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Muv-Luv SS脇役 イルマ・テスレフの場合

 2001年12月6日  丸野山―岩山 中間地点




 ――60分の休息ね……。

 ハンター1からそう告げられた後、F-22Aのコクピットの中でイルマはため息をついた。

 ――日本人ってやっぱり不思議だな……

 緊迫した局面のなかで、突如発生した時間的真空状態にイルマは戸惑いを隠せなかった。

 それにどうにも戦況は芳しくない。かろうじて『目標』は確保しているものの当初の予定通りに計画が進んでいるとは言い難い。
 部隊は完全に包囲され、このまま簡単に国連基地にたどり着けるなどという展開にはならないのは確実だった。

 ――『連中』は部隊の中に私以外に何人かは協力者をつくってある、とは言っていたけど……。

 部隊がこれだけバラバラにされてしまっている現在、本当に近くに『味方』がいてくれているのかはわからなかった。

 ――考えていてもラチは明かないか……。

 そう思うと急に戦術機のコクピットが息苦しくなってきた。イルマはハンター1に連絡をいれると機体を離れた。
 夜の森の空気は冷たく、冷気を肺一杯に取り込むと少しだけ気分が落ち着いた。
 
 ――計画が実行されなければいいのに……。

 木々のざわめきを耳にしながら、また先ほどと同じことをイルマは考えてしまっていた。

 ――これじゃあ休息にならないな……。

 思わず苦笑いしてしまう。これでは外にでた意味がない。

 頭を振って気持ちを切り替えようとする。どのみち、この先は戦闘になる可能性が高いのだ。
 今のうちに緊張の糸をほぐしておかねば、あとで悪い影響がでてしまうかもしれない。
 イルマは誰か話し相手になってくれる人がいないかと近くの森の中を見渡した。

 ほんの10メートルほど先、木々の陰で背をもたれかかせるようにして小柄な人影があるのを見つけた。
 ひとり蕭然と立っていて、それだけでも緊張し不安にかられているのがわかった。

 ――横浜の訓練兵か?

 だとすればちょうどいい――。米軍の仲間とは話しをたくなかったし、斯衛部隊の連中などとは話しをするつもりなど毛頭なかった。
 話しかけてみよう、とイルマはその影に向かって歩いていった。

 「――訓練兵を出撃させるなんて、極東国連軍の人手不足は相当深刻ね」

 イルマが話しかけると小柄な人影は驚いたかのように顔をあげた。
 東洋人でまだ若い。――女の子だ。髪を不思議な形に結ってある。

 ――訓練兵だもんね。若いのは当然か……。

 ふいに妹の顔が思い出されてイルマは少し優しい気分になれた。

 「あなたも災難だったわね」

 「あ……いえ……」

 まだ少女と言ってもいい年齢だ。もともと東洋人は若く見えるし、なおかつ彼女は小柄だ。

 ――私の国なら12~3歳に間違えられてもおかしくないな……。

 イルマはくすりと笑った。

 「私もね、まさか人間相手の作戦に繰り出されるなんて、思ってもみなかったわ」

 「……」

 「日本には、一度来てみたいとは思ってたんだけど……こんな形でそれが叶うなんてね」

 「……はい」

 少女はまだ緊張しているようだった。そうだろうな、イルマは思う。間違いなく彼女の初めての実戦になるのだろうから――。
 
 「すみません少尉。……あの……こんなことになっちゃって……」

 「……え? 」

 少女の予想外の返答にイルマは答えに詰まってしまった。なんとなく愚痴のこぼし合いでもできれば、と思っていたのだ。

 「今は人間同士で戦ってる場合じゃないのに……」

 呟くように少女は言った。イルマは少女がいまにも泣き出しそうなのに気づいた。

 「……どういう事? どうしてあなたがあやまるの? 」

 「え……あ……その……」

 なんだか妙に言い辛そうだった。だからそれでイルマには予想ができた。

 「もしかして……あなたは、日本人? 」

 「……はい。そうです……少尉」

 「なるほど……そういうことか」

 少女の躊躇いがちな返事を聞き、イルマは可哀想だな、と思った。……少なくとも自分はまだ同国人に銃口は向けたことはない……。
 きっと先ほどのウォーケン少佐の言葉も、まだ耳に残っているのであろう。

 ――少し話してあげなければいけないな。

 イルマの心に義務感のようなものが芽生えた。
 
 「じゃあ、なおのこと辛いか……同胞に銃を向けるんだからね」

 「……任務……ですから……」

 「……そう」

 答えて少女は沈黙した。

 ――任務か……。

 そうだ。自分もそうなのだ。少女と同じだ。
 任務というものに縛られている。それが正しいかはわからない。
 だからと言って間違いだ、とも言い切れない。任務というのはそのようなものだ。たいていは私の都合など関係なく……。
 よその誰かの理屈によって作られている。
 そしてその誰かがアナタがやらなければいけないんですよ、と押し付けてくる。
 断ることは許されない。断ればそれは、自分より弱い、自分と同じほかの誰かのところに押し付けられてしまうのだから――。
 それを少女もわかっているのだろう。だからこそ、辛いのにそれを必死に我慢しようとしている。

 夜の森のなか、世界から拒絶されたかのように立ち尽くす少女を見ていると、イルマはまた、少しだけ優しくなれるような気がした。
 木々を抜ける夜風は日本も故郷も変わらない。この少女を少しでも楽にしてあげたい。

 「……私ね、フィンランド人なの」

 「……え? 」

 突然の話題転換に少女は少し面食らったようだった。その様子がまるで迷子の子猫のようで可愛い。

 「戦災難民なのよ。ほら、私の国、もう無くなっちゃったから」

 「あ……あの……私、なんていったらいいか……」

 できるだけ明るく言ってみたものの少女は恐縮しているようだった。
 
 「ああ、別にいいのよ。気にしないで」

 「でもどうして……フィンランド人のあなたが、米国軍にいるのですか? 」

 少しは少女の気が引けたようだった。――それでいい、ずっと任務のことだけを見続けないほうがいいのだ。
 イルマは話を続けた。

 「そうね理由は二つあって……まず、米国の市民権を取得するためね」

 「市民権……」

 「そう。戦災難民が市民権を得るには、軍にはいって除隊まで勤め上げるしか方法がないのよ。だから、今回派遣されている部隊のほとんどの人間が、私と同じ戦災難民からの志願者。お偉いさん方を除いてね」

 明るい話をしてあげなきゃ、と思って始めたものの少女の優しげなその顔を見ていると、イルマの心にひとつの情景が浮かんでくるのを止められなかった。
 普段はできるだけ思い出さないようにしている、あの辛く悲しい記憶が――。

 ……口唇が語るに任せて思いを吐き出してしまう。

 「あの地獄……ヨーロッパから生きて逃げ出せただけでも、随分贅沢なことなんだけど……」

 破壊される街。逃げ惑う人々。泣き叫ぶ赤ん坊の声。それはまさに地獄だった。
 生き別れになった友人たちの笑顔が脳裏に浮かぶ。米国に逃げ落ちたあとも、彼らとは連絡がつかない。
 きっともう連絡がとれることもないのだろう――。
 イルマはなかば確信していた。

 「私が市民権をとれば家族を難民キャンプから出してあげられるしね」

 移民して逃げた米国。逃げられただけでも幸いだった。そう思うべきなのだろう。でも……。

 実際には違う。

 違うのだ――。

 いま、世界のなかでも直接的にBETAの脅威にさらされていない国は、米国とオーストラリアぐらいなものだ。
 だから人々はそこに落ちてゆく。そこに向かって逃げて行くしかないのだ。移民の流入は止められない。

 そして皮肉なことに、移民によって創られたはずのこれらの国は、いまその移民の受け入れを拒否しはじめた。
 新たな移民の流入阻止の段階を迎えつつあるのだ。

 言うまでも無く、移民たちのそのほとんどは、特別な財産もなく、身体ひとつでやっと逃げてきた者たちである。
 ……簡単に言ってしまえば貧しいのだ。

 貧困のあるところでは治安は悪化していく。人類の歴史のなかで幾度となく繰り返された事実だ。
 食えなければ……。家族が食えなければ、人は何でもするのだ。

 イルマたちが収容された難民キャンプもそうだった。

 わずかなお金のために、大人たちはなじり合い、少年たちは人を傷つけ、少女たちはその身を売る。
 事件が起きても、警察は動いてくれない。動くにはあまりにも件数が多すぎたし、いっそ死んでくれれば面倒をみなくてすむからだ。

 そんなところに……。
 そんなところに家族は置いておけなかった。

 すっかり痩せてしまった母の、細くなってしまった指の感触が思い出される。
 
 だからイルマは志願したのだ。米国軍に。その実動部隊に――。

 
 「ということは……ご家族は無事だったんですね」

 「母と妹はね」

 それはイルマにとって誇りだった。たったひとつの――イルマが前に向かって生きている証だった。

 「父はフィンランド国軍に志願して、北カレリア戦線で行方不明……たぶんもう、死んじゃってると思うけど」

 父が出征していく様子がイルマの脳裏に蘇る。

 ……イルマ、母さんと妹を頼むよ……必ず帰って来るからな……。

 帰ってこれないだろうと自覚しながらも、それを周囲には思わせないようにする父。
 優しい人だった。本当に最後まで「父親」をやってくれた。

 「あの……すみません……私、余計なことを……」

 「もう! 今時珍しい話じゃないんだから、いちいち気にしないの!家族4人のうち三人が助かったなんて……奇跡よ」

 正直な話、父が亡くなったことは悲しい。
 でもどこかで納得している。きっと父は父らしく戦い――、そして死んだのだろうと。

 「ごめんなさい……」

 「でねっ……入隊のもうひとつの理由が、それ」

 「……それ? 」

 「敵討ちってわけじゃないけど……父がそうしたように私もBETAと戦って家族を守りたい」
 
 「お父さんと同じように……」

 少女は噛み締めるかのように、イルマの言葉を繰り返した。家族の話に反応した少女にイルマは夢を語った。

 いつかは国に帰り、父の墓をつくってやるのだと……。そこで家族と暮らすのだ。
 少女の表情がいつしかすこし柔らかくなっていった。
 
 イルマの話に答えるように少女は語り始めた。母親は病気で亡くなったこと、父親に可愛がられていること……。
 きっと愛されて育った子なんだな……。少女の優しい語り口でイルマは思った。大切に守ってあげなければいけない子だ、と。

 「私、イルマ。イルマ・テスレフ。……あなたは? 」

 「珠瀬 壬姫――あ、えと……ミキ・タマセです」

 「……ミキ……か」

 同じ名前の友人がいた。彼もまた行方知れずになっていた。

 「こんなこと言ったら失礼だけど、フィンランドだったら男の子に間違えられる名前ね」

 「えっ! 男の子……ですか? 何かフクザツですね~……えへへ」

 「結構、日本語で通る名前があるみたいなの。ほかにはミカとかアキとか……アホとか」

 最後のひとつは、以前、知り合いの日系米国人と話したときに知った笑えるもののハズだった――。
 確か日本語では、アホは「道化者」を表す言葉と聞いていた。

 「本当ですか! 」

 ミキは驚いたように笑った。成功したことにイルマは気を良くしていた。
 
 ――女の子は笑顔が一番だよ。父の言葉はもっともだ。

 「ねえミキ、いつか人類がBETAに勝って私の国が再建されたら……お父さんと一緒にフィンランドにいらっしゃい。私が招待するから」

 「――本当ですか?! 私、絶対行きます! あっ……でもフィンランドって凄く遠いですよね? 」

 「確かに遠いけど」

 ――本当に遠いところだけど――。

 「ソビエトを挟んでひとつ隣じゃない。日本に一番近いヨーロッパなのよ」

 そう言いながらもイルマにはわかっていた――。
 この約束は果たされない。いまの世界でBETAを駆逐するなんて無理だ。
 誰かが世界をひとつに、まとめてでもしてくれなければ……。

 でも、それでいいのかもしれない。

 果たすことのできない約束は――ずっと取っておくことができるのだから。
 果たされないであろう夢物語が語られていく。
 お互いにそれが適わぬことを知りつつも話を続ける。
 私がミキに全てを話せないように、きっとミキにも話せないこと、話したくないことをかかえているのだろう。
 でもそれでいいんだ。いまは霞のようでも希望を語り合いたい。
 ミキの悩みを聞いてやれるのは私ではない。……きっとミキの信頼に値する、私とは違う誰かだ。

 「……だからこそミキにはきて欲しいのよ。いい? 約束よ」

 力強く言い切る。
 言い切ることで明るい未来が訪れてくれる気がした。
 ……この娘には見せてあげたい。故郷の森を、そして1000を超えると称される湖の数々を……。
 きっと父も喜んでくれるに違いない。
 
 ふいに誰かに見られている視線をイルマは感じた。鍛えられた諜報員のサガで頭を動かさずに周辺を見渡す。

 ――……『味方』からのコンタクトか?

 緊張がイルマを包んだ。

 ――違う、か……。


 木立の中にひとりの少年兵が立っていた。

 彼もまた横浜の訓練兵だ。たしか先ほどまで『目標』を搭乗させていた吹雪の衛士だ。
 なかなかいい動きをしていた。

 ――ミキが心配で顔をだしに来たのかな?

 イルマにはそれがとても貴重なことで、そしてちょっぴり羨ましいことに思えた。

 「だから……早く終わらせようね。人間同士の戦いも……BETAとの戦いも」

 「……はい」

 「その時まで、お互いに絶対に死なない……。いい? 」

 「はい! 」

 ミキは力強く答えてくれた。それが今のイルマにはありがたかった。

 「よし。じゃあ行くね……そろそろ交代の時間だから」

 ――騎士くん、きみの出番だよ――。

 「あ、はい……。少尉、あの……お話できて楽しかったです。ありがとうございました」

 「私もよ。約束、忘れないでね」
 
 ミキの元を離れ機体に戻っていく。夜の闇はまだまだ深くて、夜明けはしばらく訪れそうになかった。
 星が少しだけ瞬いていた――。









 
 先ほどまで途絶えていた雪がまた少しだけ降り始めた。小さな綿毛が夜の風に踊っていた。

「……こちらハンター2。所定の位置についた」

 戦術機の座標を固定し報告をいれる。シートに腰を掛けなおして正面を見つめなおす。
 二体の戦術機が待ち合わせ場所に進んで行くのが見えた。――赤い武御雷と吹雪だ。
 周辺警戒をしなければいけないはずなのだが、どうしてもズームで吹雪を追いかけてしまう。

 ――『味方』からの連絡はまだない、か……。

 だからといってこのまま終わるはずもない。
 時がくれば必ず連絡をする、と『連中』は言っていた。

 ――データリンクも切られているのにどうやるのかしら……。

 F-22Aのなかでイルマはため息をついた。


 『目標』をここに逃がした人間は相当の切れ者だろう、とイルマは思う。

 ――『連中』は完全に裏をかかれた。

 諜報部の精鋭たちは帝都周辺に配備されていて、一番確立の低い場所に配備されたはずの私が当たりクジを引いてしまった。

 ――誰かは知らないが、余計なことをしてくれる……。

 イルマはひとり、その人物を呪った。
 
 吹雪の歩みには緊張の色が見て取れた。それでも一歩一歩確実に歩みを進めている。

 ――あの訓練兵なんだよね……。

 吹雪の衛士の顔が思い出される。それはミキのもとに訪れた訓練兵だった。

 ――ミキの彼氏だったらいいのに……。

 そう考えると知らない間に口元が緩んできて、少しだけリラックスできた。

 ――ミキにはああいうタイプが合うと思う。

 優しげで、それでいて芯の強さを感じさせる少年。危険な任務にも係わらず志願する。本当に勇敢だ。
 ……すこし鈍感そうだが、そのくらいの方がかえって好感がもてる。

 ――……連れてくるのはお父さんじゃなくて彼でもいいのよ。

 頭の中でミキにそう話しかける。 
 ミキが真っ赤になっている姿が想像できてイルマは幸せだった――。



 突如、呼び出しを告げる電子音がした。通常回線ではない。そして秘匿回線でもなかった。聞き取りにくい声が呼び出しを続ける。

 ――どこから!?

 指向性の電波を発する通信機でも持った軍偵が近くに来ているのだろうか?  いや、それはあり得ない。
 蟻の這い出る隙間のないほどに包囲されているのだから。どこ――? 意味がないのを知りつつ周囲を見渡してしまう。
 それでも現実に呼び出しは続いている。

 ――どうする……?

 呼び出しが繰り返される。応答しなければなるまい。……だが、それは間違いなく『計画』の実行を求めるものになるのはわかっていた。

 <……繰り返す。こちら大ガラス。ナイチンゲール、状況を報告せよ……>

 冷たい声だった。まるで冥界から聞こえてくるようだった。そしてその言葉だけが、ただ繰り返されていた。

 「……ごめんね、ミキ……」

 声にだして呟く。
 あの子の笑顔を、母と妹の顔で塗りつぶす――。
 そしてイルマは一度だけ目を閉じると呼び出しに応じた。










 『連中』にはこの状況が理解するのが難しいようだった。『目標』がここにいること。クーデター派が攻撃を仕掛けてこないこと。
 どれもが想定外の出来事なのであろう。
 そして一番の問題は――影武者の存在。
 
 <……状況を再度報告せよ。繰り返す、もう一度状況を報告せよ……>

 「……繰り返します。交渉に向かう20706の吹雪に同乗している目標は目標にあらず。目標のダブル……。現在、目標は1902の武御雷に搭乗。繰り返します。目標は1902の白い武御雷に搭乗しています……」

 <……ナイチンゲール、君はダブルがテロリストとの交渉の場にでていると言うのか……? >

 イルマが思った以上に『連中』は混乱していた。
 じれったい報告を繰り返しながらイルマは諜報部の計画とやらが失敗しつつあるのを感じていた。
 今のいままで連絡が遅れたこともそう――。
 そして何より、この場にダブル――影武者――までもがご丁寧に用意されているということは、完全に上をいかれている証拠だ。
 誰の手によってかは、わからないが完全に『連中』は、だし抜かれている。
 不思議なのは斯衛部隊ではなく国連軍にダブルが所属していたことだが、いずれにせよ『連中』の目論見は崩れつつある。

 イルマには見えている。

 イルマは自分が諜報部にスカウトされた理由をほぼ正確に理解していた。

 軍人としてはまずまずの能力を有していること。特定の思想、信条を持ち合わせていないこと。
 そして――弱みをもっていること。

 母を病院にいれてやりたい。妹を大学にいれてやりたい。
 体力のない妹が軍隊に入ってやっていくのは難しい。
 それには市民権が必要だ。
 そのためには、舐めろと言われれば靴先でも泥でも舐める覚悟はある。
 政治のことなんて考えていない。目先の生活が大事なのだ。

 だからこそ自分は使える存在なのだ。
 諜報部といっても一概にくくることはできない。愛国心の強いエリート部員もいれば自分のような捨て駒もいるのだ。
 自分に要求されることはひとつだけ――何かあれば必ず命令に従うこと。
 作戦の全貌は知らされることはない。
 使い捨て可能な道具なのだ。


 ただ――道具でも想像力はある。




 今回の事件で米国の望む最良の結果は、日本に親米政権が誕生するというものだったのだろう。


 事件の主犯は、米国諜報部――『連中』によるマッチポンプだ。

 クーデターに巻き込まれた将軍を米国軍が救出する――。
 安保条約を一方的に破棄し日本を見捨てた、として嫌悪されている対米感情を一挙に好転させることができる。
 同時に日本政府に貸しを作り、それをもって米軍の駐留を拡大する。
 それが当初の予定だったのだろう――。


 

 基本的に米国は外で戦いたいのだ。
 第一次、そして第二次の二つの大戦でさえ、米国は敵に本土を踏ませなかった。
 常に外に出て戦い、そして勝ってきた。それが米国だ。

 逆に言えばそれがための脆さがある。本土に外敵が侵入するのを恐れている、と言っても差し支えない。
 隣国――カナダにBETAが着陸した時、米国は過剰にまで反応しカナダの国土の半分を灰に変えてまでもBETAを滅ぼすことにした。
 すべてはその一連の流れなのだ。

 ――日本という国土の形。弓状列島と呼ばれる形は中国大陸からのBETA進出を防ぐ盾になる形をしている。

 もし日本が完全にBETAの勢力圏に飲み込まれてしまったら、米国本土までは障害物はない。
 BETAがどのくらいの期間水中を移動できるのかは不明だが、太平洋を一足飛びで米国に上陸してくる可能性もある。
 ある日突然、西海岸にBETAの群れが上陸してくる。
 そんな事態があったとしても、まるでおかしくはないのだ。

 それを米国は本気で恐れているのだろう。
 だから日本には戦力を置きたいのだ。でき得るなら外国領土でG弾を仕様しBETAを殲滅する。
 しかし現状では日本の国民感情がそれを許さない。

 助力を乞うにしても、国連に――。
 それも国連のなかでも比較的に反米の勢力に、となっているのが現実だ。

 もし現状のまま手をこまねいて日本が陥落し、西海岸にBETAが上陸するのならば間違いなく、米国の政権も吹き飛ぶ。
 だからなんとしてでもその前に親米政権を――。強力な親米政権さえできれば、日本を戦場に防衛ラインをひくことができるのだ。
 そしてそのためにイルマも派遣されたのだ。

 これが正しい事かはイルマにはわからない。――だからといって間違っているともイルマには判断できなかった。

 しかし、現実には諜報部の望む通りに事態が推移してるとはいえない。
 逆に諜報部の考える最悪の結果に向かって、進行しているようにイルマには見えた。

 最悪の結果――それはもちろん、一連の事件の黒幕が米国であるということが露見することであろう。

 国民感情を利用し、過激派を煽り、戦端を開かせる。
 面従腹背の気配を感じさせる――老獪な榊政権を崩壊させ、返す刀でクーデター派を倒す――。
 その全てが米国の秘密裏に行われた作戦である、ということが暴露されればそれこそ米国の権威の失墜につながりかねない。
 日本人の反米感情は高まり、結果、日本は米国との距離をとる。 日本への駐留強化は認められない。
 諜報部は責任をとらされ組織は縮小させられ、米国の対外交渉能力の減退につながる。
 それが最悪の結果だ。

 そして、それを知ってか知らずかは、わからないが、日本人は確実にその選択肢を選びつつある、のではないだろうか――?

 イルマにはそう見えていた。


 ……おそらく『連中』も判断に困っているのであろう。

 このまま交渉させ、あくまでも米国の秘密が露呈しない流れで事件を終結させられるのか――?
 それができれば結果はベストとは言えないものの合格点はだせる。
 現時点では間違いなく米国が将軍を救出しているのだから。
 しかしこの結果の場合では、いつかはその秘密がバレるかもしれない――、という不安がつきまとう。
 また、場合によっては日本から米国への「貸し」になってしまう可能性もある。

 その判断がつかないからであろう――。影武者と決起軍の首魁――沙霧 尚哉 との交渉が始まったにもかかわらず『連中』からの連絡は途絶えてしまっていた。


 「……将軍の御尊名において行われるべき政が、殿下の御意志とちがえているという現状こそが許されざる事なのです……」

 集音マイクで集められた音声が無線を介してイルマの耳にも届く。そしてそれはそのまま『連中』の耳にも入っているのであろう。
 『連中』はいまだ沈黙を保っている。

 「……故に……そなた達が、私のために血を流す必要はないのです……」

 あの影武者とはいったいどのような人物なのであろうか? 
 落ち着きはらっているその声を聞いてイルマは気になった。まるで本物だ――。
 本物のような気品と――。 人としての芯の強さを感じさせる――。

 忘れられない光景を思い出す。

 ほんの十数分まえのことだ。
 『目標』ががここにいる全員と話がしたいと言っている、とウォーケン少佐に呼び出されたのだ。
 『目標』は事前に写真で確認していたが、実物はそれ以上に美しかった。ミキの愛らしさとは違う、東洋的な美しさだと思った。

 そしてそれから『目標』は――いや、彼女は信じられないことをした。

 その人となり日本を表す――そう称された彼女は、米国軍人であるイルマたちに頭を下げた。
 日本を見捨てて逃げた、と言われている米国軍人にだ。あまつさえ国連軍の訓練兵たちにも――。

 イルマはヨーロッパの出身である。
 だから貴族や王族といったものにも普通の米国人より理解はあるるつもりだ。
 これがどんなにあり得ない出来事なのかを瞬時に理解できた。
 そして、だからこそ彼女の真の意味での美しさと強さを知ることができた――。

 その彼女と――ダブルは同じ強さを感じさせる。

 彼等の話し合いは続いている。これが銃を向け合った者同士の話し合いとはとても思えなかった。

 さらにイルマは決起軍の首魁――沙霧 尚哉の言葉を聞いているうちに、ひとつのことに気が付いてしまった――。

 ――……彼は最初からクーデターを失敗させるつもりでことを進めている……。

 イルマには確信をもってそう言える。

 おそらく諜報部の人間には理解できないであろう。

 政権をとるためでなく、ただ「汚れ」を祓うためだけに己の身命を賭けるなどと――。

 でもイルマには理解できた――。
 雰囲気が同じなのだ――。
 あのヨーロッパ脱出の時にいた男たちと。

 難民たちを優先して逃がすため、現地に残り続けた男たちがいた。父もそのひとりだ。
 男たちは政府軍から譲り受けた迫撃砲と重機関銃を持ち、街に立てこもり街道を塞いだ。
 涙がでるほど情けないバリケードを築き、一分でも一秒でも進行を遅らせてやる、と息巻いていた。
 ……彼等は知っていたのであろう……。せいぜい自分達にできるのは囮ぐらいなものだ、と。

 それでも彼等はそうすることを選んだ。自らの命を顧みず、そうすることが皆を救うことになる――そう信じて。

 そんな彼等の姿と、沙霧 尚哉の姿はよく似ていた。……きっと彼の仲間も同じなのだろう。
 他人のために、笑って命を捨てられる者たちなのだ。
 イルマはいつの間にか自分で自分の身体を抱きしめていた。


 ……通信が入ったのは沙霧 尚哉が次の言葉を吐いたときだった――。

 「……事ここに至り、漸く賜りました機会……斯かる事態を招いた不面目を棚に上げてでも、殿下にお伝えせねばならない事がございます。――此度の件は、米国の思惑を成就せんがための謀にございます――」
 
 沙霧 尚哉は――そう言った。


 








 <……聞こえなかったのか!? ナイチンゲール! 繰り返す……目標を消去せよ! 繰り返す、目標を消去せよっ! >

 「……しかしっ!? 」

 <……繰り返すっ! ナイチンゲール、目標の消去だ! >

 命令に反し、言い返そうとしてしまう。

 『目標』の消去――すなわち――将軍の暗殺。

 今回の計画の最終処理案――。

 それをもって日本に未曾有の混乱を生じさせ、その後、米国軍による再占領を図る悪魔のシナリオ――。
 何万人の、何十万人の命を奪うであろう最悪のプラン――。
 その引き金を……私に引けと――。

 ――……できない……できるわけがないっ……。

 <ナイチンゲール!聞いているのか!? 沙霧は計画を掴んでいる! 命令だっ! そこにいる全てを消せっ! >

 「ですがっ……! ですがそれはっ……」

 沙霧の言葉が流れ込んでくる――。

 「……帝都の戦闘から、米軍が殿下を救出し保護し日本の騒乱を平定する……これが米国の当初描いた筋書きです……」

 まるで死者が地獄から漏らしてきているかのような怨嗟の声だ。

 <わかっているのかっ!? ナイチンゲール! 計画が露見してしまうぞ! >

 「それでもっ! どうにかっ! どうにかならないのですか!? 」

 イルマは、沙霧に止めろと言いたかった。止めてくれと叫びたかった。

 ――あなたの言うことはわかる……! わかるからそれ以上言わないでっ……! でないとっ……!

 イルマの願いは届くことはなかった。

 「――……握り潰した、仙台臨時政府の者達こそが……」

 沙霧の言葉は続いていく……。




 ……イルマの耳に言葉がひとつ、引っかかった。それは混乱するイルマの心を縛り付けるのには充分な力を有していた。

 <……聞いているのか……? イルマ・テスレフ少尉……。我々の手は君が考えているより遥かに長い……。……母親と妹を救えるのは君だけだぞ……>

 ――!?

 <……君の家族のいるキャンプは治安が悪いと聞いている……。近くで悲鳴があがっても誰も助けに出てこないような場所だとね……>

 急激に喉が渇き舌先が痺れる。

 <……君にはそこから家族を救う能力がある……。さぁ……? どうする――、イルマ少尉? >

 呼吸が浅くなり眩暈がする。

 <……全てをなくすか? 全てを得るか……? >

 ――……。

 <………………すまないが、我々も命懸けなのでな……。>

 ――……。

 









 「――ハンター2ッ!? なぜ撃った!? ハンター2ッ! 」

 ウォーケンの悲鳴にも似た怒鳴り声が無線ではいった。案の定、あの生真面目で善良な――保安官のような男は『味方』ではない。
 イルマは無線を無視して乱射を続けた。

 「――応答せよハンター2ッ!? テスレフ少尉ッ! 攻撃を中止しろッ!」

 これしかない――。これしかないのだッ――!

 クーデター軍からの反撃がイルマの機体近くに撃ち返されてきた。

 ――上手くいったッ!

 状況は混乱に陥り戦端は開かれた。
 あちらこちらでマズルフラッシュが瞬いているのがイルマには確認できた。

 <……何をしているッ!? 目標の消去が最優先だッ……!>

 『連中』からの命令も無視してイルマはさらに乱射を続けた――。

 ――これしかッ……! これしかないッ!

 クーデター軍の不知火が射界にはいった。

 ――……ごめんなさい……!

 イルマは母と妹を守るため、父と同じ雰囲気をもつ男たちを次々と撃破していった。



 イルマに残された手はこれしかないのだ。

 家族を救い、日本人を救い、そして米国人を救う手段はこれしか残されていなかった。

 ここにいるクーデター軍は全員始末する――。ひとりも生かしてはならない。彼等は米国の暗部を知ってしまっているのだから――。

 将軍は殺さない――。彼女はこの国に必要な人物だ。日本を崩壊させるわけにはいかない――。

 誰が先に撃ったのか――。難しい問題だが処理は可能だ。
 現に盧溝橋でもどちらが先に撃ったのかは不明だ。歴史は勝者によってのみ記される。
 なんとでもなるハズだ――。でももし……。
 ……もしそれが不可能なら――。……私が自分で口を塞げばいい。そうすれば米国は、そして家族も救われる――。


 戦闘は混乱の極みだった。F-22Aと不知火の彼我撃墜比は7:1だが、今回の場合はクーデター軍の方が圧倒的に数が多い。
 ランチェスターの二乗の法則を鑑みれば、力押しで押し切れる状況では決してない。

 ただ――、イルマにとって有利なことに、クーデター軍は影武者の乗った20706の吹雪を捕獲しようとやっきになっている。

 事実、イルマは20706を追うため背中を見せた不知火をすでに2機撃墜していた。
 20706の吹雪の動きは巧みで、上位機種である不知火を相手にしているにもかかわらず、なんとか逃げ延び、囮の役目を存分に果たしていた。
 
 ――知らされていたスペック以上の能力があるのか!?

 吹雪の動きには目を引かれた。

 ――訓練兵のハズなのにッ!

 その思いが頭を過ぎったとき――イルマはとても大切なことを思い出した。

 ――ミキッ!?

 なんで忘れていたのだろう――、イルマにはわからなかった。ミキはこの戦場において自分の一番大切なもののハズなのに。

 敵味方識別マーカーを確認する――。いたッ!?
 
 ――まずい!

 マーカーが集中していた。ハンター3、4が向かっているのが確認できた――。
 一番の激戦区にあの子はいるのだ――。

 危険な行動なのは承知していた。それにもかかわらずイルマは一直線にミキのもとへ向かい噴射跳躍した。

 


 ――見えてないッ!? 

 イルマが珠瀬機を目視で確認したそのとき、ミキの死角からF-4が珠瀬機に照準をつけているのが見えた。
 初めての戦場に呑まれてしまったのだろうか? 珠瀬機はそれに気づかず、前面になんとか弾幕を張ろうと僚機とともに乱射していた。

 ――くっ!

 滑空しながらF-4に照準をつける。
 
 ――当たれッッ!

 トリガーを全力で握りこみ、劣化ウラン弾を叩きこむ。
 ミキの背後から忍びよったF-4はイルマにはとても薄汚いものに見えた。
 だからこそイルマはマガジンが空になるまでトリガーを引きっぱなしにした――。

 珠瀬機のわずか300m手前でFー4が倒れる。珠瀬機がようやくそれに気づき振り向いた。

 「戦場でボーっとしない! 目の前に敵が来たら撃つのよ! 」

 「――イルマ少尉ッ!」
 
 戦場にあっても少女の声は、耳に心地良かった――。
 ミキだ。妹の声だ。守ってやると決めたんだ。フィンランドに招待するんだ。
 複数の気持ちが綯交ぜとなる――。でもその気持ちは全て暖かくて――。

 「ここは私たちが何とかするから、あなたは早く合流しなさい!」

 ――……そうだ。この戦場は私が作った――。こんなところにミキはいちゃいけない……!

 「は、はい! ありがとうございますっ!」

 早くミキを戦場の外にだしたかった。珠瀬機は僚機と並び安全圏にむけて一気に噴射跳躍しようとした。

 異変に気づいたのはその瞬間だった。撃破したはずのF-4の右腕がゆっくりとあがっていた。
 その腕には36mmチェーンガンが――。そして銃口は珠瀬機に向かって――。

 トリガーを引いたのとアクセルを吹かしたのはどちらが先だったのだろうか?

 イルマは弾切れになった突撃砲を投げ捨てながら射線に向かってF-22Aを突っ込ませていた。







 ――……死ぬときは痛くないって話……嘘じゃないの……。

 意識を失ったのは数秒だけだろう。イルマは激痛によって叩き起こされていた。
 耳鳴りがして頭が酷く痛む。
 体は動かせなかった。左半身が痺れていた。

 ――……なんで空が見えるんだろう……。

 空はまだ夜の色をしていたが、もうしばらくすればそれが変わってくる気配がしていた。
 戦術機は大破していて電源はすべて落ちている。
 網膜投影スクリーンなど起動しているはずがないのだ。

 風が吹いていた。木の葉が舞っていた。

 ――そっか……。
 
 やっと理解できた。

 ――私の体と同じだ……。

 機体に穴が開いているのがわかった。自分の体も左のわき腹がごっそりとなくなっていた。

 ――ごめんねお父さん……。

 約束は守れそうになかった。母と妹のもとにはもう帰れないだろう。

 ――あんなところ抜け出したかったんだ……。抜け出して三人で住みたかったんだ。

 ――森の近くがいい。休日には湖で魚を釣って……。

 ――母さんの作ってくれた料理を皆で食べるんだ……。

 ――でも、ちょっとだけ私は欲張り過ぎたかもしれない……。

 家族で語り合った夢が小さく消えていく。
 イルマはこんな遠いところで独りで死んでいくことが悲しかった。

 誰かに抱きしめて欲しかった。母と妹にいて欲しかった。
 怖くないよ――、と言って欲しかった。

 でも誰も傍にいてくれなかった。
 イルマはそれが神様が自分に下した罰のように思えた。



 ふいに――。




 イルマは誰かに名前を呼ばれた気がした――。

 ――……あっ……。

 強化装備の無線がまだ生きていた――。

 ――……あの子だ……。

 ミキが自分の名前を呼んでいてくれていた――。
 返事などないとわかっているだろうに、何度も何度もイルマの名前を呼んでいてくれた。

 ――……。

 ミキが助かったのが嬉しかった。ミキが名前を呼んでくれるのが嬉しかった――。
 だからイルマは――これでいいと思えた。

 ――……先にいくね……。

 ――……ミキ、ちゃんと告白しなさいよ……。

 くすり、と笑えた。

 そうしてイルマは笑いながら目を閉じた。






  
  




  
 イルマ・テスレフ少尉は日本帝国における将軍救出作戦において多大なる貢献をした――。
 公式記録には二階級特進とともにそう記されている。

 
 なお、イルマの家族には日本国将軍――煌武院 悠陽の名によって感謝状と見舞い金が届けられたと言われている――。
 
 



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