結局、誰よりも母がもっとも私を操作するのが上手かった、と言えるのであろう。
 ある日、母は私に一冊の本を渡した。
 読んで実践してみろ、と――。

 『戦国大名に学ぶ人心掌握術――愛と裏切りの義理人情』

 まだ読んだことのない類の本だった。興味を引かれた。――私はその内容を貪欲に吸収した。

 翌日からクラスの雰囲気は一変した。

 私はクラスメイトのくだらない会話に参加し彼等の仲間になった。
 宿題を手伝い恩を売り、正義の味方を演じ、クラスの調和を崩す者には徹底的に圧力を掛けた。
 私の容姿に魅かれる者には媚を売って虜にし忠実な下僕にしてやり、またクラスの外に仮想敵を作りクラスの団結を図った。
 飴と鞭を活用し、私は自分の勢力を伸ばすことに夢中になった。
 
 私は一ヶ月でクラスを完全に支配した。

 二年生になった時は同学年を制圧した。三年生では上級生を配下に収め、四年生ではとうとう、教員を含めた学校を支配した。
 母の目論見通り――、というわけでもないだろうが、とにかく私は他人とコミュニケートすることに成功した。

 学校を支配して思ったのは、一人で孤立するより部下や協力者がいたほうが、自分に都合の良いように物事は進め易いということだった。
 これは大いなる発見であるとともに、その後の私の行動指針のひとつとなった。
 すなわち――やりたいことがあるのならば、まず権力を握ること。
 権力があれば、面倒なことは他人に押し付けてもかまわないということ。

 相変わらず知識の吸収を続けながら、学校という小さな社会を支配し操作し続ける。

 その二つを楽しみながら――私は幼年期を過ごしていった。

 


 
 
 


 私の能力にもっとも興味を抱いていたのは、実は両親でも教師でもなかった。
 それは一番上の姉であった。
 彼女は後に脳外科医になり優れた評価を貰う人間になるのだが、その道のハジマリは私という人間への興味にあったのは間違いないだろう。
 そして彼女の興味とは私の優れた才能が生み出す何か――ではなく、私の持つ能力それ自体のことだった。
 
 ある年の夏休み――。彼女は一日中、私と行動を共にした。彼女は常に時計とノートを持ち何かを記入していた。
 日々、観察され続けることに違和感は持ったが、変わり者の姉のこと――。
 結局は好きにさせておいた。

 そうして10日程も経過したある朝、姉は観察ノートを閉じ私に向かってこう言った。

 「夕呼――。今から7日前と同じ行動をしてみてもらえない? 」

 予想外の要請だった。同時に面白そうだと私も思った。
 当然ながら私自身も私の能力には興味があったのだから。
 果たして私は7日前とまったく同一の行動がとれるのであろうか――。
 試される本人が一番興奮していた。

 記憶の扉を開き、7日前の部屋に着く。私はその部屋に保管されていた『香月 夕呼』と同じ行動をとり始めた。
 同じ朝食をとり、同じ本を読む。同じ服を着て同じ音楽をかけ同じタイミングで用便を済ます――。
 私にとっては造作もない行動だったが、時間の経過と共に姉の表情が驚愕に変わっていったのをよく憶えている。
 朝の六時から始まったこの実験は夜の十一時まで継続され、最終的に姉に終了を告げられて終わった。
 すべてを終えた後、姉は私に向かい嘆息した。

 ――夕呼。あなたは自分のしたことが本当にわかっているの?

 ――あなたは7日前と全て同じ行動をとることができたのよ……。しかも一度も時計を見ずにね。

 言われてみて初めて気づいた。確かに私は時計など一度も確認しなかった。する必要がなかった。

 ――行動は完璧に模写されてたわ。本の読んだページや食事の咀嚼回数までね。

 これには逆に姉に感心した。よくもそこまでメモしていたものだ、と思うとおかしくなって笑ってしまった。
 姉もそんな私を見て苦笑していたが、やがて難しい顔をするとこう言った。

 「あなたの能力は素晴らしいわ。おそらく全ての記憶があなたの中で生きている――。あなたには忘れるということがない。でもね……」

 姉は明らかに言葉を選んで言った。
 
 「それが良いことなのか、悪いことなのか、それを決めるのはあなたなのよ」

 姉の言ったことは私には理解できているようで、その実、まだ何も理解できていなかった。
 姉の言うとおり、忘却というものの存在しない私の脳には、姉の言うことに該当する知識は過剰なまでにあったが、いかんせん圧倒的に経験が不足していた。
 ようは――まだまだ未熟者であった。

 その後も、姉の私への研究は続いた。
 無秩序に記入された数字を延々と暗記してみたり、一日中逆さ言葉を使ってみたり……。
 ある年の夏休みなどは、姉に拉致された私は光も音もない部屋――感覚遮断室――のなかで三日ほど監禁されたこともあった。
 幸いにも部屋の中にはトイレと三日分の食料があるのを手探りで発見できたので、私は姉が解放しにくるまでを暗闇の中で孤独を楽しむことにした。
 記憶の中の図書館に訪れ、執筆中の論文のヒントになりそうな書籍を再読する。
 関連情報をピックアップし、頭の中のノートに意見を記入する。気のせいか普段よりも効率が良いようであった。
 食事は味気ない保存食であったが、頭の中でその味をフランス料理のフルコースに置き換えた。
 私にはそういうことができるのだ。
 ただ辟易したのは――。三日後に訪れてきた姉が吐いた言葉。

 「普通の人間なら一日で頭が発狂する設備なんだけどな」

 姉もまた一人の研究者である。






 


 帝国陸軍付属白陵柊校に入ったのは単純に家から一番近いところにある、という理由だった。

 もちろん白陵柊自体はレベルの高い学校であったが、世の中はすでに戦時教育の色を強めていてかつ、すでに私は教師に教わる必要はなくなっていた。
 どちらかといえば白陵柊の広い図書館を利用することさえできれば、あとはどうでも良かった。

 この頃、私は吸収し続けた情報を整理し変化させることで生まれた新しい概念を、科学情報誌などに寄稿するようになり、私の名前は次第に世間にも知られるようになってきていた。

 白陵柊に在学中、私は三つの大事な経験をした。

 ひとつめは親友ができたこと。

 穏やかな外見を持ちながらも、その実、中身は頑固そのもので一度決めたら後には退かない。
 そうかといって固いだけでなく、私の過激なイタズラにも、文句を言いながらもついてきてくれる。
 彼女とはウマがあった。
 私が何か問題を起こすと、彼女が影に日向にフォローをしてくれた。
 私にとってそれは非常に楽しい行為であり、彼女を困らせるためにワザとより過激な問題を起こした。
 私は彼女に甘えていたのかもしれない。

 世界ではBETAの侵攻が厳しさを増してきており、自然と私の興味もBETAへと移っていった。
 私はBETAが嫌いだった。
 人間は――それがどんなに愚かであろうとも――何かを生み出す。
 音楽や文学や芸術品。工業製品や哲学。理論や数式。そのどれもが私には必要だった。
 私の飽くことのない知的欲求は終わることなく、それらの収集をすることを求め続けていて――。
 それらを破壊するだけで何も生み出すことのないBETAは、いわば私の天敵だった。

 徐々に戦局が悪化していくなか、親友は教師になりたい、という夢を私に語った。
 彼女にとってそれが本当に似合いの職業であると私には思えた。
 私は彼女が生きていく道を選択したことを喜び、彼女の力になってやることを心に誓った。


 そして丁度同じ頃――私は初恋というものを体験した。年上の男だった。

 恋なんてものは映画や文学、その他様々なもので情報としては知り抜いているつもりだったが、やはり自分で体験してみると違った。
 まさかこの私が、その男の顔を見るだけで動悸が止まらなくなる、などという経験をするとは思ってもみなかった。
 私はこの経験を大いに楽しんだ。
 彼は人生とは楽しむものだ、ということを私に体感させてくれた。
 結果としてこの恋は非常に大きな傷を私の中に残していったが、そのことについて後悔する気持ちはまったくない。
 ――むしろ傷を残してくれたことも私には、いい経験だった。


 この頃に経験した最大のものは――母を亡くしたことだった。

 二番目の姉から母の病名を告げられた時、私は素早く記憶の図書館に駆け込みその病気について検索した。
 ――でてきた答えは簡単だった。
 不治の病。治療法は確立されていない。
 自分の知識のどこを捜しても母を救う方法は記入されてはいなかった。
 私たち家族は結集して、母のために戦ったが――、母は三ヵ月後に旅立っていった。



 ――この世の全ての知識を納めたとて、できないことのほうがさらに多い。



 やがて私の興味は知識の収集ではなく、今現在、不可能とされていることへの挑戦へと変わっていった。
 私が『因果律量子論』を唱え始めたのもこの頃だった。






 物理や化学というものは面白い。
 私は特定の宗教など持たないが、最終的に神の存在を感じえないほど、この世は上手くできており、その神々との対話は私を楽しませた。

 私の進路は帝国の科学省や情報省などからも注目を受けた。帝国大学からも無試験で入学を認めるとの報せがきた。
 それだけではない。帝国軍や国連軍、アメリカの研究所からも誘いの手が伸びてきた。
 結局、私が選んだのは特別待遇で帝国軍白陵柊基地で研究を続けるということだった。
 何のことはない――。そこが家から一番近いのだ。

 親友が大学を辞め帝国軍に入隊した、と聞いた時は驚いた。
 初めて白陵柊基地で姿を見かけた時は、何かの見間違いだと思っていたくらいだ。
 意思の強い彼女であったが、自分の夢を守るために世界と喧嘩するようなタイプではない、と思っていたのだ。
 彼女のことは心配であったが。私の配慮を受けて、喜ぶ人ではない。
 彼女はすでに一個人として確立していて、私が口を挟むべき問題ではないのだ。
 この後、間もなく私は帝国大学に転籍した。
 あくまでも軍属という立場であったが研究の進行を早めねばならない事情があり、それにともなってのことだった。

 オルタネイティブ計画――それは国連の極秘計画。BETAとの意思疎通、情報入手計画。

 BETAは組織を持っている。組織があるということは社会性があるということにつながり、そこには何らかの情報伝達の能力が必要である。
 そこからスタートした研究は、すでに第三計画まで進行していたが、未だ成功をあげていないという現状であった。
 人体実験をも重ね、作った能力者によってBETAに思考があるというのは判明していたが、こちらからの訴えかけには反応はなかった。

 私もこの計画に参加するようになり、いくつかの重要案件にかかわった。

 その流れで、私は国連職員となり、国際的な研究の一端を担うようになっていった。
 国連職員として活動するなかで、私は国連内に二つの大きな勢力があることを知った。
 ひとつには、このままやり方を継続していこうという比較的保守派な勢力。
 もうひとつはG弾を使い、一気にBETA殲滅を謀る過激な勢力。

 欧州やアジア、国土をすでにBETAによって蹂躙されている勢力が前者。
 後者の勢力は米国やオーストラリアといった、直接的にBETAの脅威を味わっていない国々。
 BETAに侵略されてさえ人類はひとつにはなれていないのだ。

 私はG弾の使用には懐疑的であった。

 重力場異常を恒久的に起こし続けるG弾の影響は核兵器より深刻に思われ、ひいては大きな気象の変化や地殻変動を起こしかねないと見ていた。
 それは人類による自殺にしか私には思えなかった。
 それでもG弾使用推進派の勢いは根強かった。
 彼等の言い分はこうだ――。
 BETA支配下地域では、あらゆる動植物が生存を許されていない。
 それは核で汚染しようとG弾で汚染しようと同じだ。
 BETAによる被害の拡大を防ぐことが先決であって地球環境のことはその後に考えればよい――。

 国土を保持できている国ならではの考えだ、と思った。
 同時に私が、かの国の人間であればそのように考えるかもしれない、とも思った。
 結局のところ、人類存亡の危機を迎えた今とて、人は自分の周りのことしか考えられないのだ。

 私が最終的にその考えにのらなかった理由はふたつある。
 現在、保有が確認されている核兵器およびG弾――。
 その全てを投入したとしてもBETAが殲滅できるかは不透明だったこと。
 そしてもうひとつは彼等に対し、私がそう問いただした時に言った言葉。

 ――地球外脱出。

 もし地上のBETAを殲滅できず、米国、オーストラリアも国土を保全できない事態になるのならば――。

 最終的には人類の優良な種の一部のだけを地球外に脱出させる。すでにG元素を動力源とした宇宙船の設計図はできている。
 この言葉だった。

 救出すべき優秀な人間を選抜するのは我々で、キミをそこに加えてあげるのはやぶさかではない――、と。



 私はこの世界が好きだった。
 人間が好きだった。
 人の作った文化を愛していた。
 くだらない遊びも好きだし、家族や友人たちと幸せになりかった。
 地球を捨てて、愛する者たちを捨てて生きたいとは思わなかった。
 傲慢な他人にそれを決められたくはなかった。
 地球を捨てるということも、私には人類による人類への冒涜のように思えた。

 だから私は保守派に合流した。
 やがて保守派は国連内でリーダーシップをとることに成功しオルタネイティブ4が発動された。
 いつのまにか私はその中心人物のひとりとなっていた。
 過激派は――『オルタネイティブ5推進派』――崩壊したわけではなかった。
 むしろ表立って行動しなくなったせいか、その行動はかえって読み辛くなり、私はその対応に頭を悩ませた。



 
 九州から始まったBETAの日本侵攻はこちらの予想を遙かに超えた速度で展開され、3600万人の人間がその命を失った。
 BETAの勢いは留まる所を知らず、一時は首都圏にまで接近してくる有様だった。
 このままいけば日本も消失国家になる寸前まできてしまっていた。
 
 だが私の考えは違った。
 3600万人の人間が死んだ大惨禍が日本でおきたことは、むしろオルタネイティブ4にとって有利に働くと考えていた。
 
 ――横浜にハイヴが出来た時、私は内心――喜んだ。
 都合が良かったのだ。
 このハイヴの掃討さえできれば、ハイヴの中を調べることができる。 
 そこには必ずBETAの社会で使われるコンピューターのようなものが必ずあるハズなのだ。
 そこからなんらかの情報を入手できればオルタネイティブ4は間違いなく前進する。
 オルタネイティブ4さえ成功すれば、後はどうとでもなる――。
 だから――。

 私は米軍のG弾搬入をあえて気づかぬフリをした。

 米軍の使用した二発のG弾は、結果として横浜ハイヴ攻略に最大の効果を発した。
 国土は荒廃し、永遠に草木の一本も生えないような世界が横浜に出現した。

 それでも『オルタネイティブ5推進派』はその成果を全世界にアピールしようとした。
 あれほど手を焼いたBETAもG弾を使えば駆除できるのだ――、と。

 米軍はそのまま横浜に――日本に駐留するつもりであったのだろう、さまざまな圧力を日本にかけていった。
 私はそれを阻止しようと画策した。
 どうしてもハイヴ研究の主導権を『オルタネイティブ5推進派』に握られるわけにはいかなかったのだ。
 日本人の国民感情を刺激し反米感情を煽り、日本の独立性を訴えるとともに、一方ではG弾の生物生態への影響調査の人柱になるとして米国を納得させた。
 おそらく米国にも、他国に断りもなくG弾を使ってしまった――という引け目があったのであろう。
 米国はこれを飲み、日本もまた弱体化した防衛戦力を整えるために国連軍の駐留を許可した。

 やがて横浜ハイヴは極東最大の国連基地へと変貌していった。
 これは全て私の目論見どおりであった。
 
 私は自分の生きてきた思い出の土地の全てを焼き尽くし、母の眠る大地を汚した。
 人々の思いをことぐことぐ消し去り、人間文化のカケラひとつ残らないまでの破壊を行った。
 すくなくともその片棒は間違いなく担いだ。
 その罪は決して消えることはないだろう。
 だがそこまでしても、私はハイヴの中を調べたかったのだ。本当に知りたかったのだ。
 どうしても知る必要があったのだ。
 


 そして――。
 ひとりの『生存者』が発見された。
 


 
 おそらく――生命体かそれに準じる何か、とBETAに認識されたはずの『生存者』を研究しなければならなかった。
 それを理解することが、BETAとのコミニュケーションの入り口に立つことになるはずなのだ。 
 『生存者』の研究をするために、私はオルタネイティヴ3の産物である能力者を日本に招聘した。
 一切の生物学的コンタクトのとれない『生存者』を調べるのには、どうしても能力者が必要だったのだ。
 学者仲間の間では、私の知る機密事項が外部に漏れる可能性があるとか、個人のプライバシーが侵されるなどと言う者もいた。
 だが、私はそのどちらも憂慮しなかった。

 私の持つ最高の機密といえば、それは間違いなく『因果律量子論』になるが、それが漏れたところで誰がアレを理解できるというのだろうか?
 プライバシーに関してはどうでもよかった。過去の私がしたことを他人に知られる――。だからなんだというのだろう?
 
 そんなことよりも逆に、私の頭の中の全てを読み明かすことができるならば、いっそのことそうして欲しいくらいのところだった。
 有能な仲間は一人でも多く欲しかった。
 私の頭脳がもうひとつ増えるのならば、それにこしたことはない。

 私には時間が足りないのだ。
 BETAだけではない。
 米国だけでもない。
 国連だけでもない。
 日本だけでもない。
 
 BETAとやりあうためには、全ての人間の常識とも戦わなければならないのだ。

 人間が――人類が生きていくために必要な技術を作り出すまでの時間稼ぎができるのならば、何でもするつもりだった。
 母だろうが家族だろうが友人だろうが、自分の魂であろうが、その全てを悪魔に売り払ってもいいと思っていた。
 
 人が作ってきた文化や歴史――なんでもない日常生活やくだらない戯れ――。
 そのすべてを私は愛していた。
 そのすべてを私は守りたいのだ。
 そして世界中を見渡してもそれができるのは一人だけだった。
 私、一人だけなのだ。

 


 だが、その糸口は掴めず、私は減り続けていく砂時計の砂に苛立ちを感じていた。
 





 ――時間が一番、優しくて残酷――

 以前にそう、私に語ってくれた人がいた。
 
 時間というのは、どんなに辛い記憶でも、それを薄め淡くしてくれる。
 痛みは減少し、やがて良い思いでだけが残されていく。でもそれに気づくのは残酷だ。
 愛しい者の残してくれた記憶で、不要なものなど何一つないはずなのだから。
 自分の愛が薄れたわけではないのに、その存在はまるでどこか遠くの場所にいってしまったかのような感覚。
 そのことに気づくのはとても悲しい。

 ただ残念なことに――、というべきかあるいは、ありがたいことにというべきか判断はつかないが――、私にはそれがない。
 私の場合は辛い記憶は、思い出さないように封印するだけだ。
 薄皮を一枚だけ剥がせば、傷は生々しいまま永遠に残っている。それが私だ。
 母が亡くなった時の記憶。親友を失った時の記憶。人々の思いを打ち砕いた時の記憶。
 それはその時のまま、色褪せることなく永久に保存されていて、――牙を剥き、いつでも自らを傷付ける用意があるのだ。
 私の罪は永遠に許されない――呪いなのだから。
 すべての悲しい記憶を解放し、それを読み込んだら――。

 私は多分、発狂するであろう。





 シロガネ タケルがここに現れた時から予感がしていた。
 彼は私の理論の骨子たる『平行世界の存在』そのものだった。
 その予感が期待へと変化したのは、彼が『カガミ スミカ』という名前を口にした時から。

 白銀を親友の訓練部隊に送った後、私はオルタネイティブ3の産物である能力者――社 霞にその名前を告げ、脳髄に呼びかけさせることにした。
 白銀が自然発生的にこの世界に来たとは考えられなかった。何者かの意思が彼を呼んだのではないか――。そう考えたのだ。
 そしてその考えが正解であるならば、もっとも可能性が高いのはODLに浸かったあの脳髄だった。

 それまでの社にとって、あの脳髄からリーディングできたのは――会いたい――という感情だけだった。

 あの脳髄が誰で、どんな過程を経てああなったのかはまったく不明だった。
 唯一理解できたのが、あの生体反応の感じられない脳髄が、生きて誰かを求めているということ。
 誰に会いたいのかは解読できなかったが、とにかくあの脳髄は誰かを呼んでいた。
 視覚も聴覚も――いや、人の持つ五感の全てを封じられ、脳という檻の中に閉じ込められた人格はそれでも崩壊することなく――。
 ただ一人の人間を求めていた。

 社を使い、カガミ スミカと呼びかける。――反応は見られなかった。
 社を使い、シロガネ タケルのイメージを送る――。とたんに社の瞳が大きく見開かれ全身を震えさせた。初めての反応だった。
 まるで落雷にでもあったかのようだった。
 顔面は蒼白となり、立っていられず、たまらず社はシリンダーにもたれかかった。
 やがて震える声で社はこう言った。

 「……この人は鑑 純夏さんです――。……あの人に会いたがっています。……悲しんでいます。会いたい……って」

 社が泣いたのを見たのは、この時が初めてだった。

 「……会いたいって言っています。ここは怖い……。いなくならないで、タケルちゃん……」

 



 白銀には何も伝えないことにした。
 これは、どう考えても彼の処理能力で対処できる問題ではない。今の彼では伝えることができない。
 社にもそれは厳命した。絶対に、このことを口にしてはならない、と。

 社は初回の実験こそ、感情の渦にあてられ混乱していたが、二度目以降の実験ではもう落ち着いていた。
 鑑 純夏の激しい感情は臆病な社にはけっして持ち得ぬもので、社はその刺激を求めるかのように彼女にのめり込んだ。
 常にシリンダーの前に陣取りあの脳髄を見つめている――。
 あれほど使用をためらっていたリーディング能力を全開で使い、なお一層深いところまで潜っているようだった。
 その様子はまるで、姉の昔語りに耳を傾けている妹のようで――。私には少し羨ましかった。


 鑑 純夏の数少ないデータを入手しそれ調べ上げ、擬似生体や新素材を使い彼女の肉体を再現する。
 人の心はその入れ物である肉体の影響を受けやすい。彼女に寸分の誤差も感じさせるわけにはいかないのだ。
 入手できたわずかな写真や記録では埋められない微細な部分は、社を使い白銀の記憶の中から拝借させてもらった。
 彼女を復活させることさえできれば全ては動き始める――。
 私はひとり興奮していた。
 世界を救う手段が目の前にあるのだから。
 ただそこには依然として高い壁が存在していた。

 彼女の存在のすべてを封じ込めるには半導体150億個分の処理能力が必要だった。
 しかもそれを人間の手のひらサイズ――人間の脳ミソと同じ大きさにまで縮めねばならなかったのだ。
 私にとってもそのハードルはあまりに高く、私の持つ全ての知識を読み返してみても答えにはつながらなかった。
 白銀の話では違う世界の私は、結局その問題をクリアすることができなかった、とのことだった。

 ヒントになったのは彼の言葉だった。
 別の世界の存在である私が、私の理論を否定し新しい理論を論じているというのだ。
 同一異存在である自分に嫉妬するとともに、その理論をなんとか入手できないものかと頭を悩ませた。
 鍵になったのは彼の存在だった。
 新理論を知る私のいる世界から来た彼は、もともとその世界に一番近い存在なのだ。

 白銀を異世界に送り込む実験は難航した。
 何度も失敗を繰り返し、どうにか向こうの私に渡りをつけることができた。

 白銀が平行世界から量子電導脳の基礎になる理論を持ち帰ってくれたのは僥倖だった。
 彼の持ち帰った私の理論は、私の盲を開いた。

 ――観測できなければその『存在』は存在しない――
 これをひっくり反せば
 ――観測できればその『存在』はいくらでも存在する――
 
 理論上、00ユニットは自らが存在する全ての平行世界を観測でき、その能力を借りて演算処理ができる存在になる。
 無限に近い処理能力を有することになるのだ。

 00ユニット完成の流れを確信した私は、遅滞していたすべての計画に再始動の号令をかけ計画を進展させた。
 これでBETAとまともに戦える――。交渉や場合によっては停戦もできるかもしれない。
 いつしか期待は希望へと変わっていった
 すべてが上手くいくはずであった。


 後悔しているのは――。
 

 ……結局は私の強欲が原因であったのであろう。
 
 BETA大戦終結後の人類世界の行く末を考慮し、国連軍の強化――そしてXM3の能力を全世界に見せつけん、として私が選んだ行動は悲劇を招いた。
 むろん結果には満足している。
 国連軍の衛士は危機感を覚え、日々精進し目標に向かい忠実に行動するようになった。
 そしてなによりXM3は国連の切り札のひとつとなった。
 
 ただし支払った代償は大きく――私は親友を失った。
 善良で慈愛に満ち、誰からも愛される――私にとっても本当に大切だった人。

 恩師である彼女を失い、自らの責任を感じた白銀はそのショックで逃亡した――。
 逃げることで全てを忘れ、放棄しようとした。

 私には『忘れる』という贅沢なことはできなかったが――。だからといって、別に彼のことを羨ましいと思うことはなかった。
 逃げたところで必ずしも幸せが待っているわけではあるまい。どんなに苦しくても戦わねばならない時があるのだ。それに――。

 あいつは絶対に戻ってくる。

 私はそれを信じていた。

 あいつが逃げた先ではきっと今頃、因果の逆転が起きているだろう。
 場合によっては我々の世界がそうだったかのように、五十億の人口が十億人にまで減るような大惨事が起きているかもしれない。
 それを向こうの私が許すだろうか――? 許しはしないだろう。
 そして何より――、あいつ自身がそれを許すまい。

 だからあいつはここに戻ってくる。どんなに傷ついていたとしても。
 必ず立ち直りここに戻ってくる。
 運命を変えるために。
 それを望む女がここにいる限り――。
 彼女がここにいる限り――。



 ――世界を変える真実の愛――
 ――Muv-Luv ALTERNATIVE――



 そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
 自分の求める存在を、異世界から召還してでも自分のものにしようとする。

 その愛はどこか狂気じみていて――とても美しいのだ。

 白銀 武を求める女。

 その女を作るために、私は今から彼女を殺し――機械にする。
 成長することも繁殖することもない女。ただBETAと戦うことのみを求められる女。
 それを今から製作する。
 同じ世界に同一存在があるのは許されない。だから――。

 量子電導脳に光を灯し、生体脳にトドメをいれる。

 後悔はしない――。罪はいずれこの身をもって贖えばいい。

 私の手は血塗られているが、いつの時代だって産婆とはそういうものだ。
 赤子とは常に血と羊水の中から生まれる――。
 大きな声で泣き叫びながら。
















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