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Muv-Luv SS脇役 伊隅あきらの場合

  2001年12月25日 八時三十分 新潟沖




 冬の日本海とは思えぬほど海は凪いでいた。おかげで戦術機母艦は、ほとんど揺れることがない。
 太陽はすでに海面から顔を出し、脆弱な日差しがボクらの行く手をかすかに照らしていた。
 どこか牧歌的で――これから先に戦場が待っているとは思えないような光景である。
 冬の朝のどこか頼りない日の光を感じながら、それでも今日が雨天でなかったことにボクは感謝していた。
 ――雨が降ると、重金属雲の効きが少しばかり悪くなるのだ。

 戦術機母艦『安達太良』には十二機の戦術機が搭載され、そのいずれにもすでに衛士が搭乗していた。
 撃震の座り慣れたコクピットの中でボクは瞑想していた。大きな作戦なのだ。そして危険な任務なのだ。
 だから集中しておきたかった。
 もう一度あの人に会うまで死ぬわけにはいかないのだから。

 「――なぁ、もう一遍、詳しく説明してくれよ? 」

 後藤少尉の絡みつくようなイヤらしい声が耳の中に入ってきた。

 ――……しつこいなぁ。

 先ほどから繰り返し姉さんたちのことを教えろ、と懇願され続けているのだ。
 攻撃開始まであと三十分という時間だ。
 地球が丸いのと戦術機母艦の喫水が深いので救われているが、BETAの有効射程圏内に戦術機母艦はすでに侵入しているはずなのだ。
 そろそろ気持ちを切り替えて戦闘準備に入らなければならない頃合いだ。
 とてもじゃないが悠長にそんな話をしている場合ではない――。

 「なんだ? 03は02に家族のことを話すのは嫌か? 小隊ってのはそれこそ家族みたいなものだぞ。仲良くしろ。仲良くな! 」
 
 ボクの小隊――クラッカー小隊――小隊長の斉藤中尉からだった。
 きっと自分が後藤少尉の標的からハズれたのを喜んでいるのだろう。声が明るく弾んでいた。

 02――後藤少尉はボクの先任で出撃回数七回を超える勇士であり容姿も悪くはない。
 やや明るめ髪と切れ長の眼は黙っていれば美青年とも言える。
 悪くないミテクレなのだ。
 悪くはないのだが、女性衛士からはウケが悪い。
 非常に悪い。
 かなり悪い。
 何故か――?

 軽いのだ。
 女性と見れば、誰それかまわず声をかける。誘いまくる。まるで重みがないのだ。
 いくら男性が貴重な時代になり、男でありさえすればどんな奴でも多少は優遇される今の時代にしてもこれは酷い。
 節操もなく女性に声をかけ、反応があるやいなや、連れ込みにかかる彼の姿勢は基地内で知れ渡っていて、彼と一緒にいるだけで尻軽女と判断される――。
 同じ小隊でなければボクも話すことは絶対にありえない人。――いわゆる女の価値を下げる男なのだ。

 なんでそんな人になってしまったのか想像もつかないが、以前の彼は寡黙でしっかりした男だった、とPXのオバちゃんたちは言っていた。
 その軍歴も、実は01の斉藤中尉より長く、本来であればとっくに小隊長に昇進してもおかしくはない。

 ――ただし彼は五回目の出撃の際に重傷を負いそれがもとで戦列を離れ、二年間のブランクを経て復帰した。
 そして先月の作戦の際にボクらの隊に合流し、今回が復帰二戦目なのだ。

 いわゆる衛士としての腕はなかなかであるし、状況判断も的確だ。ボクも前回の作戦では色々と助けて貰った。
 そのことは感謝している。本来は尊敬されるべき先任であるはずなのだ。
 普通にしていればそれなりに――、いやかなり女性の人気を集めるタイプのはずなのだが……。
 なんでこんな変人になってしまったのだろう?

 ――……まぁ、でも誰か一人でも後藤少尉が引き取ってくれれば、多少はボクに有利になるか……?
 
 そんなことを考えてしまった。
 そう、恋愛に反則はないのだ。ましてやこれはバトルロイヤル。許されよ、姉上方――。

 「――え~、一番上の姉はやよいちゃんと言いまして帝国内務省に務めてますよ」

 「おぉー! エリートじゃねぇか。で、どうなんだ? カワイイのか? 」

 ボクの返答に後藤少尉は、やけに興奮しているようだ。無線を通して鼻息がピスピス聞こえてくる。

 「……カワイイっていうより美人って感じだと思いますよ」

 やよいちゃんの顔は姉妹のなかでも一番キレイ、と言われることが多かったと思う。
 キレイで、お母さんによく似ていてすごく面倒見もいい。
 ボクなんてオフクロの味で育っていない。間違いなく、やよいちゃんの味で成長してきた。
 その外見も、そして内面も女性としての魅力に満ち溢れている。
 ――でも多分、男の人が、やよいちゃんを初めて見て、最初に魅かれるのはそういう点ではないだろう。
 
 それはやよいちゃんの胸だ。

 やよいちゃんの胸は、あと2センチ大きくなると計測単位がセンチからメートルへと進化する。

 破壊力満点の重火器なのだ。同じ血を引く者ではあるが――恐ろしい女だ。
 もともとお母さんっぽい印象のある人だが、それをあの胸はさらに強調する。
 
 でも後藤少尉には教えない。キモチ悪いから。

 「写真ねーのかよ!? 写真! 」

 おそらくボクが戦術機のコクピットにお守り代わりに写真を持ち込んでいるのを前もって、どこからか聞きつけていたのであろう――。
 後藤少尉の写真コールが無線で繰り返され続ける。
 コンソールの隅に挿しておいた写真を引っ張りだす。写る人、皆が笑っている。
 幸せな時間を切り取った写真なのだ。
 四人姉妹の集合写真なのだが――、ボクにとって一番大切な人はそこには写っていない。
 この写真を撮ってくれた人がボクの想い人なのだ。
 写真を見ているだけでも、撮影した日の天気や、その場所の匂いまで思い出すことができる。
 大切な人が撮ってくれたボクの宝物なのだ。
 
 ――……まったく。出撃前に何やってるんだろう、ボクは。

 馬鹿みたいだ、と思いつつ写真をデータリンクで転送してやる。
 ふと気づいた。この戦術機母艦に所属する三個小隊全員がこのバカ話に耳を傾けていることに――。

 「おぉぉっ! お前のトコって美人一家なのなっ!? 」
 
 「そりゃそうですよ。伊隅美人四姉妹っていえば、ご近所では知らない人がいないって言われるくらいの注目の的だったんですから」

 「――自分で言うな、と言いたいところだが素直に認めよう。伊隅んちの姉ちゃんは美人だ」

 「……姉ちゃんは? 」

 またコレだ。ウチの姉妹の写真を見た人は大抵、同じようなことを言う。
 ――オマエのオネーサンは美人だな。
 自分でもボクがボーイッシュなのはわかっている。確かにボクは、お姉ちゃんたちとは雰囲気が違う。でもいいじゃないか!
 少なくとも正樹ちゃんは短い髪は似合ってるって言ってくれたし、ボクの頭を手でワシワシするのを正樹ちゃんは好んでやっていた。
 他人に何を言われようとも平気だ――。
 ……平気のはずだけど毎度毎度これだからね――。
 
 ――……もっともそれだけボクのことが、からかい易いからなのかもしれない。親しみやすい人柄。――うん、そうだ。そう判断しよう。
 決して負けてないぞぅ、ボクは。

 「へー。03の家族写真は初めて見るけど確かに美人揃いね」

 斉藤中尉が感心したかのように言った。
 
 「隊長にはかないませんよ! 」

 「あら、ありがとう」 

 斉藤中尉は大人の女性らしい返事をした。
 斉藤中尉はなかなかの美人だ。やよいちゃんより年上で、ちょっとばかり化粧は濃いけど人目を引く顔立ちをしていた。
 彼氏はいない、とのことだがボクは知っている。隊長は毎晩必ず電話室に入り、外部に連絡をとっている。
 きっと基地の外に素敵な人がいるのだろう。

 「お嬢さまってのは聞いてたけど……本当だったんだねぇ」

 冗談めかして言ってきたのは 伊藤 佳奈少尉。
 ボクの同期でボクらの小隊の04だ。
 ボクと佳奈は初陣から斉藤中尉にお世話になっている。
 佳奈はすこし蓮っ葉な感じのする子で、配属された当初はよく斉藤中尉と揉め事を起こしていたが、今ではすっかり中尉になついている。
 ちなみにボクらの小隊は隊長をはじめ 斉藤、後藤、伊隅、伊藤となっていてわかり難い。
 だから普段でもコールサインで呼び合うことが多かった。
 
 「少なくとも04よりは育ちがヨロシクテヨ」

 ボクがふざけて言うとムキになった佳奈が、何やら奇声を発していた。いつものじゃれ合い。訓練校時代からの大切な仲間だ。

 「おい、この眼鏡をかけた姉ちゃんは? 」

 「みちるちゃんですね。二番目の姉ですよ。国連軍の所属です――」

 「なんだ、国連軍かよ」

 後藤少尉が毒づいた。
 先のクーデターの際の将軍救出で多少は株を上げたとはいえ、国連軍は米国軍の手先とみる人はまだ多いのだ。
 
 ――みちるちゃんは何故、国連軍にはいったのだろう? 日本人なら帝国軍に入るのが当たり前なのに。

 以前に尋ねてみた時は、みちるちゃんは笑って誤魔化していた。――楽そうだったからね。横浜は後方だし――。
 お母さんはそっちのほうが気が楽みたいなので何も言わないけど、ボクには納得できなかった。
 みちるちゃんみたいに何でもできる才能の持ち主ならきっと日本の役に立つハズなのに、それを国連軍でただ錆びさせるなんてもったいない。
 今でもそう思っている――。

 「……むぅ。でもコレもいいなぁ。こういうキリっとした感じ。……あぁ!踏まれてぇぇ! 」

 後藤少尉の特殊な性癖の漏らしっぷりに、いくつもの笑い声が反応した。やっぱりヨソの小隊も聞き耳を立てているのだ。

 ――……恥ずかしいなぁ! もう!

 「変態野郎には紹介しませんよ! それに……」

 「なんだぁ? 」

 「見かけ通りに、きっちりしてる人ですから02でしたら会って三秒で撃沈ですよ」

 「手厳しいな。 そんなにキツイのか? 」

 「――前にボクが約束に三分遅れた時に……その場で三分、息を止めろって言われました」

 「……キツイなぁ、それは」

 「できなきゃ三分間、心臓止めるでも良いのよって」

 むむっと後藤少尉が唸っていた。
 無理だろうな――。後藤少尉はだらしないし、みちるちゃんは本当に厳しい人だから後藤少尉じゃ、口もきいて貰えまい。
 でも、なんだろう。最近は少しだけ、みちるちゃんも柔らかくなったような気がする。

 ――みちるちゃんも成長したのだろうか? それとも誰か違う人に恋でもしたとか? 

 ――……ありえないな。……みちるちゃんはしつこいから。

 みちるちゃんは家族のなかでは一番、会える確率が低い。
 国連軍ゆえに仕方のないことだとは理解しているけど、十数年、同じ屋根の下で暮らしたものとしては会えないってのはやっぱり心配なのだ。

 「……で、オマエの隣に写っているのが三番目の姉ちゃんだろ? 名前は? 」

 「まりかちゃんです。帝国軍衛士ですが今回はお留守番ですよ」

 「へー。こりゃまたオマエとは違ってお淑やかな感じがなんとも……」

 ――結構、見る目があるなぁ――。

 妙なトコロでボクは感心していた。
 たしかに姉妹の中ではまりかちゃんが一番、女の子っぽい。――胸は一番、小さいけど。
 やよいちゃんも女性フェロモンでてるけど、どっちかっていうとアレはお母さん系だし、みちるちゃんは美人だけどヨソの人には厳しいだけだし……。

 「ボクのふたつ上ですよ」

 そして正樹ちゃんと同級生だ――。
 正樹ちゃんとまりかちゃんはしょっちゅう同じクラスになっていた。
 ボクが会えない時でも、まりかちゃんはずっと一緒にいられた。神様は不公平だ。

 そうだ、ボクにはハンデがある。
 やよいちゃんとみちるちゃんは正樹ちゃんより年上で、正樹ちゃんが生まれた時から知っている。
 それこそ、やよいちゃんなんて正樹ちゃんのオシメを換えたこともあるよって笑ってた。
 正樹ちゃんは子供の頃は、みちるちゃんの後ろにくっついてたって自分で言ってたし、まりかちゃんは言わずもがなだ。
 ボクだけが年下で、みんなより正樹ちゃんと過ごした時間が少ない。
 それはすごく口惜しい。

 でも負けていないはずだ――。

 ボクは子供の頃からずっと正樹ちゃんの後ろをついて回った。
 虫取りも川遊びも全部、ついて行った。
 正樹ちゃんが男の子と遊んでいる時もボクは交ざって遊んでいた。ずっとずっと一緒にいた。
 家の中で本を読んでいるより外で遊んでいるほうが好きだったし、何より正樹ちゃんが一緒に遊んでくれるのが嬉しかった。
 金魚のフンみたいだ――なんて言う人もいたけどボクは気にしていなかった。

 ――刷り込まれてるんだよね。初めて見たものを親鳥だと思ってしまうヒヨコのように――。

 そうだ。あの頃からボクはもう決めていた。ずっと正樹ちゃんと歩んでいくことを――。
 だから――。

 ――今度、会ったら必ず告白する。

 ボクはそう心に決めていた。


 
 「……とりあえず上から順に紹介してくれよ」

 ……何か重要なことを聞き逃していた気がする。

 「頼んだぜ!あきらちゃんよ」

 後藤少尉が投げキスをしているのが見えた。うげ。
 写真を見せなければよかったな――。
 今から取り返そうとしても、あの馬鹿少尉はこういうことには素早いから、とっくに保存しちゃってるだろうしな。

 「――せっかくですが後藤少尉。お断りさせて頂きます。紹介するのはいいですが、万に一つでも少尉を、お兄さんと呼ぶのはイヤですから」

 なにぃぃっ! という後藤少尉の声が裏返るほどの絶叫と三個小隊全員の大きな笑い声が同時に聞こえてくる。
 その瞬間、ようやくわかった。

 ――この人はコレがやりたかったのか……。

 前回の作戦で損傷をだし員数の欠けたこの三個小隊が、中隊扱いに編成されたのはBETA新潟上陸の後だ。
 合同訓練もまだ二度しかしていない。しかも十二名の衛士のうち、四名は新人衛士だ。
 初陣がこんなに大きな作戦になってしまった新人どもは、当然ながら緊張もしているだろう。
 そんな新人にリラックスしろ、と声をかけたとて意味はない。

 だから先任であるボクたちの馬鹿話を聞かせようとしたに違いない。
 
 ――斉藤中尉もどおりで話しをけしかけてくるわけだ。

 これが急造の寄せ集め部隊ではなく、普通の中隊ならばいくらでも笑えるネタはあるだろう。
 そこには共通の思い出があるのだから。
 でも今のボクらにはそれがない。

 だから誰かが道化を演じるしかなかったのだ。
 それを進んで買ってでたのが――。
 ボクは少しだけ後藤少尉を見直していた。
 実戦をくぐり抜けてきた先任ならではの雰囲気作りだ――。

 「……そんな冷たいことを言わずにぃ、お願いしますよぅ~伊隅少尉ぃ~ 」

 ……前言撤回。絶対にこの男は義兄とは呼びたくない。

 「さて、馬鹿話もそこまでだ。そろそろ時間になるぞ」

 斉藤中尉がそう言って場をまとめた。時間は間もなく九時になる。
 衛星軌道上からの攻撃が始まる予定の時間である。
 頭のなかでもう一度、作戦の流れを再確認する。

 衛星軌道上からの対レーザー弾による攻撃。BETAの二次迎撃。それによる重金属雲の発生。タイミングを合わせて戦艦の艦砲射撃による面制圧。
 真野湾から海兵隊の上陸。雪の高浜から橋頭堡を確保。続いてウィスキー部隊を順次揚陸。
 ボクが参戦するのはここからだ。

 きつい任務なのはわかっている。――なぜならボクら――ウィスキー部隊は囮なのだから。

 恐怖が心の奥底に眠っているのを感じる。
 いまさらながらこの作戦に姉さんたちや正樹ちゃんが参加していないのをボクはありがたく思った。
 
 深呼吸をしながら目を瞑る。

 ――よしっ!

 小さな気合の声とともに目を明ける。
 佐渡島が小さく目に写る。
 奇怪なオブジェが遠目にも観察でき、その異形があらためて人とは違うものの存在をボクに感じさせた。

 間もなくボクの戦争が始まる。
 国土を奪還するための作戦が――。

 生き残る。絶対に生き残ってみせる。

 

 甲21号作戦が始まる。




 





 ――大気に金と白の粒子が輝いている。

 戦場にもかかわらず、思わず見惚れてしまう――。
 その光景はまるで妖精の住まう御伽噺の世界の美しさを持っていた。

 幻想世界と違うのは――その光が輝く時には、鳥の鳴き声ではなく、耳を劈く爆音と大地を揺るがす地鳴りがすることだ。
 
 微細な重金属の粒子で構成された人工の雲は有毒かつ有害である。
 重金属雲を発生させることは大地に毒をまき散らかすことにほかならないし、人体に対しても猛毒で吸入し体内に蓄積されていけばいずれ、重度の障害を起こす原因となる。

 それでも戦闘のたびにALMが使用されるのは――。
 その重金属雲を抜けてくる間にレーザーはその威力を減衰させ、戦術機の装甲でも上手くすれば通常より3秒程も長く耐えられることになるからにある。

 「――いいなっ! 小型種はかまわんっ! 突撃級だけは必ず始末しろっ! 奴らに戦車を食わせるな! 」

 斉藤中尉の怒鳴り声が耳に飛び込んでくる。
 衛士用の強化装備は自動的に音量を調整してくれるが、それでもはっきりと怒鳴っているのがわかる。
 まわりの爆音に負けまいと無線にもかかわらず叫んでしまう心境はよく理解できた。 


 匍匐飛行で海面を切り裂くように上陸したボクらはまず第一の過程――占領地を拡大させ機甲部隊――戦車や自走砲、いわゆる砲架部隊の上陸を手助けすること。

 戦争は戦術機だけではできない。
 戦力を有機的に組み合わせることが必要である。

 こと砲撃戦のみに限れば砲架部隊は戦術機よりも何倍も優位である。
 ALMを発射し敵のレーザー攻撃を妨害し120mm滑腔砲で面制圧を行う。戦車の射程は実に3600mにも及ぶ――。
 全高3メートルに満たない低重心からくるバランスのよさはそのまま射撃精度の向上につながり、前面投影面積の少なさはレーザー級の標的になるのを避けるのに役立つ。
 地形を利しての稜線射撃も有効だ。

 自走式ロケット砲や87式自走高射砲改も同様である。
 いわゆるミサイル弾ともなれば射程距離は40kmを超えるものもある。
 ただミサイル弾は飛翔体として、BETAに撃墜されてしまうことが多いのも事実だ。
 だから、これらを有効に活用するには光線級の駆除が大切になってくる。
 それさえできれば、ミサイル弾の爆発力はかなりのもので、その火力はBETA攻略に、かかせない戦力である。

 反面、苦手としているところもある。
 戦車の無限軌道は、どんな荒地をも苦にしないが、そのスピードは突撃級BETAの最高速度の半分程度しかない。
 もしも突撃級との追いかけっこが行われるのであれば、戦車は死を覚悟せざるを得ない。
 突撃級の一匹で何十輌もの戦車が押しつぶされることもあるのだ。

 相手が要撃級や戦車級でも同様だ。
 その二種属は速度こそ戦車より遅いものの、その圧倒的物量は容易に戦車部隊を包囲しらしめる。
 事実、戦車級に喰われた戦車は枚挙に暇がない。

 ――つまり機動力の劣る戦車部隊だけでは、BETA最大の武器である数の多さに対応するのが難しいのだ。

 BETAは弾幕を張ってもそれを気にもかけずに侵攻してくる。味方の死体を踏み越え臆することなくひたすらに突撃してくる。
 人間とまったく異なる思考である。それは恐怖だ――。
 大戦当初から幾多の戦車がこの物量に飲み込まれれてきた。

 そしてそれに対抗するために人類が生んだのが戦術機と言えよう。
 
 戦術機の持つ機動性。一瞬にして突撃級を上まわる速度までの加速性能。
 BETAに距離を詰められたのならば、BETAを振り切り再度、距離を取り直して攻撃する。
 物量にそうやって対応する。
 戦術機が装甲重視から機動力重視に変わっていったのは自明の理である。
 その立姿勢ゆえにレーザー級の攻撃は警戒が必要だが、ありがたいことに基本的にレーザー属は個体数が少ない。
 
 ボクも第三世代機である不知火の戦闘の様子を収めた記録映像を見たことがあるが、それはまるで多人数でやるバスケットボールのような動きであった。
 BETAの群れに戦術機集団が飛び込み、フォーメーションを巧みにに変化させながらそれを撃破していく。
 その動きはまるで止まる事がなく、ボクには目を離すことができなかった。

 ただ残念なのは――ボクの搭乗する撃震は第一世代機なのだ。

 撃震の機動力は戦車などに比べれば格段に上だが、不知火などと比較してしまうと圧倒的に劣ってしまう。
 ウサギと亀ほどの差はないが――不知火と同じことをしようとするのは、どだい無理な話だ。


 撃震の場合、大規模戦闘になると、小隊、中隊規模による突撃攻撃ではなく、複数の部隊を連携させてのライン攻撃が主となる。
 一列横隊を作り、迫りくるBETAに集中砲火を浴びせる。
 拠点防衛の応用だ。
 その戦線を押し上げることで攻撃し、下げることで防御する。

 どのような作戦でも基本的に後方に砲架部隊を置き、その前に戦術機が防衛線を築く。
 艦砲射撃と砲架部隊の面制圧で撃ち漏らしたBETAの集団をボクら――戦術機部隊が抑える。これが基本的な戦術である。

 注意しなければならないのはレーザー級の存在と、前面に頑強な甲殻をもつ突撃級の突進だ。
 常にデータリンクでBETAの動きを読み、要注意目標が出現した際には速やかに砲架部隊の支援砲撃を要請し、遊撃の任を受ける陽炎部隊に連絡をとる。

 それがボクら撃震を駆る部隊の仕事だ――。


 ボクの背中越しに戦車部隊がBETA群に砲撃を加える。120mmはボクの頭上を通過した瞬間に大気を切り裂き、その音が聞こえる。
 爆音と土煙。跳ね上がるBETAの死骸。
 BETAは味方の死をまるで気にかけることもなく突っ込んでくる。
 前方に迫った要撃級にボクは36mmを叩き込んだ。距離はまだある――。優勢な展開だ。

 「おい! 03! こういう時にかけるBGMは何だ!? 」

 ボクの両親が高名な音楽家であることを先ほど知ったばかりの後藤少尉が聞いてきた。

 「――それは、やっぱり――」

 派手な奴――。勇猛果敢な曲で今のボクらを表すには……ワーグナーだ――。

 「ワルキューレの騎行しかないですねっ! 」

 ファゴットとホルンの歯切れのある伴奏がボクの頭の中で甦った。

  
 











 作戦開始から94分――。





 すでに補給は三回受けていた。
 各所にばら撒かれていた補給コンテナを回収し、後続部隊の持ち運んだ物資を受け取る。
 西から上陸したボクらウィスキー部隊はいま、旧窪田に防衛ラインを築き奮闘していた。

 銃声と爆音は途切れることなく続き、そこかしこにBETAの死骸が転がっている――。
 反対の両津湾からは国連軍主体のエコー部隊がそろそろ上陸しているはずで、ハイヴからBETAを東西に引っ張り出す作戦を実行していた。
 損害はかなりでているものの作戦は順調だった。

 「……クラッカー1了解ッ――! 」

 HQからの作戦指示に、斉藤中尉の苛立った返事の声が聞こえた。ボクらの小隊に緊張が走る。
 斉藤中尉から小隊に無線が入った――。

 「――いいか、10時の方向、450m先に奴らの『門』がある。17番ゲートと表示されているやつだ。そいつを今からクラッカー小隊で塞ぐ! いいな!? 」

 「了解ッ――! 」

 大きく返事をする。重要な任務だ。そしてかなり危険な役割だ。

 BETAのハイヴ周辺にはいくつもの『門』がある。BETAはそこから地表に次々と湧き出てくるのだ。
 ボクらはいま、戦線を確保はしているがBETAの攻撃は激しい。
 その『門』からのBETAの増援は途切れることがなく、このままではジリ貧の展開が予想できた。
 『門』を塞いでしまうことができればいいのだが、半径が20m程の『門』はBETA特有の分泌液で固められていて、遠距離砲撃だけでは破壊は不可能なのだ。

 そこで採られる作戦が、戦術機で接近しその『門』を直接、抑えるというものだ。
 それが上手くいけば地表に這いでてくるBETAをそれこそ、その出入り口で虱潰しにできる。――連中が拡散する前に叩こうというのだ。
 非常に有利に戦闘を進めることができるようになる。
 そして『門』からの増援を抑えている間に、戦線をここまで押し上げることができれば作戦は成功である。 

 だが当然ながら『門』に近づくのは至難の業だ――。本来であれば撃震よりも機動力のある陽炎が負うべき仕事である。
 その仕事がボクらクラッカー小隊に回ってきたのだ。
 
 ――遊撃任務の陽炎の数が足りていないのか!?

 援護射撃があるとはいえ、一小隊でBETAの群れを抜け『門』の確保に務める。――ボクにも初めての経験だ。
 緊張がボクの身体を包み込む――。
 
 「我々が取り付き次第、B小隊がセントリーガン(自動攻撃設置型機銃)を持ち込むっ! 遠慮はいらん! 『門』にいる連中には36mmをたらふく奢ってやれ! 」

 斉藤中尉が言い終わるのと同時に後藤少尉が奇声をあげた。そのテンションの高さに佳奈とボクは苦笑した。
 おかげで強張った身体が少しだけ緩む――。

 面制圧の支援砲撃が17番ゲート近くに加えられる。大量の土砂が空中に巻き上げられる――。着弾が途切れると斉藤中尉が叫んだ。

 「――いいかっ! 02をトップに菱形壱型で接近する! 現着後は02、03で『門』の制圧っ! 04と私が周辺警戒だっ! 」

 付近にいる他小隊が援護射撃をする中、ボクらクラッカー小隊が匍匐飛行で一気にBETAの群れに飛び込んだ。
 行きがけの駄賃とばかりに何体かのBETAを始末し『門』に近づく。
 支援砲撃で処分しきれなかったBETAの小集団が、予想以上に生き残っている。
 左右から近づく連中は援護射撃にまかせ、正面の敵にだけ集中し突破を図る――。

 ――後戻りはもうできないっ!

 もし『門』からの増援を抑えることができず、後続が戦線を押し上げることができない事態に陥ったのならば敵中深くに孤立したボクらは包囲される。
 そうなってしまったら――間違いなく死ぬ。
 自らの想像力に怯え、身が竦む。
 
 「――派手に行こうぜっ! 」

 後藤少尉が吼えた。
 続いて音程のズレた怒声交じりの歌が聞こえる。
 曲はワルキューレの騎行だ――。
 01も04も笑っていた。
 その下手糞な歌声は魔法のようにボクに勇気をくれた。

 ボクの左右でBETAが破裂する。むろんボクが撃ったものではない。援護射撃が露払いをしてくれているのだ――。
 ペダルを全開で床まで踏み込む。
 
 ――進めッ! 他はかまうな! 正面だけを見るんだッ! 

 BETAの返り血を浴びながら『門』の正面に取り付く――。おぞましい巣の内部が見て取れた――。
 中からは次々とBETAが湧き出てきていた。

 36mmをセレクターフルに切り替え、トリガーを力一杯握り締める。

 これを――。
 これを抑えきらねば――。
 これを抑えきらねばボクらは死ぬ――。

 雄たけびとともに『門』の中に向けて36mmを叩き込んだ――。
 
 「――入れ食いだぞっ!03、撃ちまくれっ! 」

 「――了解ッ!! 」

 
















 作戦開始より164分――。






 モニュメントが聳え立つ場所は金北山――佐渡島で一番高い山――があった場所に程近い。
 もともとは佐渡島で最も険しい山岳地帯だった場所なのだ。

 BETAの支配地域はBETAの手によって平坦に均されていくのが常だが、それでも多少の凹凸は残る。
 河川の後は枯れた道筋が残って見えるし、30m程のなだらかな丘や谷も点在する。

 ――そしてそれが、時にはとてつもなく厄介なこととなる。

 「――畜生ッ! これじゃ前に進めないぞッ! 」

 後藤少尉の叫び声にノイズが混ざる。重金属雲の弊害だ――。
 
 「――マズいな……」

 斉藤中尉の声もブツ切り状態だった。
 二人の焦燥が無線を通して伝わってくる。
 この場所に貼り付けられてもう、5分以上経っていた。

 ボクらは地形を利用し、戦術機を斜面に寝かしBETAのレーザー攻撃を避けていた。
 ボクらだけではない。
 二個小隊分ほどの陽炎も近くに伏せていた。
 その頭上をレーザーの輝きが幾度となく通過していく――。
 こちらからは姿を確認することはできないが、400m先に奴らはいるのだ。


 戦術機の全高が要撃級や突撃級とほぼ変わらないのには意味がある。
 それがなぜかといえば、BETAは味方を絶対に誤射しないというキマリがあるからだ。

 つまり平地であればそれらBETAの群れ自体が、肉の壁となって光線属の遠距離攻撃を防いでくれるのだ。
 だから第二世代機や第三世代機は隊列を組み、あえてBETAの群れの中に飛び込み、戦うのを好む――。

 そのほうが安全だからだ。
 
 この10分間の戦場は地獄だった。
 飽和攻撃が途切れた間に、光線属の集団が40m程の小高い丘に陣取ってしまったのだ。
 高台に登られてしまってはBETAの肉の壁は通用しない――。

 たちまち、三十機ほどの戦術機がレーザーで狙撃され、その機体を蒸発させていった。
 すぐさま支援砲撃が要請されるも、そのほとんどが迎撃され効果の程は見込めなかった。

 遊撃の任を受ける陽炎の強襲部隊も、ここまで接近するまでにその数を半数近くまで減らされていた。

 ボクらの部隊はたまたま位置関係がよく、稜線沿いに身を隠しながら近づいてきたのだが、攻撃が激しく同じくここで足止めを喰らっていた。

 「――確認できただけで、重光線級が9、光線級が37! 」
 
 震える声でそう報告をいれる。

 その他のBETA群は支援砲撃で、あらかた処分できたものの、本命の光線属の集団が生き残って今も狙撃を続けている。
 奴らは小型種と大型種で見事に連携を組んでいて、そのレーザーが途切れることがほとんどない――。
 きわめて不利な局面に陥っていた。

 「――ブラーマブル1より周辺、各機へ――。45秒後にもう一度、支援砲撃がくるッ! 各員はそれに合わせて光線級を攻撃せよ――! 」

 肩に雄牛のシンボルマークの入った陽炎からの無線だった。

 45秒後に一斉攻撃――。
 光線属は飛翔体への攻撃を最優先する。
 それに紛れて攻撃しろ――、ということなのであろう。

 だが何機かは――。今ここで伏せている何機かは間違いなく光線属の逆襲を喰らうことになるだろう。

 「――クラッカー1了解。――聞いたな? 全力攻撃だ。足を止めるなよ、動いて攻撃しろッ! 」

 斉藤中尉の声にも緊張の色が隠せない。
 
 「――あきら、アイツらをぶっ殺すよ! 」

 珍しく佳奈がコールサインではなく、ボクの名前を言った。 
 ボクの表情を見ていたのかもしれない。
 感謝の意味をこめて頷き、意識して笑みの表情を作る――。

 無理押しなのは皆、承知している。
 だが、間もなく国連の軌道降下部隊が攻撃を仕掛ける時間になるのだ。
 それまでに光線属は、できるだけ減らしておく必要があった。



 轟音。
 爆音。
 そして震動。

 支援砲撃はかなりの量だった。
 しかしその大半は空中で狙撃され光線級たちには、ほとんど損害はでていないように見えた。
 雄たけびをあげることで自分に活をいれ、機体をランダムに移動させながら120mmを重光線級に撃ちこむ――。

 白い光が水平線状に伸びてきて、ボクの左前方に展開していた陽炎が蒸発するのが見えた。
 
 おそらく生死を分けたのは機体性能の差であろう――。
 陽炎は撃震よりトルクがあり、その分、立ち上がりがいい。
 ボクの機体より速く動きだしたのだ。

 ――だから、光線級もそちらに反応した。

 ボクは陽炎を喰った光線級が再照射する前に、そいつに36mmをくれてやった。
 
 撃ちまくる。
 鈍い撃震の性能を全力で扱いながら、ボクらはBETAに劣化ウラン弾を撃ちこんでいった――。

 誰かが照射されている間は、自分にレーザーは照射されない。
 当たり前の現実が怖ろしい。

 自分が狙われなかったことを、蒸発する味方の横で喜ぶ自分の気持ちがあさましい――。
 
 ボクをこんな気持ちにさせるBETAが憎かった。

 






 
 

 



 



 

 

 作戦開始より298分――。






 ボクらの小隊は補給を受けるべく、戦場を大きく迂回し後方へと下がってきていた。
 弾丸には多少の余裕があったが、長時間戦闘していたため推進剤などの補給をする必要があったのだ。
 ボクの撃震は要撃級の一撃を喰らっていて、左腕の調子が悪くなっていた。
 左腕はもう精密射撃はできまい――。盾を保持するので精一杯だ。
 機体チェックをしてそう判断した。

 後方の簡易補給所にはすでに別の小隊が補給作業に入っており、順番待ちの状態であった。
 その小隊も、かなりくたびれた様子でダメージの程が窺い知れた。
 円形壱型をとり周辺警戒をする。3キロ先の戦場ではまだ激しく戦闘が続いている。
 支援砲撃がその先に不自然なほど集中していた――。
 ハイヴ突入組みが侵入して、かなりの時間が経過していた。

 ――ハイヴ内の戦況はどうなっているのだろう。
 
 データリンクの調子が悪く、ハイヴ突入組みの情報は皆無だった。
 厳しい状況であるのは間違いない。でもかなりの数のBETAを地上にひっぱりだしたハズだ――。
 いつもよりは多少は楽なはずだ。
 そんなことを考えていると、ふいに斉藤中尉の笑い声が聞こえてきた。無線から優しい声が聞こえる。

 「――お前ら――、よく生き残ったな」

 そうだ――。ボクらは生き残っている。一人の欠員をだすこともなく――。
 おまけに重光線級を4匹も喰っている。大金星だ。一小隊でそれだけ喰ったなんて素晴らしいことだ――。

 同じ戦術機母艦で上陸したA、B小隊はすでに連絡が取れなくなっていた。
 BETAの死骸に混じって幾多もの戦術機が横たわっているのが見える。
 損耗率も全体ではおそらく40%は余裕で超えているだろう。
 戦線を縮小しながら防衛し、なんとか敵を引き付けている――。
 傍目から見れば今回もまた大損害に違いないのだ。

 それでも――。

 それでも今、このメンバーが生き残っていることが嬉しくて――。
 
 「――隊長の指揮のおかげですよ」

 ボクは笑いながらそう言った。
 
 「――なんだ? 隊長だけか? 俺も褒めてくれよぉ」

 後藤少尉のおバカな発言に皆が笑う。

 「――少尉は駄目ですよ! 無茶な突っ込みをかけまくってるんですからっ! 危なっかしくて見てられませんっ! 」

 そう言った佳奈の声は明るく弾んでいる。なにおっ! と叫ぶ後藤少尉の声もどこか楽しげだ。

 「――いや、皆、本当によくやってくれている……。今日は全員で生き残れそうだ」

 斉藤中尉にそう言われて、大切な人たちのことを思い出した――。

 ――生き残れる……。正樹ちゃんにまた会える……。お姉ちゃんたちにも。

 それは本当に幸せな未来だ――。
 生きて帰るんだ、必ず――。

 そう思った瞬間だった。

 足元が突然、グラついた。戦術機の震度を表す表示が最高値を示す。
 支援砲撃はかなり遠くに集中されている今、この数字は明らかにおかし過ぎる。
 佳奈の金切り声が響いた。

 「震動ソナーに感ありっ! 音紋! 地下からですっ! 」

 大量の土砂が空中に巻き上げられる。1時の方向。距離は200m未満。ほぼ零距離だ。
 そこに新たな『門』が突然に発生し、まるで爆発したかのように大量のBETAが一気に湧き出てきた――。

 あまりのことに我が目を疑う。付近のBETAは掃討したハズなのだ。まさか地下茎がここまで伸びてたとでもいうのか? あり得ない。あり得ない。あり得ない……。
 この装備で勝てるワケがない。これはおかしい――。あり得ない。あり得ない。あり得ない……。

 「――支援砲撃を要請するッ! こちらクラッカー1! 大至急だッ!! ポイントSW-47-52だッ! BETA群が確認されたッ!! 」

 斉藤中尉の怒声で自分を取り戻す――。

 ――そうだ! BETAを潰さないとッ!!

 新たに出現した『門』に火線を集中させる。『門』はかなり大型で出現するBETAの量も多い――。

 ――早く抑えないと被害が拡大するッ!

 ボクらが抜かれれば、戦車部隊はその横腹にBETAの襲撃を受けることになる。
 その時、HQからの無線が入ってきた。

 「――支援砲撃は不可能――。繰り返す、現在、支援砲撃の要請には応じられない……」

 
 








 

 「――死ねェバケモノ!! 」

 佳奈が叫んでいる。36mmが乱射される。

 「――クソッ! きりがねぇっ! 国連の連中は何グズグズしてやがるんだッ! 」

 後藤少尉のそれは、ほとんど悲鳴だ――。

 「――クラッカー1よりHQ!! 支援砲撃の再開はまだか!? このままじゃ持ち堪えられない! 早くしてくれ! 」

 ――ボクたちは撤退できなかった。
 ボクたちがここを離脱してしまえば簡易補給所と、その周辺に展開している砲架部隊を守るものがなくなってしまうのだ。
 全力を持って踏みとどまり、敵を撃退せよ――。
 それがHQからの指示だった。
 だから無理を承知で踏みとどまっていた――。引き下がれる場合ではない。
 敵の数は多く、一小隊で防ぎきれる数字ではなかった。
 ――それでもボクらは戦っていた。

 「――HQよりクラッカー1。 支援砲撃の再開は未定。繰り返す――支援砲撃の再開は未定」

 それはボクらへの死刑宣告だった。

 「――ちくしょうッ! なんでこっちには支援砲撃はこないんだ! ふざけやがって! 」

 支援砲撃は国連軍が展開していると思われる地域に集中されていた。

 ――ボクらは見捨てられているっ!?

 冷たいものが背中を下る――。胃液が口中に戻ってくる。
 撃震は近距離戦闘は得意でないのだ。
 鈍い機体が恨めしい――。
 何故、見捨てられねばならないのだ。ここは重要拠点のハズだ。
 納得できなかった。理解できなかった。承服できなかった――。
 後藤少尉の悲鳴があがった。見れば後藤少尉の撃震は要撃級の一撃を受け盾がひしゃげていた。

 「――02ッ!? 」

 慌てて機体を寄せる。

 「――構うな! 俺は大丈夫だッ!! 」

 「――04! 回りこまれるぞ! 03ッ! カバーしろッ! 」

 「――了解ッ!! 」

 後藤少尉の機体が心配だったが斉藤中尉からの指示に従う。そうだ、考えている時間はない――。
 全周囲を囲まれてしまっている現在、できるだけ多くを一人でカバーしなければならないのだ。

 見渡しただけでも突撃級が30匹に要撃級が100匹はいる。戦車級など勘定ができないくらいだ――。
 『死』という言葉を身近に感じる――。

 佳奈が絶叫しながら36mmをばら撒く。だがそれ以上にBETAの侵攻が速く10時の方向の突撃級を抑えきれない――。

 「危ないッ! 」

 ボクが叫んだのと突撃級が04に激突したのは同時だった。
 佳奈の悲鳴とボクの絶叫が重なる――。

 佳奈の機体は40m程も跳ね飛ばされていた。ボクは佳奈を轢いた突撃級を後方から始末すると04を振り返った。
 機体がひどくひしゃげている――。
 腰部は完全に潰れていて、それは胸部コクピットブロックまで続いていた。膝関節も反対側に反れてしまっている。

 ――駄目だ……! アレはもう動くまい――。佳奈の撃震は完全にイカレている。

 「――くっそッ! 調子に乗りやがっ――ッ!? ――うっ……動かないッ!! 動かない!? 」

 佳奈が自分の機体の惨状に気づいた。やはり駄目だ。アレは動かない。BETAに囲まれたここで動けない――。
 恐怖で何も言えなくなってしまった。
 佳奈が死ぬ。きっと佳奈はここで死ぬ――。

 「――04、どうしたッ!! 」

 斉藤中尉が叫んだ――。

 ――……隊長、早く支援砲撃を再開させて下さい。お願いします。このままだと皆、死んでしまいます……。

 「――駆動系がッ!! 駆動系がいかれましたッ!! 」

 佳奈が泣いている――。やっぱり彼女はここで死ぬんだ。
 ほんの数分前の語らいが夢のように思えた――。

 「――バカ野郎! 早く緊急射出しろッ! 」

 後藤少尉のその怒鳴り声でボクは自分を取り戻した。

 ――ベイルアウトだッ! そうだ、まだ手はある……!

 強化外骨格ひとつで、巨人とバケモノの争う戦場を抜けなければならないが、動けない戦術機の中にいるよりは数倍マシだ――。
 助かる! 佳奈はまだ助かる――。

 「――早くッ! 急いでッ! 」

 悲鳴混じりの声で佳奈に懇願する。佳奈を助けねばならない。友人なのだ。訓練校からの同期なのだ――。

 「――きッ機体が……!! 激突の衝撃で機体がゆがんで……ッ!!」

 佳奈の声が引きつった――。
 火薬式の緊急射出装置が作動したのは外部からでも確認できたが、コクピットブロックは微動だにしなかった。
 佳奈は完全に閉じ込められていた。

 背後で後藤少尉の悲鳴が聞こえた。
 動けない04をカバーするために突撃級の前に立ちはだかっていたのだ――。
 機体が潰される金属音と後藤少尉の断末魔の声が耳に響く。

 ――死んだ。後藤少尉が死んだ……!

 ――ボクの先任で……いい加減な人に見えたが、本当はそうでなかったかもしれない人――。

 その人が間違いなく死んだ――。 

 斉藤中尉の後藤少尉を呼ぶ声――。ボクの悲鳴。そして何かの悲鳴。
 ふと見ると佳奈の機体も押し潰されていた――。
 屠殺される家畜のような悲鳴はおそらく佳奈のものだったのだろう――。
 同期の友はボクが目を離している間に死んだ。

 斉藤中尉が長刀でBETAに切りかかる――。ボクは36mmを乱射する。
 完全に包囲されている。支援砲撃はない。味方の援護もない。脱出経路もない。
 この世界に生きているのはボクと隊長だけだ――。

 斉藤中尉の悲鳴があがる。
 斉藤中尉の撃震のカケラがボクの機体にぶつかった――。
 この世界にはとうとう誰もいなくなり、ボクは一人でBETAの群れに取り残されていた。
 
 股間から足に熱い液体の流れを感じた。多分、悲鳴をあげていると思う。口元から涎がこぼれた。
 連射を続けた36mmの残弾はすでに100発をきっていて、間もなく完全に弾切れになる――。
 何が何だか理解できない――。
 恐怖で何も考えられない――。
 目の前に要撃級がいる――。奴がその腕を大きく振りかぶって……。
 
 目を瞑っていたと思う。次の瞬間にくる痛みが怖かった。

 ――でも痛みはやって来なかった。


 目を明けると其処には青い機体が立っていた――。

 撃震ではない――。陽炎でも不知火でもない。
 
 見たことはなかった。でも知っている気がする――。
 その機体がボクに襲いかかってきた要撃級を真っ二つにしていた。
 
 続いて赤い機体、白い機体が戦場に舞い降りる。

 赤い機体が長刀一本でBETAの群れに飛び込んだ。
 その動きはまるで一陣の風のようで、その風が通り抜けた後には両断されたBETAの死骸が幾つも転がっていた。
 ボクが今まで見たこともない機動だ。
 白い機体はその動きを完璧にフォローし、ボクの仲間を殺したBETAの群れをいとも簡単に処理していった。

 ――あれは……武御雷だ。帝国斯衛軍の最新戦術機だ――。

 青い武御雷が何か言った。
 多分、撤退しろ――、と言ったに違いない。

 「で……ですが、ここは……」
  
 ボクの仲間が命を賭けて守った場所です――。
 譲れない場所なのだ。でも――。

 ――言えなかった。
 斯衛の力を見せ付けられた今、そんなことは言えなかった。
 女性の声がした。

 「ここは我等斯衛が引き受ける。貴様は別部隊の指揮下に入れ。良いな? 」

 その言葉は、役立たずは後方に下がっていろ――、という意味だ。
 言い返したかった――。
 バカにするな、と言いたかった。
 でも先ほどの赤い武御雷の動きを見てわかってしまった。

 ――ボクらの小隊は彼女一機に劣る――。

 だからボクには頷くことしかできなかった。

 隊長が……、後藤少尉と佳奈が……。
 命を捨てたとて、何の役にも立っていないのだ――。











 
 

 2001年12月25日  1730時 秋田沖


 夕日が海に沈んでいった。かつて佐渡島のあった場所のほうに沈んでいくのが見えた――。
 戦術機母艦の上は傷病兵や壊れた機体などで雑然としていた。
 撃沈された艦船が多く、船の数が足りていないのだ。

 甲板の上で潮風に吹かれていた。

 ボクと同じように黙って海を見つめている者。
 勝ったぞ――、そう叫んで歩き回る者。
 傷を治療する者。
 仲間の行方を捜す者。
 様々な人々が様々な思いを抱えソコにいた。

 あの後、ボクはどう戦ったのだろう――?

 よく憶えていない。
 憶えているのは――。

 巨大な光が大地を走り、モニュメントが崩壊した時、ボクは皆の死にこれで意味ができた、と思った。
 嬉しかった。涙がでた。

 でもそれは誤りだった。

 その後もBETAは地に溢れかえり、ボクたちは撤退を余儀なくされた――。

 そして最後に国連軍がG弾を使い、佐渡島ごとハイヴを処分した。

 横浜と同じだ。

 最初からそうするつもりならそうすればいい。 
 それなら皆も死なずに済んだ。

 そうさせたくなかったから――。
 皆、命を賭けたのだ。
 それなのに――。

 その気持ちだけがグルグルと頭の中を駆け巡っていた。

 正樹ちゃんに会いたかった。お姉ちゃんたちに会いたかった。両親に会いたかった。
 会って話しを聞いて欲しかった。

 正樹ちゃんに会いたくなかった。お姉ちゃんたちに会いたくなかった。両親に会いたくなかった。
 会ったら何を言ってしまうかわからなかった。

 暗くなっていく海を見ながら――。

 ボクは独りで膝を抱えていた。









 
 

 2002年 1月26日  横浜基地



 地下へ続く道を案内されていた。

 ほんの四週間ほど前にBETAによる襲撃を受けたこの基地は、至る所にその傷跡を残していた。
 廊下にはいくつもの銃痕が走り、天井にはひび割れがところどころに見てとれる。
 補修作業はまだ終わってはいないようだった。

 ボクを先導する女性士官はピアティフと名乗った。
 彼女は崩壊している通路を避け、迂回を繰り返しながら目的地へと進んでいった。

 軍服の襟元がやけにきつく感じる――。

 正直に言えばここに来たいという気持ちは、まるでなかった。
 姉が――みちるちゃん――が最後に過ごした場所だという理解はしていたが、基地というのはどこも同じで、姉の匂いを感じさせてくれるものは何もなかった。

 ましてボクの所属する帝国の基地と違い、この横浜基地は国連軍のものだ。
 ボクは国連軍に好意は持っていない。――持てる訳がない。







 甲21号作戦でボクの部隊は全滅した。

 ボク自身も斯衛軍の救出が遅れていれば、間違いなく死んでいたと思う。
 支援砲撃もなく仲間が次々と倒れていくなか、ボクは何度も死を身近に感じた。

 何もできない。何も考えられない。あるのは恐怖だけ。

 仲間が無残にも引き裂かれ蹂躙され、食い殺される姿だけが記憶に残っていた。

 結局は――国連軍の持ち込んだG弾によって、甲21号ハイヴは破壊された。
 何のことはない――ボク達はただの囮だったのだ。

 G弾をハイヴまで安全に運ぶためのただの捨石だった。

 損耗率70%強。佐渡島は消滅。
 だが日本からBETAを追い出した。これは勝利である……。
 
 世間ではそう騒がれていたが、あの場所にいたもので素直にその言葉に頷ける者はいるのであろうか?








 甲21号作戦から二日後、戦勝祝賀を兼ねた合同慰霊祭でボクは姉たちと再会した。
 そしてその時に姉の一人とは永遠に会えなくなったことを知らされた。

 やよいちゃんが言った。

 ――みちるちゃんは来れないのよ……。

 まりかちゃんが震えながらで手紙を読んでいた。
 ボクはその手紙を奪って読んだ。
 そこに書かれていたのは、みちるちゃんの事故死を知らせる――、それ以外は何も書かれていない事務的な書面だった。

 誰も納得するものはいなかった。

 ――うちで一番しっかりしてるみちるちゃんが死ぬはずないよ。
 ――訓練中の事故死なんてありえないよ。こんなの嘘だよ。

 しかしボクがどう思おうとそれは正式な書面に間違いないなのだ。

 無力感がボクを支配した。





 基地に帰っても眠れない夜が続いていた。目蓋を閉じると佐渡島のあの光景が浮かんでくるのだ。

 重金属雲の輝き。
 BETAに周囲を取り囲まれて、散っていく仲間たち――。
 金属の軋む音。
 もはや人間のものと思えぬ悲鳴。
 爆音と震動。
 絶望と恐怖。
 朝が訪れるまで独り、ベットの中で震えていた。

 極東国連軍横浜基地がBETAに襲撃され、ボクらの基地にも待機命令がでた。
 結局、先の作戦で多くの戦術機を失っていたボクらの基地に出動命令は降りなかったが、待機中の戦術機の中でボクはパニックを起こしてしまった。

 呼吸が勝手に速くなり、それなのにいくら息を吸っても、まるで肺に酸素が届かない状態になってしまった。
 冷たい汗が背筋を走り、喉が渇いて息苦しくて仕方がなかった。
 部隊長の呼びかけに返事もできず、ボクはコクピットの中で嘔吐していた。

 外部から強制排除され戦術機から引きずり出されたボクは、すぐに救護室に連れて行かれ催眠処置を受けさせられた。

 軍医は言った。――よくあることだ。ただの戦争神経症だ。催眠暗示と薬でどうとでもなる――。

 処方された薬を飲み三日ぶりに眠った。

 翌日――。再度、戦術機に乗った時。
 ――ボクは失禁して失神した。

 軍医はボクに自宅で静養することを勧めた。
 ボクはその指示に素直に従った。

 ――自分が役立たずである、と思われているところにいたくなかったのだ。




 ボクに与えられた時間は一ヶ月だった。
 軍医に指定された心療医師のもとに通い、その間までに回復の予兆が見られなければ衛士資格を失い配置転換となる――。

 家族に心配をかけたくなかったボクは、両親にはまとまった休暇を貰えたと伝えた。

 実家に帰ったボクは何もしなかった。
 何もする気がおきなかった。

 両親は姉の死に打ちひしがれていた。
 特に母の状態は酷く、一日中、みちるちゃんの部屋に引き篭もり、ひたすら泣き続けていた。
 音楽家の母は、もとより他人に比べて繊細だったのだ。
 悲嘆にくれるその姿を見ても、ボクには母を元気付けてやることもできかった。

 ボクも、気持ちが乱れていて何も手につかず、一日中部屋の中で写真を眺めていた。

 それは正樹ちゃんが入隊する際にボクに預けたもので、皆に渡してくれと言われていたが、どうせなら全員が揃った時に公開しようと思いしまい込んでいたものだった。
 
 やよいちゃんが料理を作っている写真。
 みちるちゃんがソファーに寝転がって本を読んでいる写真。
 まりかちゃんが居間のテーブルで学校の宿題を片付けている写真。
 帰宅したボクが家の扉を開けた時の写真。
 
 正樹ちゃんの切り取った時間は日常の何でもない光景だ。
 でも、その中には意味がある。

 料理を作っているやよいちゃんは幸せそうだ。
 上手くできているのであろう。寄せられる賛辞などを想像しているかのような表情をしている。

 みちるちゃんは伊達メガネを外してソファーにだらしなく寝転がっている。
 多分、あのメガネに度がはいっていないことを知っているのはボクと正樹ちゃんだけだと思う。
 みちるちゃんがこんな隙を見せることは滅多にない。

 まりかちゃんは正樹ちゃんと一緒に宿題をしていたのであろう。
 妙に誇らしげな顔をしているところを見ると正樹ちゃんに正解を教えてあげた後かもしれない。

 ボクのといえば、まるでご主人さまを見つけた飼い犬みたいな顔をしている。
 きっとボクに尻尾があれば、猛烈な勢いで振っているのが写っていたはずだ。

 ――誰も死ぬことなんか想像すらしていない幸せな時間。

 それを正樹ちゃんは切り取って、大切に保管しておいてくれたのだ。

 ――……でもボクはこれを渡しておく約束を破ってしまった。

 いくら後悔しても、みちるちゃんにこの写真は渡すことができない。
 それは重大な罪だ――。

 ――きっと正樹ちゃんはこの写真をみちるちゃんが見た時のことを想像していたに違いない。
 これを見たみちるちゃんは慌てふためいて言うハズだ――、こんなモノいつ撮ったのよ!? って。
 正樹ちゃんは多分、笑いながらこう答える――、肩の力を抜けよ、そのほうがいいよ。
 みちるちゃんが頬を染める姿が目蓋に映る――。

 ボクは許されない罪を犯してしまった。
 どんなに悔やんでもこの写真は、見るべき人の手にはもう届くことはない。
 ボクの短慮を咎める、紛れもない証拠――。

 それでもこの写真を見続けていたのは……。

 こんな時だからこそ昔に戻って、姉に甘えてみたかったからなのかもしれない。




 目を閉じると、まるでスイッチがはいるかのように記憶が甦ってしまう。
 佳奈の悲鳴。後藤少尉の断末魔。斉藤中尉が必死に支援砲撃を要請する声――。
 仲間の死があまりにも鮮明に脳裏にあって、ボクはそれに縛られていた。

 クラッカー小隊の皆の遺品の整理はボクがした――。

 斉藤中尉の荷物は、ご両親宛に送った。
 遺品の中の写真で、ボクは初めて中尉が未亡人であったことと、ご主人がすでに戦死していたことを知った。
 そして、まだ小さい子供が写っている写真が一枚だけあって、それがボクに中尉の毎晩の電話の相手を悟らせた。

 後藤少尉の遺品の中には表紙が破られた障害者手帳があった。
 彼は下半身のほとんどを取り替えるという、とてつもない難手術を受けていて、記録によると衛士資格を一度失っていた。
 そこからリハビリを繰り返し、二年という時間をかけて衛士として復帰したらしい。
 彼が失効した障害者手帳を持ち続けた理由がボクには何となく想像できた。

 佳奈はボクに遺書を残してくれていた――。
 九州出身の佳奈に残された家族はいなかったので、好きなモノは持っていってかまわないと記してあった。
 ほとんどが支給品の粗末なものであったが、ボクは佳奈の使っていた香水を譲り受けた。
 それくらいしか私物らしい私物はなかったのだ。
 それと――後藤少尉宛の遺書があった。
 ボクはそれを開封せずに後藤少尉の手帳と一緒に焼いてあげた。

 皆がいなくなってしまったことが悲しかった。
 自分が生き残ってしまったことが恥ずかしく、同時に生き延びたことを喜んでいる自分がいるのがイヤだった。
 生きることに執着し、戦術機に乗ることを怯える自分がいることもイヤだった。

 ――どうしようもないほどに怖いのだ。

 ボクはもう自分が、BETAと戦えないことを自覚していた。
 ボクの前にBETAがあらわれたら……。
 ボクは恐怖に縛られて引き金を引くことはできないだろう。
 後藤少尉は重傷を負った後、リハビリを重ね復活し戦ったが、ボクにそれが出来るかどうかはわからなかった。

 ボクは自分が弱い人間であったことを――、初めて自覚した。











 ボクが実家にいる間に、国連軍は桜花作戦を電撃的に決行しオリジナルハイヴの『あ号標的』を破壊した。

 新年の幕開けとともに知らされた突然の吉報に世間は沸きあがり、街は活気に満ち溢れかえった。
 連日のニュースで桜花作戦のことがトップで取り上げられ、オリジナルハイヴに突入した米軍と国連軍がおおいに称えられていた。

 これは人類の勝利である――。
 我々はBETAをこの星から追い出せる――。
 人類に再び希望が戻った――。

 ニュースのコメンテーターは楽しげにそう語っていた。

 ボクも驚いた。
 そんなことができるとは思っていなかったのだ。
 まさにそれは奇跡なのだ。

 だからボクは嬉しいと思うはずだった。
 そうじゃなければおかしい。
 このために戦ってきたのだから――。
 誰だって喜ぶはずだ。


 それなのに――ボクは一層の鬱に落ち込んでいた。

 ――……なぜ、みちるちゃんは死んじゃったんだろう……?
 ――あと一週間、生きていてくれれば死ぬこともなかったのに……。

 ひたすら運命の不条理さを嘆き、神を呪っていた。




 ボクの症状に改善の予兆は見られなかった。
 睡眠薬で眠りに落ち、悪夢で目覚める。
 それを繰り返すだけだった。。
 軍医に紹介された心療内科に通ってはいたがほとんど意味はなく、ただ無為に日々を重ねていた。









 一月も月半ばになり、世間の雰囲気もようやく落ち着きを見せた頃、我が家に一通の手紙が届いた。
 父親宛のその手紙は国連軍からのものだった。
 父はその手紙を一読すると、何も言わずにそれをボクに手渡した。

 ――甲21号作戦における軍功により 伊隅みちる大尉を二階級特進させ中佐とする――。

 別に便箋が添付されていた。
 そこには女性の字でこう書かれていた。

 ――機密事項に抵触するため詳細を語ることはできませんが、横浜基地までお越しいただけるのならば、ある程度のことはお伝えすることができると思います。

 ――みちるちゃんの死に機密事項がある?

 驚いたことに手紙の文面はそれを示唆するものだった。
 そう易々と信じられる話ではない――。

 気になる点が一つあった。
 文末にそれを記した人物の名前が記載されていて、それがボクの目を引いたのだ。
 連日のニュースで最近よく聞く名前だった。

 極東最大の国連基地の副司令として――。
 桜花作戦の立案者として――。
 最近の報道で、彼女の名前は聞かぬ日はないのだ。

 父は自ら横浜基地へ赴くつもりでいたらしいが、母の容態が悪化したのと、間近に控えたコンサートの準備のために身動きが取れなくなってしまった。
 ボクが二人の姉に相談したところ、二人は口を揃えてボクに横浜基地に出向くよう言った。

 姉の死に虚偽の報告をしていたことは許せなかったし、真相は是非とも知りたかったが、国連の基地に赴くことにボクは強い抵抗を感じていた。
 二人の姉のどちらかに代わって欲しかったが、珍しいことにやよいちゃんが強い口調でボクに赴くように切願してきた。

 「……絶対にあなたが行くべきなのよ、あきらちゃん」

 やよいちゃんにあの位、厳しい口調で言われたのは久しぶりのことだった――。
 そう、本当に子供の頃以来だった。














 ――ずいぶんと地下に降りるものだな。

 ハイヴを改修し基地にしたことは知っていたが、これほどまで地下深く建てられた建築物だとは思っていなかった。
 案内されたのは副司令の執務室とのことだったが、かなり乱雑な部屋で大量の書類が床に散乱し、ホワイトボードには謎の書き込みがいくつもあった。
 あれは機密情報なのではないか、と余計な心配をしていると、それを察したピアティフ中尉が笑みを浮かべながらこう言った。

 「ご安心下さい――。ここにあるものは余人の見て、理解できるものは何一つありませんから」

 彼女はボクに応接セットで座って待つように言い、二人分のコーヒーを淹れてくると、そのままボクの前に居座った。
 何故だか妙に居心地が悪い――。

 やがて内線がかかってきて彼女はそれに応対すると、ボクに向かってこう言った。

 「伊隅少尉、申し訳ありませんが香月の会議が延びておりまして、時間が読めないようです――。そこでその間の代わりに、伊隅大尉……、失礼しました、
 伊隅中佐の部下だった者がおりますので、香月が戻るまでその者と話をされるというのはいかがでしょうか? 」

 異存はなかった。どのみち相手の言うとおりにするしかないのだから――。










 しばらくして部屋に入ってきたのは小柄な女性だった。左腕を包帯で吊っていて右目に眼帯をつけていた。
 年齢はボクと同じか、ややもすると若干、年下のようにも見えた。
 彼女は涼宮 茜と名乗った。
 階級はボクと同じ――。少尉だった。

 「――やっぱり雰囲気が似ていらっしゃいますね」
 
 着席した彼女はボクに向かって楽しそうな笑顔でそう言った。
 そんなことを言われたのは初めてだった。

 「みちるちゃ……、姉にですか? 」

 「はい。……伊隅大尉……っと、すみません、伊隅中佐によく似ていらっしゃいます」

 上気した表情で彼女はそう続けた。まるで久しぶりに友人にでも会ったような顔をしている。
 その言葉を聞いても自分がそれを喜んでいるのか、それともその言葉をお追従として不快に捉えているのか、ボクには判断できなかった。

 「あの……今日は、ここに来れば姉の死の真相を教えて貰えると聞いてきたのですが……? 」

 だから、そう問いかけるのが精一杯だった。

 涼宮少尉はボクをじっと見つめていた。
 それから一度だけ、ピアティフ中尉の方を向いたと思う。
 思う、というのは、ボクが彼女の顔を見ていなかったからだ。

 ボクは目の前にあるコーヒーカップから視線を外すことができなかった。
 返事をしてくれたのはピアティフ中尉だった。

 「伊隅大尉、失礼……、中佐は甲21号作戦に参加され名誉の戦死を遂げました」

 ――……甲21号作戦……。やっぱり事故じゃない……。みちるちゃんもあの地獄にいた……。

 わからなかった。国連軍も参加していた作戦だ。わざわざ作戦に参加していたことを隠蔽する必要はないはずだ。

 「伊隅中佐は国連特務部隊A-01部隊の中隊長として作戦に参加されておりました――」

 ――……え? ……なに? 何て言ったの……?

 「……す、すみません、あの……話がよく見えないのですが……? 」

 ボクはもう一度、聞きなおした。

 「……伊隅中佐は中隊長として国連軍の特務部隊を指揮されておりました」

 「……みちるちゃんが――……、特務部隊の隊長を……? 」

 信じられなかった。信じられるはずがなかった。

 ――……だって楽だから……、そう言ってたんだよ……? 横浜は後方で安全だから――。

 「……ご家族には伏せられていらっしゃったと思います――。伊隅中佐は特務部隊――通称、伊隅ヴァルキリーズの隊長をなされておりました」

 ――……伊隅……ヴァルキリーズ……?

 「少尉もモニュメントが崩壊したのをご覧になられたと思いますが、それを実行したのが伊隅中佐率いる、伊隅ヴァルキリーズです――」

 ――モニュメントが崩れた瞬間……。ボクも見ていた。

 ――巨大な光が地を這って……。
 
 あの時、ボクは初めて人類がBETAに勝てるかもしれない、と思った。

 ――……でも。

 ピアティフ中尉は話を続けた。

 「残念ながら新型兵器は事故のため、放棄せざるを得ない状況に陥り――、伊隅中佐はそれを自爆させるために一人、現地に残りました」

 ――!?

 「全部隊の撤収を確認した後、伊隅中佐は新型兵器を自爆させ――、BETAを……佐渡島ハイヴごと消滅させたのです」

 ――……嘘だ……。そんなハズはない。ボクらは国連軍に騙されて……。国連軍が勝手にG弾で……。

 信じられない。国連軍の言うことなんか信じられない。そんな詭弁でボクは誤魔化されたりはしない――。

 ――……みちるちゃんがG弾を使った?

 怒りがこみ上げてきた。国連軍はいつも汚い。横浜を消した時もそう――。
 あろうことか今度は、みちるちゃんの死までも汚そうとするのか――?

 ――G弾を勝手に使ったことを隠そうとするためだ。そのためにこんな用意周到な嘘をついて――。

 「……冗談はやめてください」

 みちるちゃんがG弾を使うことをよしとするワケがない。
 怒りで自分を抑えきれない。

 「そんなことを言ったって国連が帝国に秘密で、またG弾を持ち込んでいた事実は隠せませんよ。いい加減にしてください」

 話しながらさらに怒りがこみ上げてきて、最後には絶叫に近くなってしまった。
 それでも勢いは止まらない――。

 「G弾で佐渡島を消失しておいて、それを日本人が実行したと言うのですか!? あまつさえ姉がその片棒を担いだと? 冗談じゃない! 」

 だからオマエラ日本人は納得しろ――、そうとでも言うつもりか!?
 目の前にいるこの涼宮とかいう奴もそう。馬鹿にしている。

 「……姉が売国奴だと……! 」

 同じ日本人がいれば信憑性が増す、とでも思っているのか!?
 ボクら日本人を虚仮にしている――。
 許せない――。
 こんな欺瞞はけして許してはならない――。

 「日本人を無礼るなッ! 」

 拳をテーブルに打ちつけ立ち上がる。
 
 部屋の中はしんと静まり返っていた。

 
 
 

 コーヒーカップがソーサーに置かれる音がした。

 涼宮少尉がコーヒーに口を付けていたらしい。
 彼女はカップを置くとボクを見つめた――。いや、睨み付けていた。

 ――誤魔化されない……! 誤魔化されてたまるか!
 
 彼女とボクのにらみ合いがしばらく続いた。
 それから彼女が小さく口を開いた。

 「……あなたのお姉さんはそんな人なんですか? だったら私の知っている伊隅大尉とは別人のようですね――。お引取りください」

 冷たい言い方だった。そしてその言葉には怒りを孕んでいた。

 姉のために怒っているのが直感でわかった。
 でもボクの勢いは止められなかった――。
 行き着くところまで行かなければ、この思いはもうどうにも止められないのだ。

 「貴様……! 」

 「あなたは伊隅大尉の妹じゃない! 大尉の家族にそんなバカがいるなんて信じられないッ!」

 「お前たちが……! お前たちが姉を騙して殺したんだ。違いないッ! 絶対にそうに違いない! 」

 言わずにはいられなかった。みちるちゃんの死に――。その不条理な死に様に。
 ――言わずにはいられなかった。


 乾いた音がした。


 ボクの頬が叩かれていた。

 涼宮少尉は目に涙をためていた。
 本当に怒っていた。
 口唇を噛み締めて震えていた。

 彼女は何か言おうとして――、何も言わずに部屋を出て行った。


 部屋の中を再び沈黙が支配した。


 ピアティフ中尉が倒れたカップを回収し、テーブルを拭いていた。
 ボクはその様子をただ眺めていた。

 それを終えるとピアティフ中尉は、ボクにもう一度、席に着くよう促した――。

 「……涼宮少尉も姉を亡くしたばかりなのです――」

 「……」

 「彼女の姉は伊隅ヴァルキリーズでCPをしていて……。どうしても彼女でなければできない仕事が発生して――、それを実行中にBETAに殺されました」

 ――同じ部隊に姉妹でいた――? あり得ない。普通はそんなことは人事が避ける。
 
 勘が鋭いのだろう――。ピアティフ中尉はボクの疑問を逃さなかった。

 「A-01の人選は香月副司令が直接されます。そこには一切の情はありません。能力のみが求められます――。伊隅中佐はその能力のある方でした」

 みちるちゃんは――。
 ウチで一番、しっかりしていて――。
 頭も良くて運動もできて――。
 何でもできる人だった――。

 「涼宮少尉の姉……。涼宮中尉は先の横浜基地防衛戦の際に亡くなりました……」

 ピアティフ中尉はボクを正面から見据えて言った。

 「……伊隅少尉、私はね……、香月副司令付きの士官ですからCPの仕事もします。……でも、できるだけ彼女らとは接触しないようにしていました」
 
 己の所業を恥じる懺悔のような語り口だった。

 「怖かったのです……。知り合いになったばかりの隊員が次々と死んでいくのが……。彼女らはまるで暖炉にくべられる薪のように次々とその命を燃やしていきました――。
 それなのに彼女たちはいつも笑っているのです。笑いながら、死んだ仲間のことを語っているのです――。それこそまるで当人がまだ生きているかのように……」

 ――……この人は嘘をついていない……。

 認めたくはないが、そう理解してしまった。

 「最初は、これが日本人の考え方なのか? 私には理解できない。そう思っていました。……でも違うんですよね。彼女たちだって怖いんですよね」

 「……」

 「怖いから……。怖いからこそ勇気を持って戦った仲間をいつまでも賞賛していた――。私はそれに気づくのが遅れたことを恥じています」

 ――それは衛士の生き方の手本とされる行動だ。そして現在のボクがしようとしても――どうしてもできないことだ。

 「彼女たちはどんなに仲間を失っても、けっして諦めることはしなかった。連隊が中隊になり、最後は二個小隊に満たない人数にまで減っても――」

 「……」

 「A-01……伊隅ヴァルキリーズはそういうところなのです……。重傷で入院中が四名、その他は全員死亡。生き残りは彼女だけ――」

 連隊規模が――今は一名のみ。

 「桜花作戦で『あ号標的』を破壊したのは伊隅ヴァルキリーズです。全員、あなたのお姉さんに率いられた人間です」

 ピアティフ中尉はもう一度、ボクの目を正面から見据えて言った。

 「私は中佐とは直接、親交を持ったわけではないですが……、あの人を尊敬しています。もちろん涼宮少尉もそうでしょう――。
 ですから、あなたのことを少尉が叩いたことはお詫びしようとは思いません」

 ピアティフ中尉の瞳に光るものがあった。でもそれを零すことは絶対にしないと決めた目であった。







 「……姉が亡くなった時のことを――もう一度、詳しく教えていただけませんか? 」

 そう聞けたのはしばらくしてからだった。






 ――姉がずっと以前から特務部隊の隊長をしていたこと。
 ――その超法規活動から存在すら伏せられるようになっていたこと。
 ――モニュメントを砕いた新型兵器の護衛が姉の佐渡島での任務だったこと。
 ――新型兵器はまだ実験段階だったこと。
 ――佐渡島ハイヴの地下茎が本土にまで伸びる可能性があったこと。
 ――新型兵器の使用にトラブルが発生し、爆破処理をしなければならなくなったこと。
 ――新型兵器の動力源にはG弾複数分の破壊力があったこと。
 ――あのまま戦闘を続けていれば、全ての将兵が戦死していたこと。
 ――姉がその役目を引き受け、佐渡島からの全員撤退完了の報告を聞いた後に自爆したこと。

 そして最後に――。『あ号標的』は実験データを基に、作り直された新型兵器で破壊されたこと。
 
 彼女は事務官らしい感情を交えぬ語り口で、淡々と話してくれた。
 そして目視限定の書類を取り出し、みちるちゃんの戦歴を見せてくれた。

 そこに記載されていた数字はとてつもないもので――、一読してもそれをすぐに信じることは難しかった。
 損耗率があまりにも高すぎるのだ――。

 幾多の戦いで何人もの仲間を失い、それに倍する任務を成功させる――。
 その数字はきっと、みちるちゃんの血と涙と……願いの記録だ――。
 どれだけ犠牲を払おうとも、任務だけはやり遂げる。
 それが自分を支えてくれた、そして自分が死なせてきた仲間たちへのみちるちゃんの返礼なのだ。

 そして――。
 その順番がきたからみちるちゃんは、するべきことをしたに過ぎない――。

 「――最後に……大尉はあなたのことを心配しておりました。あなたが生還したことを聞いて本当に喜んでいました」

 みちるちゃんはボクがあの場所にいたことを知っていた。ボクが生還したことも知っていた。

 「私たちの任務の多くは機密性の高いものであり公表することは許されておりません。今回、上層部の判断によりあなたに伝えることができるようになりました――。
 それを私たちがどんなに嬉しく思ったことか――。どうか察してやってください」

 そう言って彼女は目を伏せた。

 まるで何かに祈りを奉げているかの表情だった。














 ピアティフ中尉の予想したとおりの場所に彼女はいた。
 基地の正門前の桜並木に――。
 正直な話、樹木が植えてあること自体が驚きだった。
 永遠に草木の生えることのない場所と認識していたのだから。

 彼女はその桜の木のひとつをじっと見つめていた。

 冬の桜だ。黒い幹だけが寂しげに佇んでいる。
  
 その姿に声をかけることは躊躇われたが話しかけないわけにはいかなかった。

 「あの……」

 ――ごめんなさい。そう言おうとした。
 気づいていたのであろう――。その前に彼女のほうが先に口を開いた。

 「……いいよ。わかるから……」

 フランクなしゃべり方だった。

 「私だって、お姉ちゃんがそんな死に方したって突然、聞いたらそうなっちゃうかもしれないもん……」

 同い年の友人のような話し方になっていた。
 
 「……ここね、皆がいる場所なんだ。大尉も私のお姉ちゃんも皆も……」

 「……」

 「すごいんだよ。ここね、ここだけは桜の花が咲くの……」

 ――……この地に桜が……?

 「伊隅大尉もここが好きだった。……ううん、皆も好きだった。――だから、もし自分が死んだらここに帰ってくるって……。皆、そう言ってた」

 「……ごめんなさい」

 「いいって。わかってくれればいいよ。……こっちこそ叩いちゃってごめんなさい」

 そう言って彼女は舌をだして笑った。



 ――姉はどんな人でした?

 なんだかそんなことを聞くのはとても場違いなことだと思えた。
 でも聞いておきたかった。
 ボクの知らないみちるちゃんがどう生きていたのか、と。

 「……うーんとね」

 小さく笑いながら彼女は楽しげに言った。

 「厳しかった、本当に厳しかったよ! 大尉は完璧主義者で訓練とかは半端なかったよ。何回も何回も! 100%になるまで絶対にあげてくれなかったもん! 」

 なんとなく想像できる。――だってみちるちゃんだもん。

 「……でも皆、大尉のことが好きだった。私のお姉ちゃんも大尉に頼ってたよ! 恋愛相談とかもしてたみたいだし」

 意外だった。――あのお堅いみちるちゃんに?
 伊達メガネをかけて秘密主義で――正樹ちゃん以外には心を開かなかったのに?

 涼宮少尉がにんまりと笑った。

 「――だから、あたし知ってるんだよ。四姉妹で幼馴染の人を取り合ってるんでしょ? 」

 「――!? 」

 吃驚した。

 「そんなところまで!? 」

 「うん。笑って話してたよ。――鈍感な人で困る。誰かとくっついてくれればあきらめられるかもしれないのに――って。可愛かったなぁ、あの時の大尉」

 イタズラっぽいその表情は彼女の本来のもののように見えた。

 「――多分ね、私たちが大尉の部下だから話してくれたんだと思う。なんでもない日常を守るのが一番、大事だから――。
 地球の未来、なんて言っても漠然としちゃうけど……。好きな人といい人生を送るためって言われたら納得しちゃうもんね」

 「……少尉」

 「だから、ごめんね。さっきは本当に口惜しかったんだ。なんで大尉のことわかってくれないんだって……」

 それから彼女は目の前に懐かしい人がたっているかのような顔をした。

 「……ねぇ、聞きたいんだけど、いいかな? 」

 「……何ですか? 」

 「伊隅大尉とあなた……仲は良かった? 」

 ――……良かった……とは思う。みちるちゃんはボクが正樹ちゃんと悪ふざけをしているとよく妨害しにきた。

 ――くだらない、何を馬鹿なことをしているの? 

 そんなふうにして会話に入ってくるのだ。
 でもそれはボクらの戯れに混ざりたいみちるちゃんの意思が透けて見えて、ボクには楽しい出来事だった。
 それに家の外のことで困ったことがあると、ボクはみちるちゃんに相談していた。
 数多い思い出が一瞬のうちに頭をよぎった。
 そしてボクはこう言った。

 「なんかね……、こっちのピンチはよく察してくれて、色々手助けはしてくれるんだけど……自分のは見せてくれない……、みたいな? 」

 「あっ! それ、わかる! 本当そうだよねっ! ……何か妹に弱みを見られるのをイヤがるみたいなトコあるよね」

 お姉ちゃんってのはドコも変わらないものなのかな? そう言って彼女は懐かしそうに笑った。
 きっとボクと同じ――。
 姉の姿が心に浮かんできたのであろう。

 「――……ピアティフ中尉からあなたが基地に来てるって聞いて嬉しかった――。やっと語ることができる。あたしたちが……、
 伊隅ヴァルキリーズがどんな思いで――。どんなふうに戦ってきたのかをやっと知ってもらえる――。一番、知って欲しかった人に……」

 そう話す彼女の顔は笑っていたが、その頬を一筋の涙がつたっていた。

 「……あぁ、まずいなぁ……。また200回プラスだよ」

 ――何のことだろう……?

 「あ、ごめん。実はね、ウチの掟なんだけど――。仲間のことは笑って語れ、けして涙をみせるなって……。泣いたら腕立て200回しなきゃいけないんだ」

 そう言ってから彼女は片手を振った。その腕には包帯が巻かれていた。

 「まだ腕が本調子じゃないから、溜め込んじゃってるんだ」

 「……何回くらい? 」

 「えーと……。4800回」

 ふたりで顔を見合わせて――噴きだしてしまった。

 ――……みちるちゃんは本当に、ここで生きていた。

 その回数分だけ姉は信頼され愛されていたのだろう。だからボクにはこういうことが言えた――。

 「半分でいいよ」

 彼女は小首を傾げた。

 「半分はボクが引き受けるから……。ボクもいろいろあって少しナマってたから、ちょうどいいし……」

 「……でも2400回だよ。大変だよ」

 「一人で4800回やるよりはマシだよ」

 もう一度、二人で顔を見合わせて笑った。

 ――あぁ、ここに来て良かった。みちるちゃんに会いに来て良かった。そうだ、みちるちゃんが呼んでくれたに違いない。情けなく落ち込んでいる妹を見て――。

 そんなふうに思えることはとても素敵なことだと感じた。




 「――話は終わったの? 」

 女性の声がした。振り返るとそこには二人の女性がいた。
 一人は香月副司令だ。紹介されなくとも最近のニュースで何度か顔を見ているのでわかる。
 理知的な顔つきで、軍服の上に白衣を引っ掛けている。
 そのいい加減な様子は軍人というより、学校の先生を連想させる。
 もう一人は――。なんだろうか、不思議な感じのする外国人の子供で、軍事基地にいるのが不似合いな娘だった。
 なんだか小動物を連想させるような雰囲気を持っている。

 涼宮少尉が敬礼した。慌ててボクもそれに倣う。

 「ハイハイ、堅苦しいのは結構よ。伊隅少尉、はじめまして。あたしが香月よ」

 右手が差し出された。その手は想像していたよりも、さらりとした感触だった。

 「もう、大概のことは聞いた? 答えられることは全部答えるけど? 」

 「……もう充分です。……充分に聞きました」

 涼宮少尉を振り返る。彼女も笑っていた。――そうだ、もう充分に聞いた。
 だから後はボクが家族に伝えよう。両親に、ふたりの姉に。そして正樹ちゃんに――。
 やよいちゃんがボクにこさせた理由がようやく理解できた。

 
 「……そ。じゃあ悪いけどこっちの頼みを聞いてくれる? 」

 「頼み……ですか? 」

 ――何のことだろう?

 想像もつかなかった。

 「今回、機密を開示できたのはね、国連上層部の考え方の変更があったからなの。『あ号標的』のない現在、秘匿するより公開して戦意の向上を図ろうってね」

 「……」

 「……伊隅の名前は使えるのよ。帝国軍と国連軍の絆の象徴としてね……」

 ――そうか。みちるちゃんは日本人でありながら国連軍人であって……。みちるちゃんの挺身で沢山の兵士が助かった――。

 そしてみちるちゃんの育てた日本人の国連軍衛士が『あ号標的』を破壊した。
 それが公表されれば日本人の国連軍に対する悪感情は払拭されるに違いない。

 「国連内部にもいろいろあってね……。いま帝国との協力体制を強化しておくのは今後の世界のために有効な手段なのよ――」

 「……それでどうなるのですか? 」

 ボクがそう聞くと彼女は忌々しげにこう返事をした。

 「大々的に公表して――、伊隅は多分――軍神扱いされることになるわね」

  ――軍神!? みちるちゃんが!?

 「両親は帝国屈指の音楽家――。帝国内務省に勤める姉と帝国軍衛士の妹が二人――。マスコミが好みそうな条件にぴったりなのよ」

 「……」

 「だから親御さんの了承が欲しかったの――。帰ったら伝えてくれる? 」

 確かに騒ぎにはなるだろう。マスコミは美談を欲しがるものだ。
 そして余計な詮索や、ゴシップなども。
 ひょっとしたら正樹ちゃんにも迷惑がかかるかもしれない。
 でも――。

 「……いいと思います」

 ボクは即答した。
 香月副司令は訝しげにボクを見ていた。

 「両親に聞く必要はありません。香月副司令の望むようにしてやってください」

 「……それでいいのね? 」

 意志の最終確認を採られる。

 「かまいません」

 ボクには言い切ることができた。

 「姉が……、姉が生きていたら、必ず――。そうしてくれ、と言ったはずですから」

 みちるちゃんは絶対に諦めない。だから絶対にこう言うはずだ。

 それを聞いた香月副司令は小さく笑って頷いた。

 「ありがと。そうさせてもらうわ。それにしても――」

 「……? 」

 「あなた、伊隅にそっくりね」

 彼女がそう言うと、そこにいた皆が笑った。――ボクも笑った。





 
 「戦いはまだ終わったわけじゃない。それなのに早くも勘違いした馬鹿が動きだしている――。これからはそんな馬鹿を相手にしながらBETAと戦っていかねばならない」

 呟くように香月副司令は続けた。

 「……だから、あたしは使えるものは何でも使うわ。伊隅の名前も……。場合によってはコーブインメイヤもね」

 最後のほうは上手く聞き取れなかった。

 それからしばらく桜の木を眺めていた彼女は、お礼がまだだったわね――とボクに言った。

 お礼なんか必要ないです――、そう返答したが彼女は強引にボクの腕をとり桜の木の前にボクを引きずって行った。

 香月副司令と一緒に来た子がボクに手を差し伸べる――。

 「目を……瞑ってください……」

 その小さな声に従う。
 ボクの手が小さな手に握られた。

 その瞬間だった。

 桜の花が満開に咲いていた――。

 春の暖かな日差しだった。

 そして桜の木の下に姉が立っているのが見えた。

 ――みちるちゃん……。

 姉は笑っていた。

 声がでなかった――。

 かわりに涙がでてきた。

 時間にして数秒の後……。

 姉の姿は霞のように消えていった。

 「――今のは……? 」

 お礼よ――お礼。香月副司令はそう言うと、まるでイタズラを成功させたかのように楽しげに笑った。

 桜の木をもう一度見た。

 もちろん、姉の姿はそこにはない。

 桜の木が寂しげに立っているだけだ。

 みちるちゃんの姿はあろうはずもない。

 でもその姿を忘れてはいけない。

 ボクはそう思った。

 なぜなら姉は間違いなくそこに存在していたのだから――。

 姉だけじゃない。

 皆のことを忘れるわけにはいかない。

 斉藤中尉が子供を両親に預けてまでも前線にいたのは何故か――?
 後藤少尉があれほどの怪我にもかかわらず、衛士として復帰したのは何故か――?
 家族を全て失くした佳奈が、あんなに明るい子だったのは何故か――?

 全部、ボクが受け継がなくてはならない。

 皆の肉体はこの世から消えた。

 でもその想いは消えることがない。

 ボクがいる限り。

 ボクが戦い続ける限り。

 いずれどこかでボクも命を落とす時がくるかもしれない。

 でもその時は笑って逝こう。

 そして誰かに託そう。

 この想いを。

 この生を。

 誰かに受け継いでもらうのだ。

 そうして想いは連なっていき――。

 継承された願いはいつか必ず……。

 必ず――。

 

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