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Muv-Luv SS脇役 整備班の場合3

 ――アイツらの名前を覚える必要はないぞ。

 忙しく作業を続けながら、あの男はそう言った。

 俺はその言葉にひどく不満をもった。
 身体を張って戦う者たちに失礼だと思ったのだ。

 まだ若かったのだろう。あの男が上官であるのにも拘らず、勢いよく噛み付いてしまったことを今でも憶えている。

 でも、あの男は動じなかった。

 ――そう思うのは貴様の勝手だ。アイツらをいちいち相手にしてやりたいのだったら、勝手にすればいい。
 ――補充兵が来たと思うと、まだ名前を覚えないうちに勝手に死んでいく。
 ――クソ袋のタグを覚える趣味は、俺にはないね。

 そう言ってあの男は笑った。
 機械のように冷たい笑い方だった。









 2001年12月27日  横浜基地










 甲21号作戦に参加したA-01部隊は12機。――そして2機が未帰還となった。

 佐渡島ハイヴの完全消滅という結果は、BETA戦争勃発以来の快挙と言えるものではあるが、その代償として失ったものはけっして小さくはなかった。
 発表されている数字をざっと見ただけでも、帝国はその全戦力の四分の一強を失っている計算になる。

 ウチの連中も例外ではない――。

 A-01部隊は伊隅大尉、柏木少尉の二名を失った。

 長期に渡って部隊を指揮してきた伊隅大尉の死は、俺にとっても慣れ親しんだ顔が減ることである。
 何か大切なものを、もう二度と取りにいけない場所に置いてきてしまったような気持ちになる。

 柏木少尉も同様だ。
 若い女性というのは群れてるだけでやかましい。
 明るい彼女の声はハンガーによく木霊していた――。
 だからこそ、それが欠けた時の反動も大きくなるのであろう。

 俺は事務室の窓越しにハンガーの中の作業を眺めながら、タバコを一本だけ吸っていた。

 ウチの連中も――、やはり思い入れのある衛士と機体を喪失したのが応えたのであろう。
 どいつもこいつも景気の悪い顔をしながら作業をしているのが見える。

 「班長、サインお願いします」

 開けっ放しのドアを、やはり不景気な顔をして入ってきた藤岡が俺に報告書を提出してきた。
 手渡された報告書を目を通しもせずにサインする。

 藤岡は――、ウチの班では最も若い人材である。

 年齢のわりには腕が良く、本人の向上心も旺盛だったので、それなりの役職に抜擢して仕事を任せてきた。
 ――簡単にいえば、ウチの班の副班長である。

 俺は当初、この整備班での俺の補佐役には、同世代の清水か今野に任せるつもりであった。
 若手を抜擢しようという考えはまったくなかった。

 清水は長身の痩せ型の男でOSの類やセンサーなどに詳しく、今野のほうはがっちりとした体格の男で、俺と同じく駆動系が得意分野であった。
 二人とも教え上手だし部下にも慕われている。
 双方とも基地内の技術屋連中には一目おかれる存在である。
 どちらに決めるにしろ、何の問題も起きようはずもない妥当な人事のはずだった。

 俺が強権で決めるよりは――、と思い三人で話し合いをしたところ、清水も今野もお互いを推薦しあうものだから、なかなか埒が明かず、話はいつまで経っても平行線だった。
 しまいにはジャンケンだ、くじ引きで決めるだの――、酒の力も手伝ってグダグダな話になってしまったのだ。
 すっかり酔っ払っていた俺は、――二人で決めて明日報告しろ、と言い残して自室へと帰っていった。

 翌朝、二人が雁首揃えて言ったのが、ウチの班の最も若手である藤岡を副班長にするという案である。

 藤岡はナリこそ小柄だが、勤勉で吸収も良く、将来は有望な若者だ。
 確かにその行く末には俺も期待はしている。

 ――だからと言っても、それより腕の立つものもいるし、第一アイツ自身がまだ先輩たちに技術的なコツというものを教わっている段階だ。

 「なんで藤岡なんだ? 」

 俺がそう聞いたのは当然のことであろう。

 「――若いからです」

 今野が言った。

 「副班長になったからといって、その後すぐに班長になるというものでもありませんでしょう」

 清水が続ける。

 「それに――、中堅の整備士は他所に引っ張られる可能性が高いです」

 それは事実だった。

 出撃回数がやたらと多いうえに、様々な条件下で戦うA-01部隊を担当するウチの班の連中の腕前は一級品だ。
 ウチの連中の腕が立つことは、色々と知れ渡っていて、人手が足りなくなるとウチから人材を引き抜こうとする動きも多い。
 人事は特務部隊を担当しているウチに優先権があるのだが、ウチの若手を新しい班の班長として迎えたい、などと言われると嬉しくなって送り出してしまうことがあったのも事実なのだ。

 「……他の人間が腐らないか? それに本人の意思は? 」

 班の雰囲気が乱れたとて、仕事の手を抜くような奴らではない。
 だが、できるだけ良い気分で仕事のできる環境を作ってやるというのは上司の仕事だ。

 「大丈夫です――」

 なぜか清水と今野が力強く言い切る。
 妙に自信ありげだ。

 「問題ないです」

 なんだかよくわからないが――、俺は二人の提案をのむことにした。



 副班長といっても、別に正式の役職ではない。
 あくまでも整備班の中での役割だ。
 給料が上がるわけでも、階級が上がるわけでもない。
 通常の整備や修理の他に事務作業と管理業務、それに伝達業務が増えるだけだ。
 藤岡に技術指導は出来まいし、ついでに言えばウチの連中にそれが必要だった段階は、もうすでに通過していた。
 藤岡に出来ることは基本的に雑用だけだろう。
 清水と今野に任せた場合とは違い、俺の代理をこなすのは難しいだろう――、そう思っていた。

 軍の書類作業というのは面倒だ。
 やたらと数が多いうえに、弾の一発までしっかりと勘定する。
 もちろん、武器を扱っているという観点で見れば、それはまぎれもなく正しいことなのだが、部品にしても弾薬にしてもこれだけの消費量である。
 そう簡単に数字を固められるわけではない――。
 清水と今野がお互いに押し付けあったのも、案外この辺に答えがあるのかもしれない。
 
 ところが意外にも藤岡はそれを平然とこなしていた。
 手際がいいのだ。
 几帳面な性格が功を奏したのだろう。

 驚くとともに、清水と今野があれほどにまで強く推薦した理由がわかった。










 藤岡をテストしてみようと思ったのはA-01部隊に関係がある。

 彼女たちは長期間、隊長を務めた伊隅大尉を失った。
 それでも速瀬中尉や涼宮中尉を中心にしてしっかりとまとまっている。

 それを見ていて思ったのだ。
 もし俺がいなくなったら――、ウチの班はしっかりできるのだろうか? と。

 今の藤岡はしっかりと業務をこなしている。
 書類も正確だし、作業工程作成も隙がない。
 その仕事には不満はない。

 でももし、俺という絶対の庇護がなくなってしまったらどうなるのであろう? 
 若い藤岡に、クセの強いウチの班の連中を抑えることができるのだろうか?
 それが不安に思えた。

 俺だっていつ死ぬかはわからない。
 死んだ後に、中途半端な作品は残していきたくはないのだ。

 だから試してみることにした。

 佐渡島から帰還したA-01部隊のオーバ-ホール作業を全て、藤岡に仕切らせてみる、と。
 当然ながら、俺は口をださない。清水と今野にも控えさせるようにした。
 その状況でウチの連中がどこまでできるのか――?

 佐渡島ハイヴがなくなり、当面の脅威は低い。試験してみるのには最高の場面だと思ったのだ。

 案の定、藤岡はウチの連中から色々な突き上げをくらっていた。
 ウチの連中は腕は確かだが、そのぶんクセのある奴が多い。

 俺であれば、睨みのひとつで黙らせることもできるし、仮に相手が臍を曲げたとて、清水と今野が影でフォローしてくれる。

 藤岡がどう切り抜けるのかが見ものだった。

 整備手順や作業の進行具合で、班の連中と藤岡が激しくやりあっているのが、ここ最近のよくある光景になっていた。
 











 





 デフコン1が発令されたのは2分前だった――。

 俺は素早く事務室に駆け込み、司令部と直結されているモニターを眺めた。
 この機材は簡単な状況説明と命令を伝えてくれる。

 A-01部隊にも出撃準備の指示がでていた。
 不知火のオーバーホールは済んではいるものの完璧とは言えない。
 俺が自分で仕切っておけば良かった、と臍を噛んだ。

 割り込みで速瀬中尉から出撃装備の指示が入る。

 要求装備は中近接戦闘装備。

 他の部隊に要請されているのもほぼ同じだ。

 BETAとは距離をとって戦うのが常だ。
 あえてそれをしないということは――。
 つまりここ横浜基地が戦場になる、ということを端的に表していた。

 藤岡が俺の肩越しに同じモニターを見ている。
 副班長なのでそれは当然の行為だ。

 振り返った俺と視線が合う。

 「……班長、自分の試験は、まだ継続するのですか? 」

 藤岡は不安げに言った。











 
 ――町田で交戦している。

 A-01部隊を送り出し、再び事務室のモニターで戦況を確認する。当然ながらたいした情報は入っていない。
 だが町田を抜かれたら、三十分以内に奴らは基地まで到達する。

 ――乱戦必死の状況、か……。

 大陸遠征と西日本撤退戦の記憶が蘇る。

 迫り来るBETAの群れ。
 次々と減っていく味方。
 何度、修理や補給をしても、まるで追いつかないのだ。
 名前を覚える間もなく衛士たちが死んでいった。
 後方にいたはずの俺のいた部隊も襲われた。

 ――あの男はあの時に死んだ……。

 今、思い返してみても腹の立つ奴だったが仕事を放り出して逃げるような奴ではなかった。
 最後まで残り壊滅的な戦線を保持し続けた。
 そんな状況のなか、応急処置を戦術機に施した経験が俺にはあるのだ。
 打てる手は全て打っておかねばなるまい――。

 ハンガーは地上にある施設と地下に埋没した部分の二階建てになっている。
 通常、戦術機は地下で修理保管されていて、エレベーターで地上施設に運搬され、そこから出撃する。

 しかしこの状況を鑑みると、弾薬や装備品の一部を地上に上げておいたほうがいいように思える。
 わざわざエレベーターを使って地下に降りて、補給や整備をする時間はないように思えるのだ。

 ――まずは即時対応をできるようにしておく。 

 部隊はすでに出撃させたので、もはや補給コンテナを各所に配備することぐらいしかやることがない。 
 それがより一層、不安を高まらせてゆく。班の連中の緊張も高まっているようだ。

 





 事務室のモニターの前に張り込む。
 冷め切っているはずのコーヒーカップに手を伸ばし、口をつけようとした瞬間だった。
 突如、激しい震動が基地を襲った。
 まさか――、と思った。

 次の瞬間、モニターに緊急事態発生のレッドアラートが表示された。

 ――横浜基地付近に大規模BETA群を確認。

 同時に機械化強化歩兵以外の職員の地下への退避命令が発動される。

 藤岡が慌てている。

 亀の甲より年の功――、とはよく言ったものだ。
 大陸遠征に同行した経験がこんなところで生きるとは思ってもみなかった。
 あの敗走の経験は確実に俺を支えてくれていた。

 「――全員を一階に集めろ、大至急だ」

 全員に地上施設に上がるように伝える。
 藤岡は館内マイクで皆にそう伝達した。



 集められた班員の顔には緊張が手に取るように見える。
 本拠地であるここを目指してBETAが侵攻してきているのだ。

 もはやここが戦場になるのは間違いない事実なのだ。

 だが誰も不安を口にしないのが流石だった。

 皆が俺の顔を注視している。

 混乱し戸惑っているのであろう。
 逃げるのか、留まるのか。
 逃げるならどこに行けばいいのか。
 留まるなら何をすればいいのか。
 それがわからずに連中はただ焦燥感を抱えている。

 誰かがコイツらに火を点けてやらなくてはならない――。

 そしてそれは間違いなく俺の役目なのだ。
 俺は全員の顔をぐるりと一巡して見ると腹の底から声を出して言った。

 「いいか!? 常々言ってきたが俺たちは整備兵じゃねぇ――、俺たちは整備士だッ! 『士』っていうのは衛士と同じだ! 『侍』ってことだ――。いいか!? 俺たちは侍だ! ここが戦場だ! ここが死に場所だ! 」

 ――全員が炎を腹に呑み込んだような表情をしている。

 「いいなッ!? 手前らッ! 衛士を生かすも殺すも俺たち次第だ……! どんな熟練の衛士だって弾がなければBETAを撃てねぇ! 刀がなければBETAを斬れねぇ! ……全員ここで死ぬぞ!! 」

 気合の入った返事が重なる。
 それはまるで合戦前の鬨の声のようだった。


 物量戦の準備に取り掛かる。
 予備の機体に灯をいれて、いつでも出撃できるように暖気しておく――。
 倉庫の在庫を全て解放し、最速で作業ができるように準備を整える。
 

 ハンガー内は騒然としていた。
 物資を載せたフォークリフトが走り回っている。
 歩いている奴は一人もいない。
 全員が、自分が何をしなければいけないのか理解している。
 俺の望んだ姿がここにはあった――。



 遠くで爆音が聞こえてくる。
 数秒遅れて、ハンガーの窓ガラスがビリビリと震える。
 その時間がだんだんと縮まっていく――。


 撃震が二機、ハンガーに駆け込んできた。
 一機はほぼ無傷だが、もう一機は左腕の整備が必要だと見えた。
 左肘関節部から火花があがっている――。
 おそらく長刀でBETAの硬い部分を切断する際の負荷で、関節のギアがいかれたのであろう。

 藤岡がマイクで二機の誘導をしている声が聞こえた。

 「60407にはALMランチャーの取り付けのみッ――、60301は左腕をパージする! 5分で付け替えるぞ! 衛士は戦術機の中で待機しろッ! 」

 左腕を根元から付け替える――、藤岡はそう指示した。
 それは左肘関節部をチェックしてから修理するより数段速い――。
 的確な判断だった。
 俺は一人でにやりと笑った。

 それが皮切りだった――。

 俺たちのハンガーには次々と戦術機が雪崩れ込んで来た。

 装備変更を望むもの――。応急処置で済むもの――。
 大きくダメージを受けているもの――。
 まさにここが前線基地になっていた。
 深刻なダメージを負った機体は放棄し、用意しておいた機体に乗り換えさせる。
 速度こそが命だった。

 それが上手く機能しているのは――。
 先日のBETA急襲で皆が一度、経験を積んでいたからかもしれない。
 
 不幸な出来事ではあったが、トライアルの際のBETA襲撃は、基地の雰囲気を変えるきっかけになっていた。

 時間とともに爆音がハンガーの周辺でも聞こえるようになっていき、先ほどは流れ弾がハンガーの壁を貫いた。
 それでも、うろたえる者は一人もいない。
 ウチの連中の手際は素晴らしく、間違いなくヨソのハンガーの倍以上速さで仕事をこなしていた。

 やはり俺たちはチームだ。
 何から何まで、全てのピースがぴったりと嵌っていた。

 ダメージチェックと同時に推進剤の補充。
 いかれっちまった跳躍ユニットをひっぺはがし、投棄されていたヨソのまともなパーツと換装。
 非常に珍しい作業だが上半身にダメージを負った撃震と、主脚のいかれた撃震のニコイチを10分で完了した――。
 撃震の衛士が驚嘆していた。

 俺は班の仕事に誇りを持っていた。
 ウチの連中はいま、最高の仕事をしている。











 A-01専用――オルタネイティブ計画の専用の整備チームを創る――。
 副司令はそう言った。
 そのチームは、新型兵器の開発や極秘任務を引き受ける精鋭部隊を手がける、と――。

 ――だから最高の整備士が必要なの。
 ――どこから引っ張ってきてもいいから、班長として最高のチームを創りなさい。

 俺に全ての人事権が与えられた。
 俺は横浜基地中の整備士の人事ファイルをひっくり返し、何十人もの整備士たちを面接した。

 俺が設けた基準はひとつだけ――。

 三度の飯よりも戦術機をいじくっているのが好きなクレイジーな奴ということだけだ。
 頭の良さも手先の器用さも関係ない。
 あの鋼鉄の巨人が動くことに官能を覚える、正真正銘の変態野郎だけを集めた。

 できる奴を集めたほうが早い。
 そう言ってくる連中もいた。
 ――俺はありがたくそのアドバイスを無視した。

 それから俺の集めた変態野郎どもに、俺の知る限りの技術と知識を伝えていった。

 それは――。

 間違いではなかった。

 だから今、これだけのBETAの群れが接近しているなか、この班だけは完璧に戦線を維持できている。
 瞬時に修繕をすませ、衛士を再び戦場に送り出す。

 「班長、アンタらも早く地下に潜ったほうがいいぞ! 」

 旗色が良くないのであろう。作業待ちの一人の衛士がそう言ってくれた。

 「……潜ってもいいがね。……作業を中断することになるがいいのか? 」

 俺がそう返すと、その衛士はあきれたように呟いた。

 「……そうだな。そいつは俺の機体の作業が終わってからにしてくれや」

 俺とソイツは顔を見合わせて笑った。
 名前などお互いに知らない。
 何回か見かけたことがある程度の間柄だ。

 それでも、俺とコイツの間には信頼関係があるのだと思う。

 幸運を祈る――。

 万感の思いを込めて、その一言で送ってやる。

 外に漏れるハンガーの照明は衛士の心を勇気づけるだろう――。

 ――俺たちは見捨てられていない。
 ――アイツらのためにもここは抜かせない。

 言葉を交わさなくともわかる。
 衛士と整備士はそんな関係だ。





 だがそれも限界に近づいていた――。




 ハンガーの中の売り物はすでに底をつく直前になっていた。
 


 ――……潮時だな。

 もうこれ以上は意味がない。
 人手が多すぎる。
 もはやこのハンガーで出来る作業は、せいぜい三人もの整備士が残っていれば、こなせるような仕事だけだ。
 爆音も徐々に近づいてきている。
 いつ誤爆があってもおかしくない――。

 だから俺はマイクを握り、全員に声をかけた。

 「整備班各員に告げる――。……三十歳以下のガキどもは藤岡を中心にして基地の地下施設へ避難しろ。――残りはジジィ組が引き受ける」

 三十歳以上は俺を含めても三人だけ。
 そいつらには悪いが付き合いが長い分、地獄まで一緒に行ってもらうつもりだった。

 藤岡が走って俺のところに向かってきた。
 その顔は怒りの色を通り越し、ほとんど紫色になっていた。
 肩と口唇が震えている。

 「何をッ、勝手に決めてんですかッ班長!! 俺らを『侍』って言ったのはアンタでしょうがッ!? 」

 純粋に怒ってくれていた。

 俺はそのことがたまらなく嬉しかった。

 藤岡だけじゃない。
 いつの間にか若手全員が俺のもとに集まってきていた。
 口々に不平を並べている。
 誰が教育したのかわからないが、普段からこいつらは口が悪い――。
 言葉使いがまるでなっちゃいない。

 でもその光景はあまりにもいつもと同じ、日常の光景なのだ。

 ――こいつは――、……こいつらは俺の宝だ――。

 戦術機をいじくること以外何の能力もない俺に、神様がくれた唯一の宝だ――。
 血縁こそないが、間違いなく俺の遺伝子を受け継いだ者たちだ――。
 そいつが無性に誇らしかった。



 だから――、俺はこいつらを一言で説得する自信があった。



 「……馬鹿野郎!! 何を勘違いしてやがるッ! ――整備士が一番忙しいのは作戦終了後なんだぞッ! 」

 連中を一喝してやる。
 連中は一瞬で静まる。
 
 「……そこまでは俺たちがやってやるから――、後は手前ぇらでやれ……! 」
















 「……三人だと結構広いもんですね――? 」

 人のいなくなったハンガーはやけに閑散としていた。
 いよいよ爆音が激しくなってくるなか、清水は妙に感心したかのように言った。

 「悪ぃな……」

 ――いい奴だ。死なせるのには本当に惜しい奴だった。

 「いや、いいですよ。あぁでも言わないと全員、残るって言って聞かないでしょうから」

 「……だなぁ」

 今野も楽しげに相鎚をうった。

 俺と清水と今野との付き合いは長い。
 お互いが駆け出しの頃から知っている戦友なのだ。

 すでに俺たちはハンガーの外に、使えそうな装備をすべて並べ終えていた。
 勝手に持っていけ――。
 取り易いように置いておくから。

 人間様相手の戦争ならとんでもない行為になるのだが、相手はBETA――。
 戦術機用の装備など見てもわかるまい。
 ハンガーにあるものは最後の一発まで、すべて渡してやりたかった。

 その作業にかかった時間は34分。
 
 その間に3機の戦術機にも補給と応急処置をした。

 やれることはすべてやった。
 店はもう完全に閉店の時間なのだ。
 地上施設の完全放棄命令も20分ほど前に発令された。

 だからと言って今更、地下に避難もできない。
 小型種の侵入を警戒して、地下へ続く道はとっくの昔に封鎖されている。
 逃げ場などというものは、最早どこにも存在しない。

 俺たちはハンガーの中から戦場を眺めていた。
 支援砲撃の音。120mmの発射音。36mmの連射音。
 爆発と爆煙。
 ハンガーの周りはいっそ賑々しいくらいになっていた。

 「……た~まや~」

 今野の呟きに俺と清水が笑った。それを聞いた今野本人も笑い始めた。

 一頻り笑った後、俺は二人に声をかけた。

 「――手前ら、ただで死ぬつもりじゃないだろうな? 武器を全部集めろ。バリケードを作るぞ」








 
 トライアルの事件以降、横浜基地の各所では緊急時用の武装が一部に設置されていた。
 このハンガーにもM-16が一丁だけだが事務室に保管されていた。
 清水がそいつに弾を込める。
 マガジンをはめ込む手つきがどうにも怪しい。
 戦術機を扱うようにはいかない様子だった。

 それ以外にもハンガーには色々と使えそうなオモチャが転がっていた。

 ハンガーにある電動ノコギリは戦術機の特殊装甲を解体するのに使われるため、ブレードを特注品に変更してある。
 こいつならBETAでも何でも切り裂けるはずだ。
 他にも釘打ち機や液体窒素なんかも使えそうだった。
 

 俺たちは事務室を最終防衛ラインと定め、その前にバリケードを築き始めた。
 こんな時にも係わらず、ハンガーのなかにBETAの侵入を許したくないという気持ちが働いたのだろう。
 どうしてもガントリーや整備道具を守りたかったのだ。

 隙間だらけの、頼りないバリケードである。
 壊れた戦術機の主脚を横倒しにして、それをフォークリフトやガラクタで補強しているのだ。

 正直な話、戦車級にでも襲われた場合には、何の役にも立つまい。
 一瞬のうちに蹂躙され、俺たちは死ぬことになるだろう。

 それでも――。

 この切羽詰った状況の中でも、何かを作っているというのは、技術屋としては気持ちを落ち着かせてくれる何かがあるのだ。

 ――急造にしてはなかなかの出来栄えなのではないだろうか?

 間の抜けた話だが、俺たち三人は出来あがったバリケードを少し離れた所で並んで見ていた。

 M-16を固定砲台に見立て、バリケードに侵入してくるものは電動ノコギリで応対する。
 ストーブ用の余った燃料を使い、火炎瓶もどきもつくってみた。

 こんなものがどれだけ役に立つかはわからない。

 だが――、いつだって秘密基地というものは、男の気持ちを熱くさせるものなのだ。
 妙に誇らしく、なんとなくやれそうな気がしていた。
 俺は後ろにいる二人に振り返り、――なかなかのもんじゃねえか? 
 そう言おうとした。



 二人の笑顔のずっと後ろに――、何かの影が立っているのが見えた。
 
 ハンガーの入り口だ。
 あきれたことに閉鎖することを忘れていた。

 爆光に浮かび上がるそのシルエットに俺は覚えがあった。

 ――……闘士級……。

 大陸遠征に同行したことのある俺には見慣れた奴だ。
 アイツのせいで何人もの人間が殺されるところも見たことがある。
 動きが素早く、やっかいな奴なのだ。

 戦術機の主な相手は、突撃級や要撃級といった比較的、大型のBETAだ。
 小型種である闘士級、兵士級は基本的に無視することも多い。

 それら小型種を相手にするということは戦術機を人間に例えるなら、機関銃を使って家の中のゴキブリを始末するようなものだからだ。
 費用対効果も悪ければ、駆除効率も良くはない。

 だから通常、小型種全般は機械化強化歩兵か強化外骨格を纏った衛士が相手をするのだ。

 間違っても、素手の素人がケンカを売っていい相手ではない――。

 そしていまソイツがこちらを見ていた。

 象の鼻のような腕が――。
 頭頂部にある複眼が――。
 ゆっくりと動き、こちらを発見したことを告げていた。

 背筋が凍った。

 うかつにもM-16はバリケードの上に置いてある。
 手元にあるのは俺がオモチャ代わりに握っていた電動ノコギリだけだ。

 二人はまだ気づいていない――。

 だから俺はできるだけ、呑気を装った声をだした。

 「……よぉ。お前ら――、俺が合図したら左右に別れて走れよ」

 二人が緊張したのがわかった。
 二人とも後ろにBETAがいることを理解したのだ。

 ハンガーの外で一際、大きな爆発があった。

 ――それを合図に奴がこちらに向かって走り出した。

 「いけッ――!! 」

 合図をだすと同時に電動ノコギリのスイッチをいれ腰溜めに構える。

 闘士級の大きさは2m強。
 ソイツが人間では出しえない凄まじい速度で接近してくる。
 まるで巨木が迫ってくるようだ――。

 俺の目の前で象の鼻のような一本腕が高く持ち上げられ、それが鞭のようにしなって俺に叩きつけられる――。

 ――電動ノコギリから手を離さなかったのは奇跡だろう。

 どんでもない馬鹿力で打ち下ろされた奴の腕を、俺は反射的に電動ノコギリで受けたらしい。
 そのまま撥ね飛ばされ、地面に転がった。

 奴の腕は大きく傷つき、その中ごろから大量に出血していた。

 もう少し奴の腕力が強ければ――奴の腕が両断されるか、逆に勢いに負けた俺の身体が、電動ノコギリで輪切りにされていたであろう。

 奴は二歩ほど後退していたものの、まだ闘志は衰えていないようだった。

 一本腕が大蛇のようにのたうっている。
 その傷口から溢れ出す体液がやけに臭う。

 俺はなんとか身を起こし、電動ノコギリを構えなおし、奴を牽制した。

 ――誰が言ったか知らないが、BETAは頭が悪いというのは嘘だ。
 奴は電動ノコギリのブレードには触れないように、その横腹を何度も叩き、何とかして俺から電動ノコギリを取上げようとしていた。

 怖い。
 足が震える。
 今、踏み込まれたら間違いなく死ぬ。
 衛士でない俺がBETAと睨み合いをするはめになるとは思ってもみなかった。
 恐怖で足元から力が抜けていきそうになるのを必死で堪える。

 「班長ッ! 下がって!! 」

 清水の声だった――。
 おそらくM-16にたどり着いたのであろう。

 ――馬鹿野郎! 下がれるかッ! 目を離したらその瞬間にやられっちまうんだよッ! 

 返事すらできなかった。
 奴はじっとこちらの様子を窺っているのだ。

 それを悟った清水が舌打ちして、狙撃できる位置まで移動しようとするのを背中で感じる。
 衛士でもない俺たちに精密射撃なんてのは不可能な話だ。
 できるだけ早く、狙撃可能位置についてくれることを祈るしかない。

 唯一、神様が味方してくれたと思ったのは――。
 こいつは俺が、先ほどの一撃を受けきれたのが、ただの偶然であることに気づいていない。
 それだけが救いだった――。

 早く――。
 気づかれる前に射殺してくれ。
 それだけしか考えられなかった。
 腕の力が抜けて電動ノコギリを落としてしまいそうなのだ。

 ――マズイ……。

 絶望が押し寄せてきたのはその時だった。

 ハンガーの外で何か動いているのがまた見えてしまった。
 大きな頭に間抜け面――。

 三匹の兵士級の姿が見えたのだ。




 野太い怒声が聞こえたのもその瞬間だった――。

 今野だ。

 今野がフォークリフトで俺の前に立つ闘士級に突っ込んだのだ――。
 1t以上もの重量を持ち上げることのできるフォークリフトは闘士級に激突し、そのまま奴をハンガーの内壁に押し付けた。

 「清水ッ! お前は兵士級を抑えろォ! 」

 走りながら怒鳴り闘士級へ向かう。
 壁面に衝突したくらいでBETAが死ぬわけはない。

 案の定、奴は全身をのたうたせながら、今野の乗ったフォークリフトを押し返そうとしていた。

 駆け寄って電動ノコギリを闘士級の頭部に叩き込む――。
 奴はそれを一本腕でガードしようとした。
 
 抵抗を受けモーター音が高く響き、奴の体液がそこらじゅうにまき散らからされる。

 清水が叫びながら兵士級に発砲している。

 奴の腕で一度に三匹の兵士級を始末するのはまず不可能だろう――。
 嫌な認識をしてしまう。
 だが手助けはできない。

 体重をかけて押し切ろうとする。闘士級の体液を全身に浴びる。

 電動ノコギリは奴の腕をすでに半分ほどにまで切り込んでいたが、それでも奴がそれを動かす度に身体ごと持っていかれそうになる。
 今野が必死になってフォークリフトのバランスをとる――。
 まさに人間とは違う生き物の力だ。

 兵士級は――。驚いたことに、二匹は清水が倒すことに成功したらしい。
 だが一匹が生き残っていて、ソイツがこちらに向かってくるのが視界に入った。

 清水の位置からではもう撃てない。
 撃ったら俺と今野に当たる――。

 闘士級はいまだに大きくもがいていて、電動ノコギリを抜くわけにもいかなかった。

 兵士級は3mの距離まで近づいてきている。
 神宮司軍曹を喰らったという、醜い前歯がよく見える。

 ――……せめて――、せめてコイツ一匹だけでも道連れにしてやりてぇ……!

 俺は力の限り、電動ノコギリを闘士級の頭に押し付けた。――あと少しで殺せるはずなのだ。
 派手に体液は飛び散るが、その動きはまだ止まる気配がなかった。

 迫ってきた兵士級がフォークリフトにその手をかける。
 
 今野はそれに気付いているのだが、闘士級に押し返されそうになっているフォークリフトのバランスをとることを優先していた。
 俺のためにも闘士級を固定しておく必要があるのだ。

 兵士級の大きな口がゆっくりと開かれ、唾液が垂れるのが見える――。

 「頭ァ、下げろォォ!!!!! 」

 誰かの叫び声。

 反射的に首を竦める。
 次の瞬間――。

 近づいてきていた兵士級の頭が破裂した。
 
 その後ろに何か立っている。

 強化外骨格だ。
 衛士の脱出用の装備だ――。

 それを纏った男が、兵士級の頭を撃ち抜いていた。

 「……間に合ったみたいだな、班長」

 闘士級も始末しながらそいつは言った。
 見たことのある顔だった。

 「お前さんは……」

 数十分前に会話を交わした男だ。
 俺に逃げろと勧めた衛士だった――。

 「班長が残ってるんじゃないかと見に来て正解だったぜ――」

 














 佐渡島攻略後――、この基地に所属していた戦術機は約250機。
 その大半が今回の戦闘で失われた。
 
 ウチのハンガーからはなかったが、場所によっては整備士が戦術機で出撃したところもあるらしい。
 無茶な話だ。
 そして口惜しい話だ。
 多くの人員と貴重な装備が失われた。

 おそらく俺が生き残ったのも、奇跡の部類に入る事柄だろう――。

 結局、餅は餅屋に――。
 戦闘は兵士に――、というのが正解なのだろう。
 あの後、俺たちは逃げ落ちてきた二人の機械化強化歩兵と合流した。
 ハンガーの大扉を閉め、照明を消してハンガー内の俺たちのバリケードに立て篭もった。
 BETAの群れの通過していく足音を何度も耳にした。

 A-01専用のハンガーであるため、他の部署から離れた所にあった――、というのが幸運だったのかもしれない。
 俺たちの前に姿を現したBETAは拍子抜けするほど少なかった。

 衛士たちはBETAの侵攻の流れが変わったことを見抜き、しばらくすれば助かるかもしれない、と言った。
 俺には見当もつかなかったが、あきらかにBETAが違うところに向かっている流れだ、と言っていた。

 それから数時間後――。

 俺たちは仲間の手によって全員、救出された。

 ありがたいことに地下に逃げた連中も全員無事だった。

 連中に再会した時、俺たち三人は顔を見合わせて噴き出してしまった。

 あの一癖も二癖もあるウチの班の連中が涙ぐんでいるのである。
 普段は――、このクソ爺ィ――と可聴域すれすれの音量で文句を言うことを楽しむような連中である。
 それが情けなくも鼻水を垂らして泣いている。

 実に爽快な光景である。
 
 なかでも藤岡が一番、取り乱していた。
 普段は冷静なアイツの――、らしくない態度に俺は少し驚いていた。

 化粧っけのない顔に色気のないツナギ姿である。

 それでも。

 それでも若い女に胸に飛び込まれ泣かれるというのは――、なかなかオツな経験だった。









 現時点でまともに稼働する戦術機は10機ほどで、しかもその半数が帝国軍戦術機の武御雷だ。
 つまり横浜基地は事実上、壊滅したと言っても良い。 

 俺は藤岡から提出されたA-01部隊戦術機のチェックシートを見ながら、いくばくかの寂寥の思いを抱えていた。

 A-01部隊も大きなダメージを受けていた。
 戦闘稼働可能な、まともな不知火は存在していない。

 特に小僧の乗っていた機体はダメージが酷く、超音波診断をしたところ、金属疲労で全身がいつ崩壊してもおかしくないところまで使用されていた。

 他の隊員の不知火もそうだ。
 彼女らは、その限界まで不知火の能力を使いきってくれた。
 戦術機が壊れるのは悲しいことだが、機体が限界まで彼女たちの信頼に応えられたとしたならば、それは誇ってもいいことであろう。

 ただ残念なのは戦術機の損傷ではなく――、部隊の人員にまたも死傷者がでたということだった。

 先日、新隊長になったばかりの速瀬は死亡。CPの涼宮中尉も亡くなったという――。
 その他にも重傷者が続出し、部隊の生き残りは先日まで訓練兵をしていた連中だけになっていた。

 俺はいなくなった連中の顔を思い浮かべながら、一本だけタバコを吸った。





 「藤岡、作業手順――」

 狭い事務室の中で、藤岡に報告を命じる。

 藤岡の態度はどことなく、つっけんどんだ。

 「はい。即応部隊は現在、使用可能なF-15とF-4に任せます――。まず状況を司令本部に伝達しそれからA-01を最優先に作業にかかります。
 ――私見では全ての不知火をバラして再構築するなら今から48時間で、3機の不知火を再生できます。作業の後の確認が必要ですから時間はこれ以上はまかりません」

 3機の不知火を修理するため残りの不知火は解体し、全て部品取りに使う――。
 かなり大胆な意見だ。
 時間が潤沢に与えられるなら、メーカーから部品を取り寄せ、全ての不知火を元通りに修復するという手段もあるのだから。

 藤岡はこれで正解のはずです――、という表情で俺を見ていた。

 奴にはもう少し自信を持たせるようにしたほうが良いのかもしれない。

 「もしBETAの残党が再びこの基地に襲撃をかけたら……? 」

 ――バラした不知火は機動できない。基地防衛はどうするんだ? そう問いかける。

 「……色々考えましたが……」

 「……」

 「その時はお手上げです――。逃げるしかないですね」

 俺は笑って、その作業計画書にサインをした。







 藤岡が全員を集合させ計画の説明をしているのが、事務室の窓から見える。
 手を挙げて発言するもの、強い口調で何かを言っているもの。
 相変わらずその様子は混沌としている。

 だが藤岡はなかなか上手にそれを裁いているようだった。
 キツイ状況であるのにも係わらず、皆の顔に笑顔が浮かび始めていた。

 「なかなかやるもんですね――? 」
 
 俺の隣にいた清水が笑っていた。

 「整備班というよりは……、文化祭実行委員会って感じですね」

 今野も笑っていた。

 「まあ……。人それぞれやり方はあるだろうからな――」

 俺がそう言うと二人とも大きな声で笑った。

 あそこにいる連中は皆、藤岡のことが好きなのであろう。
 好きな子にはイジワルをしてやりたい。
 まったくもってガキ臭い気性の連中である。




 内線電話が鳴った。
 小型ディスプレイに表示されているのは司令部からだった。
 受話器をあげ名乗りをいれる前に向こうから声をかけられた。
 
 酷いノイズ混じりの回線の向こうから副司令の声が聞こえてきた。

 ふと昔のことを思い出す。

 ――XM3の時もそうだったな。

 そう滅多にあることでもないのだが副司令から直接、俺に内線がくることはある。
 妙なところで義理堅いところのある彼女は、無茶な要求をする時には他人の手を介さない。
 必ず自らの口頭で要請してくるのだ。

 「悪いけど大至急、動かせる戦術機を回して欲しいのよ。この際、陽炎でも撃震でも何でもいいから、一番状態の良いものを接収して。……できる? 」

 ――できる? 珍しいこと言いやがる……。

 あの魔女もさすがに疲れているのだろう。普段はしない口の利き方にそれを感じた。
 ――だから俺はこう言ってやった。

 「……できるに決まってるだろう。ウチの若いのは元気が有り余っているからな。48時間くれれば不知火でも3機は完璧にして揃えられるぞ! 」

 一瞬の沈黙の後、そうだったわね――、と彼女は小さく笑いながら返事をした。

 副司令も俺と同じだ――。
 仕事狂いの変質狂だ。
 そういう奴にしかわからない呼吸というものが、この世には確かにある。

 「……悪いけど、そんなに時間はあげられないのよ。……班長の最善を尽くして頂戴。S11を搭載した戦術機を5機、24時間以内に揃えなさい」

 いつものような無茶苦茶な要求――。

 そして、その要請に完璧に答え続けたのが俺のチームだ。

 ――いっそのこと、帝国軍の戦術機を接収してしまうってのはどうだい?

 頭の中でそう呟く。
 しかしそれは無理な話だ。
 何しろただの帝国軍じゃない。
 正確に言えば帝国斯衛軍だ。
 政威大将軍殿下直属の部隊に手をつけろ、とは俺の身分で言えた話ではない。

 「……了解しました。――しかし穏やかじゃないな? 」

 ――不知火の作業は中止。
 受話器を顎で挟み、両手でサインを作る。
 それを見た清水が事務室を出て藤岡のほうへ向かっていく。

 ようやく戦闘が終わったばかりだ。いったい何をしようとしているのだろう。
 内線電話の向こうで魔女が苦笑したのを感じる。

 「――……最終決戦よ。それじゃ、頼むわね。靴屋の小人さん」

 そう言って彼女は受話器を置いた。

 「そいつは重大だ……」
 
 とっくに切れている内線電話にため息混じりにそう呟く。

 最終決戦――。

 あの魔女の言う言葉なのだから嘘のハズがない。

 このボロボロの状態で、更にもう一戦しようというのだからため息がでるのも仕方がない。
 満足のいく戦術機をだしてやれるかの自信はなかった。
 それでも全力は尽くさざるを得ない。
 
 なぜならそれがウチの連中のポリシーだからだ。
 衛士のためなら何だってやってやる。
 あらゆる準備は完璧にしてやる。

 だがら、ため息をついたのは自分のためではない。

 A-01の連中のためだ――。

 この苦しい状況のなかで彼女たちは休む間もなく新たな戦いに向かわなければならない。
 それがどれだけ肉体や精神に負担をかけるか――。

 せめて戦術機だけは完璧にしてやってアイツらを楽にしてやりたい。
 小僧の顔が頭に浮かぶ。
 いや、もう小僧と言われるような男ではない――。
 速瀬中尉亡きいま、アイツこそがA-01部隊の中心なのだろう。
 A-01部隊に所属した人間の顔が次々に浮かんでは消えていく。
 
 もう何人――、いや何十人の人間が消えていったのだろう。
 彼女たちの生き方はあまりにも苛烈で美しく――。
 それを直視してしまった者の心を深く傷付けるのだ。

 だから本能的に目を背ける人間もいる。
 見てしまったことをすぐに忘却しようとする者もいる。

 あの生を記憶することはひどく辛いことなのだから。

 だからこそ俺は――。

 「俺は忘れねえぞ――、絶対に忘れない」

 独り言だ。
 話しかけている相手はいつも同じだ。
 あのクソ上官の顔も俺は忘れてはいない。

 ――アンタ、怖かったんだろう? 
 ――怖いなら怖いと言え。悲しいなら悲しいと言え。

 もう二度と、俺と会話のできない世界にいるあの男に向かって毒づいてやる。

 ――そいつは別に羞じる行為じゃねえんだから……。

 それから俺はでかい声で藤岡を呼ぶと、こう告げた。

 「――24時間以内に5機の戦術機を最高の状態でA-01に引き渡すぞ! 寝ぼけた作業してんじゃねぇぞ! 」



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